引き回し

 南美川さんが、首輪を持ってきたことがある。

 悪い予感しかしなかったけれど、そういう予感にかぎって、あたる。



「シュンは、うちのクラスのペットになるのよ。よかったわねえ。かわいがってもらえるわね? ……ふふ」



 南美川さんはおもしろそうに言いながら、教室の後ろで服を脱いで正座して待機していた僕の首に、その青い首輪を、慣れた手つきで装着する。なにか鼻唄を、歌いながら。

 まわりにいるクラスメイトたちも、わあー、かわいい、とか、はしゃいでいる。

 僕はじっとしている。ひたすら耐えてる。首輪を、つけられるだなんて――そう思ってしまったら、最後だと思ったのだ。人間としての、なにかが。

 だから殺すしかなかった。

 感情を、圧し殺すしかなかった。



「……はい。できた」



 それなのに南美川さんは、わざと僕の感情を煽るかのように、いや、きっとそのためなのだろう、スマホデバイスをミラーモードにして、僕のすがたを突きつけるようにして見せてきた。そこには、首輪をつけた、自分。見たくもないのに、……顔を逸らそうとしたら頭を掴まれる。


 ……そして、首輪に、青いリードがつけられた。


「じゃあ、シュン。おさんぽ、いくわよー」

「おさんぽって……」

「シュンは、ペットなんだから。わたしたちがおさんぽさせてあげなくっちゃ。……でしょう?」



 ……そして、そして。

 僕の首輪から出るリードを、南美川さんが引いて。奏屋さんをはじめ、何人かのクラスメートたちが、いつもついてきて。

 学校の廊下を、すみからすみまで、おさんぽ、させられた。

 なんどもそういうことがあった。


 犬のように四つん這いなこともあれば、馬のように二本足のこともあった。


 二本足でも、四つん這いでも、どちらにせよ家畜のような、いやもしかしたら裸の人間の身体というのは家畜以上に、情けない格好で。隠すことさえゆるされず、南美川さんの引くリードにただ、ついていくしかできない。

 当然、学校には、制服を着たひとたちがいる。当然。そういうひとたちに、……指さされ、写真を撮られ、笑われ。まるで珍獣みたいな扱いだけれど、……僕の格好はじっさい、いま、そう呼ぶにふさわしい、情けないものなのだろう。


 ……うわさ話が、聞こえてくる。

 知ってる? あれって。二年の研究者志望クラスの、劣等者らしいよ。

 知ってる、知ってるー! 身のほどわきまえないで研究者志望クラスに入った来栖春だよね。自分の能力くらい、自分でわっかんないのかなー。

 ほんと、ほんと。だから劣等なんだよねえ!



 南美川さんに、ついていく。

 学校じゅうから笑いものになって晒しものになっているのに、それしかできないのだ。それしか。

 南美川さんについていく。ついていく。ついていく……リードを引っ張られたときにも、ちゃんとついていく、間違えない。そうすれば、そうすれば、……すこしは早く、この地獄の時間を、終わらせてもらえるかもしれないから……。


 ……そういうときの南美川さんは。

 ときどきこちらを振りかえって、くいくいと、リードを引っ張った。リードは、そんなに長くない。だから彼女がそうすると、……僕の首は、それだけ絞まって、呼吸が危うい。

 潰れたかえるのような声が、漏れ出ることもある。



 そうすると彼女は笑うのだ。

 いたずらっ子みたいに、かわいく。



「……劣等者に対して世間がどう思ってるか、わかったかしら?」

「……わかりました、わかりました。わかりましたから……ごめんなさい……ごめんなさい……」



 やだあ、泣いてる。

 廊下でたむろっていたひとたちが、いっせいに僕を馬鹿にした。ここは一年生のフロアだから、……たぶんあのひとたちも、一年生だろう。



「ごめんなさい……ごめんなさい……」



 僕は、謝るしか。

 ……謝るしか、できない。



 顔を真っ赤にして、ぼろぼろ泣きながら、裸で、首輪で、同級生の女子にひかれて学校内を歩いていく僕は――世界でいちばん、醜い生きものに、成り下がってしまったんだと思う。

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