さばきの暴力

 僕は広場に連れて来られた。

 ひとびとは、険しい顔をして僕を待っていた。……睨みつけてくるひと、どこまでも冷たい視線を向けてくるひと、唾を吐きかけてくるひと。


「やっと来ました。極悪人が」


 影さんは、……出会いたてのころの穏やかさなんて嘘だったみたいに、厳しい視線を向けてくる。


 広場の真ん中の、十字の木に万歳するような格好でやはり両手を固定される。

 毎日、この格好でさばきとやらは進行していくのだろうか。

 ……服が、いい加減ただのボロ布みたいになってきた。


 これから、さばき、とやらの続きが始まるのだろう。

 この世界に来て、Necoが応答しないことに気がついて――外界につなげるためのNecoプログラムを構築しはじめてから、ろくに睡眠も取れていない。

 化と真が作ったのであろう悪趣味なゲームの、今日はさばきという日だったけれど――とにかく、このゲームとやらに真正面から参加する道理も、メリットもなにもない。


 ……わかってはいるけれど、今日のさばきが始まる。


「この者さえ犠牲にすればいいのです。この者がすべての悲劇の原因であります。あなたがたの大切なひとびとを、殺し、獣にし、……ときには異形の存在と成して。それはひとえに、この者が罪を犯したから。この者ひとりの罪のせいで、たまたま公園にいただけの善良なひとびとまでも、すべて巻き込まれた――!」


 ……そういう、話になるんだなと、僕は他人ごとのようにぼんやり思いつつ。


 影さんは、泣きこそしていなかったけれど、涙ながらに演説をする。

 うんうん、とひとびとはうなずく。ハンカチを手に。腕組みをして。そうだそうだ、と拳を突き上げて。


 この世界はいわば化と真の手のひらのなかの世界だ。

 影さんを操り、ひとびとの心を掴んで――公園にいるひとびとは、いったいどこまで正気なのか。


 ……僕も、そうだけれど。

 もう、公園が切り離されて七日目だ。


 凍える公園で、食糧も尽きそうで、Necoも応答しなくて、親しい者やすぐそばにいた者が獣や異形の存在となって、――と、思えば神とやらのつくった、これはサクリィゲームなんですと説明をされる。

 ……犠牲を捧げれば、助かるのだと説明をされる。


 限界のはずだ。

 人間の理性にも、限界がある。


 虹色に輝き、あたかも本物の神のごとくこの世界の摂理を説明している司祭とやらに――思考をとめて、従いたくもなる。


 ……僕が。

 そんなひとたちの思考を、軽蔑できるわけもない。


 だって僕もそうなのだから。

 南美川さんという、絶対的な存在に対してはなにもかも――考えられなく、なっているのかもしれないのだから。



 ……ただ。

 だからこそ、僕はここで放棄するわけにはいかない。



 どうでもいいけど――化と真は、この世界で巻き込んで命を落とさせたり別の形に変えさせた、……もう取り返しのつかないことに対しても、それこそ、どうでもいいって思っているのだろうか。



 影さんの、……司祭の長々とした口上が終わる。



「それでは、みなさん、正当なさばきをこの者に――!」



 すると。

 空に、例のおどろおどろしい虹文字があらわれて――。



 ――さばきを

 ――くだして

 ――おもいきり



 おおっ、とひとびとは空を見上げて、どよめいた。



 空が、急に、ぱっくりと開く。

 ゆっくり、ゆっくりとまるで葉っぱが舞って落ちるかのように降ってきたのは――ありとあらゆる、武器。……凶器。



「さあ! さばきを! ――武器を手に取りこの者の罪を確かめるのです! もしこの者が無実であれば、殴りに殴った果てに、神のご指示により無実であったことが示されるはず。しかしそうでなければ――! やはりこの者は罪人だったと確定するのです――!」



 さあ殴ってください、殴りなさい、殴りたまえと司祭は狂ったように繰り返した。



 広場にいたひとたちは、天から降ってきた武器を各々手にして、僕のもとに向かってくる――。



 ああ。ひとびとの。……この暴力は正当なんだ、と言いたげな輝いた顔。



 ……痛いんだろうなあ。

 けど、どうでもいい。

 どうでもいいから、早く終わらせなければならない。


 僕には、時間がないのだ――化と真に悟らせてはいけない。すなわち、おそらく双子との連絡役を務めている影さんに悟られてもいけない。



 ……だから。

 どうでもいいと、わかってはいたけれど。

 痛い、んだろうなあ、やっぱり――その予兆だけは強烈に感じたから僕は、一瞬、……一瞬だけ、そっと目を閉じた。

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