わかったこと
そして、番組は和やかな雰囲気のまま進行した。
「今朝も、お別れの時間がやってきてしまいましたー。今朝のトゥデイズアニマル、いかがでしたでしょうか? わっかがいっぱいのわっかちゃんが、とってもかわいかったですねー! なんとなんと怒涛の展開、わっかちゃんの特別動画の公開のほかに、特番もあるかもですよ! 明日は、どんなどうぶつに出会えるかな? かわいいどうぶつ! だーいすき! ではではみなさまっ、まーたあーしたー!」
にこやかに手を振るナレーターさんとずんさんに、向こうからは見えないとわかっているけれど化も手を振って、まーたあーしたー、といつもの挨拶をする。
……わっかちゃんはしくしく泣いてて、かわいかった。
番組が終わる。
Necoに指示を出して、チャンネルを切った。……さあ。朝ごはんをしっかり食べて。おひさまの光にあたって。今日も元気に学校に行こう、と思っていたところに――。
「……けっきょくさああ、化、なんだったのお」
「あ。真、ちゃん」
「わかった、って言ってたでしょ? その化のだあーいすきな番組が始まる前に?」
真は、スクランブルエッグを更にスクランブルしていたスプーンで、電源を落としたモニターを示した。指さすかのように。
「……あ。うん。そうだった」
忘れていたわけではないけれど、忘れていた。
いまのいままでは。
トゥデイズアニマルもそうだけど、すきなものごとに対してはどうもまっしぐらになってしまって、それ以外のことが見えなくなってしまう。
お絵描きツールの塗りつぶしで一括で色が変えられるかのように、すきなものごとの色に染め上がってしまう、とでも言おうか。
でも、いまは思い出した。
だから言おう――そう思った矢先に。
「お話し中ごめんね真ちゃん化くん。俺は仕事の準備をしなくちゃだから、いったん席を外させてもらうね。まだ真ちゃんと化くんが食べ終わってないのにごめん。今朝も本当にごちそうさまでした」
「狩理くうん、今朝のスクランブルエッグちょっと固すぎだったよお。マシンに入れて、ぴっ、ってするだけでしょお? ぴっ、って。それなのになんでこんなふうに固くなるのかなあ。あたしには理解できないなああ」
「ごめんね真ちゃん、俺がありがたくもこのお家の食材をいただいてご馳走になっているのに、スクランブルエッグをつくるなんて劣等者でもできるようなことひとつできなかったらうんざりするよね。真ちゃんと本当に結婚させてもらった日にもスクランブルエッグくらいはちゃんと作れるようにこれからも俺は誠心誠意努力するから、今回の不手際はどうか許してくれると嬉しいな」
「……ん。わかってくれたならまあ、いいんだけどお。気をつけてよねええ」
「ありがとうやっぱり真ちゃんは優しいね」
狩理は、にっこりとした笑顔を残して――ごちそうさまでした、と丁寧に両手を合わせて、自分の食べたぶんやすでに化や真が食べ終わったぶんの食器を下げて、ダイニングテーブルも拭いてぴかぴかにして、一瞬できれいになる食洗器マシンに入れて食器をすべてきれいにして、食器についたタグごとに食器を分類してきっちりと棚に並べて、化と真になにか必要なものはないか尋ねて、マヨネーズを持ってきてと言う真ちゃんにマヨネーズを持ってきて、念押しのようにテーブルをまたひと拭きしたあと、それじゃあと爽やかな笑顔を残して去っていった。
……狩理くんはむかしからおうちで細やかに動いてくれる。
とっても助かるなあと、化は思う――。
「……で? 化」
真は、スクランブルエッグにマヨネーズをかけてぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃかき混ぜていた。ぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃぐしゃ。スクランブルエッグは、スクランブルエッグだけだったときよりも、マヨネーズを入れてかき混ぜたときのほうが不思議とグロテスクになる、ような気が化はする。そしてグロテスクであるということは生命に直結しているということで、生命に直結しているということはつまり興奮するということだ。すくなくとも、化にとっては。
そして真がマヨネーズをかけてかき混ぜだしたということは、彼女が食事を始めるタイミングももう近い。
真は毎朝、食事を始めるのに時間がかかる。
スクランブルエッグをかき混ぜる時間がどうしても必要なのだ。
「わかったって言ってたよねえ。なにが、わかったの?」
「うん。だから。ね」
化は説明しようとする。
なるべく簡潔に。
伝わるように。いつも通りに。真ちゃんには、たいていのものごとは伝わってくれるのだけれど――。
「公園のこと、Necoのひとたちも、気がついたんだなって。……わかった」
化は、いつも通りに。
あくまでも、穏やかに。
動揺なんて、あるわけもない。むしろ、やっと追いついてくれたんだねと言わんばかりの。涅槃と見まがうほどの微笑みを――浮かべた。
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