杭のように釘のように
畳み終えたパンツに、両手をついて。
クラスに、尻を向けて。
……正座と土下座の中間みたいな格好で、嗚咽を漏らし続け、自分のパンツに涙のしみをつくる、僕は、……自分でも信じられないほど劣等で屈辱的な状況の、僕は。
「……ごめんなさい……」
気持ちに、反して。
気がつけば口から出てくるのは、謝罪だった。
具体的になんのためかも、わからない。ただただ、許しを乞うだけの、自分でも惨めな、……ごめんなさい、だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう、だから……」
――やめてください、と僕は言いたかったんだと思う。
けれど……そんな僕の願望を、せめてもの、人間として当たり前の願望を、このひとは、南美川さんは、……おなかを抱えるような大笑いの声で、徹底的に、打ち砕くんだ。
「あははははっ。だからね、劣等者に、やめてだなんてお願いする権利、ないんだって! でも、ねえ、みんな、やっぱり劣等者っていやよね、惨めだもの。……そんな格好でやめてだなんて言わないよねえ、ふつうは?」
クラスが、そんな南美川さんの言葉を、そうだそうだと言うかのように、沸いた。
そう。
ふつうは。
……ふつうだったら、こんなことをしなくて、よい。
ふつうだから。
優秀かどうかはわからないけれど、劣等ではなければ。すくなくとも。人権は、しっかりと守られる。そんな社会なのだから――。
「……どうしてもやめてほしいっていうならさ?」
南美川さんが、立ち上がった気配がする。
いま僕の神経は感覚はとても過敏になっている。
とくに、南美川幸奈というひとの――動く気配、一挙一動を僕は、こんなにも鋭敏に、……全身でいま、気にしているのだ。
そして南美川さんは、こっちに来て――僕の尻を、思いきり蹴った。その赤いハイヒールで……痛い。思わず呻き声が出てしまって、そのことすら、短く嗤われる。
「やっぱり、誠意、見せなくっちゃ」
「……誠意」
「この国には、むかしから伝わるトラディショナルな謝罪方法があるわ。よく街で見る劣等者もやってるわよね……わたし、だから、トラディショナルなものって、そう意味ない価値ないものでもないと、思うのよ」
くすっ、と。
……なんの話を、しているんだ。
そんな思考すら許さないかのように――南美川さんは、もう一発、僕の尻に蹴りを入れてきた。
「這いつくばってさあ。クラスメイトにこんな汚いモン晒してんじゃねーよ。公共の迷惑だってーの。露出狂かよ。もうそれだけで、アンタ、みんなの迷惑になること、わかってるんでしょうね? そのことも謝って。もう。なにもかもを。謝って」
……汚いもん、っていうのは。
それは、つまり、……僕のこの裸の尻のことだろうか。
そんなの。
僕が好きでやってるわけじゃ、ないじゃないか。
……南美川さんたちが命令したんじゃないか。……脱げ、って。それで、隠すことも許されないで。服を畳め、って。そんな、そんな……めちゃくちゃなことを。
全裸で、服に両手をついたまま半ば呆然としていると、尻にさらに鋭い痛みが走った――南美川さんが、そのハイヒールを、ぐりぐりと、僕の尻に押しつけるように、杭のように釘のように、ねじ込んできているのだった。
僕は、悲鳴をあげてしまった。……そんなもの、あげたくないのに、痛くって、……痛くって。
「ほら謝れよ。汚いモン晒してごめんなさい、って。僕は公共の迷惑です、って。露出狂なんです、ごめんなさい、って。そうだろ? そうなんだろ? ……だいじょうぶ。ちゃんと聞いてあげるから。ばっちり動画にも残してあげるし! そうだ、ねえカナ、動画編集ソフトってあるわよねえ、あれ使ってさあ、シュンのごめんなさいってタイトルの動画つくってみようか――」
楽しそうな声で、楽しそうな話を、友達としながら。
南美川さんはなお、僕の素肌の尻にハイヒールをねじ込むことを、やめない。
……そしてそれを、社会インフラであるNecoは、けっして、止めてはくれない――。
ああ。そうか。
そういうことか。
劣等者というのは。より優秀な存在に、理不尽を押しつけられる――。
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