それなりに、慣れているから

 僕を責め立てに来るのは、仕方ない。

 なぜ責めに来るのかもわからないけれど、でも――仕方ない。


 だって。

 ここは、化と真の支配する世界なのだから。


 それに、……わかっている。

 僕はほんらい、責められるべき人間なんだと。

 おまえは、人間ではないんだと――。



 ひろがるのは、変質して、地面も木々も水晶のごとく永遠の透明の氷のごとく、凍りついた世界。もはやこの世の物質ではないかもしれない世界。



 やってきたのは、男性が二人。化と真がこの世界に準備したのか、それぞれご丁寧に斧や剣なんか持っていて――僕はぎりぎりのいいところまで、ここなら、中断しても全体の作動に問題がないというところまで、急いでプログラムをつぶやき終えた。


 モールシング変換を使っているから、Necoプログラミング言語として僕のつぶやく言葉が認識されることはない――わかってはいるけれど、やっぱりはらはらするし、……おまえなにをつぶやいてるんだよ、と邪魔されて変に中断されてしまうのも、まずいのだった。

 時間は惜しいが、化と真のサクリィゲームとやらに実際に付き合わされている時間には現実的に考えてプログラムを構築するのは不可能だ――。

 

 今日まで地道につくり続けてきた、ブラックボックスのようなゴミ箱を外へとコネクトするシステムが、……今日の明け方で完成した。

 これは大きなことだ。

 あとは。コネクトした後につくり始めたプログラムが――外部で、うまいこと作動できればいい。

 



「なんかぶつぶつ言ってたよ」

「恨みごとじゃねえの」


 心底、嫌なものを見たとでも言いたげなようすで、男性ふたりは僕について話す。


「こっち見てやがる。気持ち悪い」

「あそこまで罪を犯しておいて、よく生きていられるもんだよな。ああおぞましい、おぞましい」


 気持ち悪い。おぞましい。

 ……ああそうだね、それは僕も僕に対していちばん思うよ。


 そんなことくらい、わかっているから。

 早いところ、司祭とやらに指示された仕事を――この世界における神が、……化と真が指示したなんらかのアクションを、済ませてはくれないか。



 僕は一刻でも早く、プログラムを構築したいのだから。



 僕を見張りに来たひとたちは、まずしっかりと僕が棒に拘束されているかを確かめた。紐を何度も何度も何度も、しつこく引っ張る。……そんなに引っ張らなくたって、かたく縛られていて脱出する余地などどこにもないというのに。そもそもまず、そんな気もない。

 引っ張られるたびに、痛みが走る。……だいぶ強い痛みだ。

 つくりものの世界のはずなのに感覚はクリアで――あの化と真が感覚だけは麻痺させるなんてそんなお優しいこと、……してくれるわけないよなって、当たり前のことを思った。



「おい。痛いのか。痛くないのか」


 僕はぼんやりと男性の顔を見上げた……僕の返事が少し遅れると、彼は剣の鈍いところで思い切り、僕の顔といい全身といい容赦なく何度も何度も、叩いてきた。

 もうひとりの男性はワンテンポ遅れて、しかしすぐに斧の鈍いところで僕の腕やら脚やらを何度も何度も、剣のほうの男性を助けるみたいに、……いま僕が暴力を受けていないところなどわずかでも残さないといった気概で、叩きつけてきた。

 ……斬るとか割るというよりは、鈍器のように用いている。



 拘束の身体のきつさといい、この痛みといい、ギリギリ耐えられるのだけれど。

 ……ああ、痛いなあとは、思う。



 痛いところなどひとつもないように、はっきりとした悪意をもって痛覚をすべて、支配されている、……痛くない、という通常の感覚を破壊されている。

 ……痛い、痛い、痛いなあ、と。だから、花びらの数でもかぞえるかのようにぼんやりと思う――意味のない空想めいたイメージに、馬鹿だなあ、と自分でも思いながら。



 これまでの見張りのときもそうだった。嫌悪されるのも痛みを与えられるのも嘲られるのも、プログラムを構築する上では、本質的にはどうでもいいと頭ではわかっていながらも――やはりそう、……歓迎できるものではない。



 ……高校時代も、そうだったな。

 頭では、わかっていた。嫌悪も痛みも嘲りも、……遮断してしまえばいい。慣れてしまえば、いいのだと。僕のような存在に与えられるにはふさわしいものだ……だから、嫌悪に対して感じる心の反応、痛みに対して感じる身体の反応、嘲りに対する、まるでまともな人間のような自分には分不相応な反応を、……希望を、遮断して遮断して、感じない仕様に自分を変えてしまえば――一瞬で、楽になれるのだと。


 ……わかっては、いたのだけれど。

 そこまで割り切ることは――駄目な僕には、難しかったみたいで。

 鈍くすることにはどうにか、成功したと思っている。けれど、完全にはやっぱり、無理だった。



 ……人間に値しないくせに、心と身体をモノにすることすらできない――僕はほんとうに、……あのころからずっと、出来損ないだった。



 ――シュンはほんとうに駄目よね。



 高校時代の南美川さんの声がいまもリアルにクリアにありありと、……頭上から、降ってくるかのようで。



 南美川さん。

 ノルマは、ちゃんとこなせただろうか。

 今日もちゃんと、歩いてくれるだろうか。……ひとびとの目を避けるようにして、あなたが、……かつていじめた大学時代の同級生に首輪とリードを主人みたいに曳かれて。



 僕はいま、寒くて、痛くて、ほとんど眠っていなくて、そんな本能の動きひとつひとつすら馬鹿にされて、攻撃されていて。南美川さんと、あとはまあいちおう葉隠さん以外には、この公園にはもはや味方どころか、まともに会話ができるような相手も……いなくて。

 ……気がつくと意識が朦朧となりそうなのも、事実だ。


 でも、そうならないように、どうにか、どうにかプログラミングを口頭で進めているのも事実だ。

 ……自分でもなぜ続くのだろうとは思う。

 頭では、わかる。これは極限状態なのだと。



 男性たちは僕を鞭で叩き続ける。……鞭って、叩かれると、痛いものだ。

 見た目以上に、ずっと。



 ……懐かしいな。

 高校の、修学旅行なんかを思い出すよ――アルコールを頭からかけられて、頭を剃られて、木に縛りつけられてクラスのおもちゃとして過ごしたあのときもたしかこんなふうに、もうあと一瞬で気絶してもおかしくないような朦朧とした状態だったのに、妙に、頭は冴えていて……ああ僕はこのままこの南の島で人生を終えるのかもしれないと思ったけれど、けっきょくのところ地獄のようなあの晩を越して、帰ることができたんだ――まあ、地獄なんか高校時代ずっとだ、いまに至るまで、……続いているけれど。


 そういう意味ではずっと、……地獄から帰れたことなんて、ないのかもしれないけれど。そんなことを思うことさえ僕にとってはおこがましい――たとえ地獄だとしたって、それは当然のものとして、……南美川さんから僕にわざわざ、優秀な手を煩わせてまで、与えられたものなのだから。



 南美川さん。だから、南美川さん。

 僕にはそれが当然なのだと、あなたの手でつくってくれた地獄に、いちど招待しておいてもらってよかったのかもしれない。



 いま、ここは――あなたの弟と妹がつくりあげた、……それなのだから。

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