猫よ(13) 愛すれば報われるアイドルは

 猫は、そうして、一見とても合理的に、そしてそれ以上に感情に訴えかけて、同情的に。

 自身を犯した彼らがいかに、人間に値しないか――そんな主張を、着々と積み上げていった。

 あらゆるメディアにおいて。あらゆる方法で。理屈をつけては、泣いて、笑って、そして怒って、猫は――世間を着々と、味方につけて。


 すでに立派な社会人、あるいは猫と同じく国立学府の研究生となっていた彼らは、主張し返した。

 申し訳ないとは思っている。だが、やりすぎだと。

 高柱猫に対しておこなったことは、罪を償う。慰謝料を払ってもいい。ただ――それは法のまっとうな手続きによりおこなってくれ、と、……猫を犯した彼らは一致団結までして、社会的に、主張したそうだ。

 彼らはみな、当時でいう裕福な家庭の子どもだったという。つまり、端的にいえば親や親族が金持ちだったということだ。いまでは、経済的収入は、家庭よりはむしろ本人の優秀性によって左右される。だから親がどうあろうと本人が優秀であれば問題はないし、逆もしかりなのだが――当時はまだ、そういった時代ではなかったそうだ。親が持っている価値を、子どもがもっとずっとシンプルに愚直に受け継ぐことのできた時代だったそうだ。


 たしかに彼らは正しかったのだろう。

 すくなくとも、当時の社会、常識のなかでは。

 だがそれは失敗だったに違いない。

 正しさは――もうふるい正しさは、そこでは通用しなかった。いや、彼らが、……自分たちの正しさはもう時代遅れだということに、気づいてなかっただけかも、しれないけれど。


 法の正当な手続きによる裁きを主張した彼らは、世論に火を注いだ。猫に対しておこなったことは認めている。つまり、猫の地獄を認め、それがほんとうにあったと言ったうえで、自分たちの裁きは法に則ってきちんとやれと、そんなことを主張している、と。

 あんなに自分たちを癒して救ってくれた猫が。

 自分たちのアイドル、可憐で優しい、知性の溢れる、すばらしい人間、高柱猫が。

 ……涙ながらに、本気で、ひどいひどいと訴えていることを。彼らは――そんなふうに扱うのだ、と。



 ……それはあっけないほど容易に社会現象となった。

 止める間もなかった、分析する間もなかったのだという。驚くほど、まっすぐに――猫の悲劇は、社会の動きに、直結した。



 ……現代。それを振り返って、言われることには。

 もちろん、高柱猫自身の人気、悲劇性、彼らのあまりにも傲岸な態度、という要因は、あっただろうと。

 ただ、それ以上に。

 ……それ以上に。

 時代の要求に、猫の主張が、ちょうどぴったり合ったのだ――と。



 よく聞くこと。とある社会学者が主張して、教科書にも、載るような理屈。

 人類は、当時疲れ果てていた。行き渡らない資源、ある種の限界の見えた世界、旧時代のさらに前時代の理屈がもはや建前となってしまった不幸な社会に。

 そのなかでもとりわけ、いまではNeco人工知能圏と言われるこのエリアは、疲れ果てていた。資源の配分がどうやらうまくいっていなかったようなのだ。爛熟した旧時代的資本主義システムのなかで、ひとびとは、入手できないさまざまな価値に苦しんでいた、という。教育、娯楽、福祉、生活の基礎インフラ……いまの時代でなら、人間であればみな当たり前のようにもっているものばかり。潤沢で、なにも不足はない。……人間であるかぎりは。

 しかし、当時は違ったのだ。高柱猫の生まれ育った時代は。猫自身の生い立ちにあるように、優秀でも認められなかった社会。偶然性の要素と必然性の要素が複雑に、それでいて理不尽に絡み合った社会。生まれつきの、それこそ偶然でしかない条件が生涯にわたり影響する社会。



 運が悪ければ、がんばってもがんばっても、なんにも報われなかったんだよね――それもまた有名な、のちの、猫自身の言葉だ。



 ……こんな社会はおかしい、と。

 思っていて。くすぶっていて。でも、行動が起こせなかった。なぜなら資源が充分に行き渡らないゆえに、その日その日を生活するので、精いっぱいだったから。

 そんなひとたちが行動を起こした。

 ……それは、あきらかに、猫の行動がきっかけだった。


 高柱猫は、アイドルだった。アイドルだから、みんな気軽に応援できた。アイドルだから、集まる場もたくさん用意して、コミュニケーションを取る場もいっぱい用意して。アイドルだから。猫は、愛すれば愛するほど、応えてくれた。報われるのだ。男女も問わず、やがては老若も問わず。愛すれば報われるアイドルとして、猫は人気が、ほんとうにほんとうに、人気が出た。

 ライブ、イベント、ときにはちょっと真面目なコミュニケーション・セッション。猫は、いつだって、あらゆるひとびとにオープンだった。そう高くない金銭で、もっともっと多くの見返りを与えた。そのことはひとびとをたいそう感動させたのだろう。

 猫はいつでもひとびとに笑顔を向けた。かわいらしく。

 そして、ひとびとが猫に向けるリソースや感情を、猫は、たいせつにして。



 たいせつに、して……そのアイドル活動を、ほとんどだれも気がつかないうちに、じょじょに、……じょじょに、革命にしていったのだ。アイドル、高柱猫は、ほとんどだれも気がつかないうちに――革命家、高柱猫に変容した。……教科書に載っていて、人間ならば、学校でだれもが教わる常識のようなこと。

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