猫よ(19) 猫の十三人の子どもたち

 ひとり、ひとり、そうやって。

 ……高柱猫を犯したすべての人間を、彼は、人間未満にすることに、成功した。

 いずれの場合も、大きなステージ。観客席。専門家と公権力の承認。公権力のトップによる宣言。そして拘束、猫の復讐――そういったプロセスで、なされた。

 もっとも、拘束は毎回変わったらしい。最初のひとりは、椅子だったけれど……そのあとは見ていてもっとおもしろいような、エンタメ性を追求した器具に、どんどん変わっていったというのだ。まるでそれは人類の歴史の前半期において拷問器具をどんどん楽しくしていったかのような――。


 僕は思う。

 猫は、きっと。心底楽しそうな笑みをもってして、彼らをそうやって公に、処分していったのだろう、と。


 ……じっさいに。

 エンタメ性の高さも、またとある方面から、評価されるものであったという。

 だからこそひとびとは集まり続けた。飽きることもなく。



 新時代の新しい正義をもってして、もはや旧時代の遺物となった間違った人間たちが処刑されていくさまを――社会の、みんなで、……仲よく見守ったのだ、きっと。



 猫はかならずそこの舞台においてただちに、人間未満となった存在に直接的な「復讐」をおこなった。

 そしてそれは、猫を犯した全員が人間未満であると公に決定したあとも、継続的におこなわれた。


 社会ではじめての人間未満とされた彼らの地獄は、当然、人間未満だと決まって終わりではなかったのだろう。そこから人間未満としての、新しい生活がはじまった。

 当時の記録は、多く残っている。克明に、あるときにはちょっと目を逸らしたくなるような鮮明さで、……もういいよって、言ってしまいたいほどの高い高い解像度で。つまり、それだけ、社会のひとびとはおもしろがって人間未満たちのその後を追ったということだ――人権のない存在にプライバシーもなにもない。プライバシー権だって、人権のひとつだ。……そういう権利をなにもかも失った彼らが、社会の格好のおもちゃになったのは、なにもそのへんのひとに世間話のひとつとして聞かされなくたって、僕にだって充分、想像できる。


 まだ、いまのようなヒューマン・アニマル制度は確立されていなかった。けれどもそれができるきっかけをつくったのは、歴史上第一の人間未満であった、彼らだ。……高柱猫は彼らを動物のように扱った。権利をもたない、あわれで、かわいそうで、救いようのない、生物として下の存在として――ペットのごとくしかしそれにしては過酷に、……飼った、飼い続けた。



 高柱猫がそのときに多くの子孫をつくったのもまた、有名な話だ。猫は執拗に彼らとそういう行為を繰り返した。生殖技術は発達していた時代だ。なにもほんとうは、自力でそこまでおこなう必要はなかったはずだ。それにそもそも、もっとましな相手がいたはずだ――ただ子どもがほしい、というだけならば。

 しかし高柱猫はそうしなかった。もっとも憎み、もっとも軽蔑しているはずの彼らとのあいだに、なぜだか、子どもをもうけ続けたのだ。もはや、人間ではないはずの彼らと、なぜだか。

 そこに違和感を覚えたひとも、いたのだろう。だが猫がそうするのだと決めれば、なかなか意見はできなかったのではないかと、思う。

 それも、人工出産などの当時の楽で便利で安全な最新技術を使うことなく、なぜだかナチュラルなままに出産行為を繰り返した。痛みを取ることさえ、しなかったという。ただ妊娠を確実なものにするためには、最新技術を惜しまなかったそうだ。年齢による妊娠の可能性の低下を防ぐためにも。

 そのおかげで猫は毎回妊娠に成功し、十三年間にもわたり途切れなく、十ヶ月にいちどという、人間の女性という意味では通常考えられないペースで――出産を、続けた。次々に、産み続けた。

 社会の革命家である高柱猫を、生物学上、あくまでも生物学上の母とし、動物同然としての扱いを受けていた第一の人間未満たちを、こちらもあくまでも生物学上の父として――多様な十三人の子どもたちが、産まれた。

 人間未満にはもう姓はない。彼らはみな、高柱の姓をもつことになった。

 彼らは、生物学上においてはおなじ母と父をもちながら、その生い立ちや生育環境は非常に多様だった。……すくなくともだれひとりとして、猫を「母」として育ったのではないことは、たしかだ。その多様性はおそらく猫が意図してつくりあげたものだろうと、一般には言われている。

 ある者たちは優秀であり、ある者たちはそうでもなかったが――猫のある意味では実験材料だった十三人の子どもたちである彼らは、トータルで見ればみなおおむね優秀性をもっていたという。それぞれが、それぞれに。みな、なんらかの業績をあげた――たったひとりを除いては、と言われているが、……そのことの詳細は、僕はよく知らない。

 ともかくそうやって、できあがったのだ。高柱一族、と呼ばれる彼らは――いまの社会においても、おもに学術方面、しかし、それに留まらない多様な分野で社会において絶大な影響力をもつ、……高柱猫の子孫たちである、彼らは。


 なぜ、猫はそのようなことをしたのか。

 その理由や動機は、あきらかではない。歴史上、このあたりから猫は。表舞台に、なかなか立たなくなってくる。それまでの歴史では容姿や振る舞いの記録がくっきりと残っているのに、このあたりからの猫の像は、ぼやけてくるのだ。

 ……それは彼が第一の人間未満たちを舞台で産み出したあと、第二の人間未満をいかに判定するかということも含めた人間未満政策のトップの責任者となったころから、顕著になる。

 もともと、ほんらいは男性であった彼だ――信頼する阿形教授と決めた作戦だったとはいえ、そこには多大な苦痛や葛藤も、あったのかもしれない。……猫がアイドル服ではなく基本的には男性向けのスーツを着るようになったのも、このころだという。



 そして彼は表舞台から次第に消えた――しかしその存在は人間未満製作のブレーンとして、その後の社会、……僕たちが生きるこの時代に至るまでの社会に、とてつもない存在感を、放っている。……放ち続けている。

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