自分が、自分でなくなっていく

 もう、これで、フィニッシュじゃないのか?


 だって、僕、脱いだよ。

 言われた通り。いい子で、脱いだよ。


 腕も、後ろで組んだよ。

 なにを言われたって、耐えたよ。

 いい子だったよ。言う通りにしたよ。


 もう、充分だろう――?



「それも、それもそれも、それも。散らかしっぱなしじゃない。……ちゃんと拾って、畳むのよ。劣等者はみんなそうしているのよ。そんなことも知らないなんてほんとうに仕方ない劣等者のシュンね、……だからわたしが、教えてあげてるのよ?」


 それは。

 僕がこの裸の格好のままで。

 しゃがみ込んだり、座ったりしながら。

 服を、拾って――しかもきれいに畳め、ということ、……なのか?


 むちゃくちゃな。そんな。……むちゃくちゃな。



「ほら、早くしなさい!」




 でも、それを言ったらまず、この状況が、……南美川幸奈が、むちゃくちゃ、なんだ。




 僕は、言われた通りにした。

 地獄よりつらかった。

 いっそこのまま殺してもらって地獄に行ったほうがいいんだろうなと思った。

 僕にだって、これでも、……人並みのプライドは、あったから。


 まるで奴隷労働だ。

 全裸で、しゃがんだり、立ち上がったり、させられる。

 手を使うから、そのたびどこかを隠すこともできない。だから。僕の身体は。……隠したいところまで剥き出しのままで、情けなく、ただ情けなく、ここに露呈している。


 そしてそのようすを笑われる。

 嘲笑われる。

 写真を撮られて。

 感想を、評価を、言われる。……聞くに堪えないものばっかり。

 僕の立ち振るまいについて、身体について。……評価、評価、評価ばっかりされる。ほとんど、悪口、いいや、……人権侵害、でもそれもそうだ、だってこれは人権侵害だ、正当な――そう僕が劣等ゆえの、正当な、人権侵害。



 南美川さんの笑い声と、クラスメイトの盛り上がりのなか。

 ……僕が自分が人間でなくなっていくのを、感じていた。

 自分が、自分でなくなっていく――。




 ……あとは、パンツさえ拾って、畳めば。

 ああ。この期に及んでも、……なるべく自分の見せたくないところを隠すようにと思って動く、自分の気持ちが、行動原理が。

 情けない。もどかしい。人間扱いされていなくても、人間としての当たり前の心は、残って。

 そしてそんなのみんなお見通しなんだ――ああこいつ、隠したがってるって。一人前に、プライド持ってるって。そう思って。実際に。言葉を、投げつけてくるんだ。ああ痛い痛い。いやだ。いやだ。隠したいのかってそりゃ、隠したいよ。隠したいに、決まっているだろう。それともなんだアンタらは。自分たちは、隠したくないし、隠す気もないとでも、いうのか。ならいますぐその服を脱いだらどうだ。ほら、おまえも、おまえもおまえもおまえも。脱がない。脱がないんだろう。……おまえらみんな服を着ている。僕にだけ、脱がせて。自分たちは着ているのに。脱ぎたくないのに。ひとを脱がせて、僕のその、気持ち、気持ちを、

 ……脱ぎたくないという気持ちを嘲笑っているんだ、





 ……もう、自分の思っていることも、めちゃくちゃだ。




 南美川さんは、僕を見る。

 的確なところを、的確に、見てくる。

 そして言う――僕の、いちばん言われたくないことを、たぶん、お見通しにしたまま。



「隠すようなモンじゃないでしょ」



 それは、たぶん、人間としても、だし。

 男としても、いちばん言われたくないことだ。


 自分の、プライドが。

 いままで十七年間生きてきた、自分自身が。

 崩れてく。崩壊していく。




 ……そうか。僕には、僕の身体には。じつは、価値のない――気持ち悪い。

 僕は、最後の衣服つまり、パンツをその場にきちんと畳んだ。……しゃがみこんで、だから、裸のまま、たぶん、……尻とかをクラスのみんなに、向けて。




「……やだ。泣いてるの?」



 南美川さんが、おかしそうに言った。



「だって……だって……」



 泣きたくなんか、ないさ。嗚咽だって、漏らしたくない。

 でも。でも。……でも。




「だって……そんなこと……言うから……」




 クラスじゅうが、爆発するように笑ったけど。

 ……いまいちばん僕を軽蔑してるのは、たぶんアンタらじゃない。僕だ。僕自身だ。




 小学生のようにだってだってと繰り返して泣き続けるだけの、僕自身を――僕自身が、いちばん、いま、殺してやりたいに、……決まってるじゃないか。

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