社会評価ポイントのそれぞれの人工知能圏における差異について
「オブジェクティブに議論の余地はほとんどねえ。高柱猫の決めた基準が、いまでもほとんどそのまま使われている」
「彼の作ったオブジェクティブの理論は精緻で、項目は具体的で実践的で……変えようと思うひとなど、もはやいなくなりましたからね」
「ああ。社会評価ポイントのはじまりは、半世紀以上前に高柱猫の考えたオブジェクティブにあったと言ってもいい――だがオブジェクティブだけでは評価しきれない要素があるとの批判を受け、自身の価値観で考えてもそうだと判断した高柱猫は、次に主観的評価に目を向けた。……こっちのほうが一般人にも馴染みがあるはずだ。現代では、関わりのある他者すべての評価をしろと――毎年二月になれば、社会の構成員全員に通知がくるだろう。たとえ未成人であっても、どこの人工知能圏に生きていても」
ここにいるだれしもにとって、それは至極当たり前すぎる事実だった。
収入確定申告と、他者評価確定申告。
前者は成人だけが行うものだが、後者はすべての人間に行う義務がある。社会の義務のひとつだから――怠れば、社会評価ポイントがぐっと下がる。だからうっかり忘れる人間などほとんどいないし、もしいれば、それはそれで行き過ぎた不注意ということで社会評価ポイント削減の対象になる。
ジェシカが頬杖をつきながら面倒そうに言う。春のプログラムを読み込むのは、いったん飽きた様子だった。
「当然、Runao圏とMother-Board圏でもやらされるんだよね。私は複数の人工知能圏の人間とそれぞれかかわりがあるから、それぞれの圏でかかわりがある相手全員ぶんをやらされるよ」
「当然じゃねえか。他者評価をしなくていいやつなんざ、人工知能に管理もされず秘境で獣を狩って暮らしてる原始人くれえだろうがよ。そんなやつがいまも生き残ってればだが。アンジェリカ、おまえなに当然のこと言ってんだよ」
「だから当然って言ったじゃないですか」
ジェシカは頬を膨らませた。
寧寧々が興味深そうに顎に手を当てる。
「ふむ……。ジェシカ。あなたほど複数の人工知能圏と日常的にかかわりがある人間と会える機会は私は多くないので、興味本位で尋ねるのだが。どの人工知能圏でも、評価基準というのは似たり寄ったりなものなのか?」
「それはもちろん、そうですよ。人工知能たちはきちんと話し合いをしてるんだから。評価基準がぶれることは、ほとんどありません」
「より正確には、Runaoは美という価値を重んじるゆえに美的な実績に若干色をつけるとか、Mother-Boardは多様性を重んじるゆえに人数の少ない希少な専門性に色をつけるとかは、あるがな。だが微々たるものだ」
「っていうか、それ以上実績に差をつけたら、人工知能会議でその人工知能怒られちゃうし。それに色つけるったって、ひとつの実績につき数千ポイントとか、多くたって万単位でしょ? 意味ないよ、ほとんど、そんなの」
ジェシカの発言を受け、寿仁亜が微笑む。
「その数万、数千、いや、数百でさえ命運を分ける劣等者の方々にとってはだいぶ大きいかもしれないけどね……」
銀次郎が口を挟む。
「だあら、アートくれえしか能がねえ連中はRunao圏にさっさか移住すんだろ。実用的じゃねえ連中なんざNeco圏からとっとと出てちまやいいんだ」
「しかし、恐縮ながら冴木先生。そのおかげでRunao圏は現代においてもわりとアートで栄えていますよね」
「ったく、Runaoのやつらは理解ができねえよ。なんだよ、いまどきアートって。役立たずが過ぎる。そんな暇があったらプログラミングでもやれっての」
実は。
銀次郎は、むかしアートが好きだった――銀次郎が幼いころにはまだ美術館が公費でも運営されていて、かつ銀次郎の地元は美術館がいっぱいある、アートの栄えていた地域なのだった。
人生にどうしようもなくなったとき、美術館に足を運んだことは一度や二度ではない。
だが、その後のNecoプログラムの専門性を高める人生で――なぜ自分はあんな実用性のないモノに夢中になっていたのか、……アートにかぶれていたとしか思えねえ、といまではむしろアートが好きだったころの自分を恥じているのだった。
実際、銀次郎がNecoの専門性を高め大人になっていくのに比例するかのように、世の中は変わり、美術館はどんどん姿を消していった。
アートが公費で推奨されていたなど、信じられないと言われる時代となった。
アートなどというものは、若者が一瞬かぶれるものだ――そんな論調は、現代ではごく普通のことだろう。
銀次郎たちの話を受け、寧寧々が口を開く。
「ふむ。つまり、多少の微調整はなされるにしろ――評価の基準じたいは、どの人工知能圏でも大差ないということだな」
「そういうことだ。さっきアンジェリカも言っていたが、人工知能というのは会議をする」
「会議?」
「人工知能ちゃんたちが集まって話し合いをするのかしら? 実体や身体は? どうなっているの?」
寧寧々も可那利亜も、訝しげだった。
だが銀次郎は、きっぱりと言い切る。
「人工知能たちは会議をする。これは厳然たる事実で、グローバルAI時代と言われるこの星の絶対的前提だ」
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