火の燃えるような拍手

「……どういうこと」


 葉隠さんは、呆然とした口調で言った。


「おやおや、簡単なことですよ。――そちらのかたは、すでにいやしのサクリィを受けてしまっているのですから。ほんらい、ゆるしのフェーズに参加する資格は、なかったのです。……だれが許したってそんなものは通用しない。サクリィというのは、消えない刻印みたいなものですから」

「あんた、はじめから、わかってたん。やったら、どうして……」

「――止めなかったの? などと、愚かしいことを申さないでくださいね。司祭は、止めました。止めようとしました。やっても成功などしないと事前に申し上げました!」


 司祭は、哄笑した。


「……それってもとから来栖さんがこのフェーズに参加する資格が、なかったってことやろ」

「そういうことになります、もちろん」

「そんなら、どうして、来栖さんはこのフェーズに参加してたん。いやしのサクリィ、受けてたんなら、来栖さんもみんなで旅館でよろしくやってはったはずやろう。このフェーズに参加することじたいが矛盾しとるよ」

「……それは、だって、……ふふ」


 司祭は、含み笑いをする。


「そちらのかたが」


 僕を、指さして。


「裏切り者、だったから」

「――だからなんなん!」


 葉隠さんは、激昂して怒鳴った。


「あんたが仕組んだんやないんか。来栖さんを犯人に仕立てあげよう、しとるんやろ。みんなの不安な心理を利用して!」

「おやおや、……人聞きが、……悪い。そんなわけ、……ないじゃないですか、ふふ、……ねえ?」


 司祭は、この場のひとびとに同意を求めるかのように、視線を動かした。

 ぐるりと、一周する視線のなかで――こちらの味方らしき動きは、なにもなかった。


「……遊びもほどほどにしはったほうがええで」


 葉隠さんは口もとだけで笑うと、今度は、司祭のほうにつかつかと歩み寄りはじめた。


「雪乃! やめて!」


 意外にも、叫んだのは――守那さんだった。その口を、黒鋼さんがとっさに塞ぐ。黒鋼さんは守那さんに視線を合わせ、言い聞かせるかのように首を横に振っている。


 葉隠さんは、一瞬だけ、立ち止まった。

 友人ふたりを一瞥して。

 空気が抜けるような、もしかしたらちょっと馬鹿にしているようにも見えるかもしれない笑みを、ため息のように、漏らした。



「――もう黙ってるだけやないって決めたんよ」



 そう言うと、すぐにまた歩きはじめる。



「言うことは、言うかんな。……大学のときの悲劇を私は繰り返さないんよ」



 司祭の目の前で、葉隠さんは立ち止まった。



「あんたも、恨みがあるんか」

「なんのことでしょうか?」

「私はね、ある。自分の人生を崩した大学の同級生が、許せないんよ……やから復讐したい、その気持ちはわかる。でもそれは、こないなふうに、ひとを巻き込んでええものなん?」

「このフェーズは、あくまでゆるしのフェーズ。それ以上そんなことをおっしゃるならば、あなたもゆるしの対象から外れますよ? これはそういうゲームなのです」

「なにが、……ゲーム、や。なんもかんもめちゃくちゃなくせに。あんたが自由気ままに風の吹くままにやっとるだけやろ。私はこんなん間違ってると思うわ――」


 司祭が、唐突に葉隠さんの腕を掴んだ。無理やりその腕を天に高く挙げさせる――葉隠さんは嫌悪感たっぷりの顔をして、その手を振りほどこうとするが、司祭の力は意外にも強くてなかなかうまくいかないようだ。


「はいはい、みなさん! お聞きになりましたでしょうか? このかた、葉隠、雪乃とおっしゃるかたは、裏切り者、来栖、春の、味方だそうですよ! ――引き返すならいまですが」

「ええわ」


 葉隠さんの目は、ギラギラと燃えているように見えた。


「私はもう間違えんのよ」

「――と、いうことで! 間違ってるのは、このひとでした。こんな事態を引き起こした現況の来栖春の協力者! もちろん、みなさん、許しませんね? ――どちらのことも、許しませんね? 同意なら、拍手!」



 朗々たる、司祭の演説に。

 岸辺のヒーローがまず、大きく手を叩いた。

 隣の女性が。

 そうして、一部のひとびとが。

 助けられた子どもが。

 黒鋼さんが。

 ミサキさんが。

 そうして、たくさんのひとびとが。

 ここにいる、ほとんどすべてのひとびとが。

 ためらいを、見せたとはいえ。守那さんが。

 ここにいる、すべての、ひとびとが――。



 僕と、そして、……なぜだか奇妙に道連れになっているらしい葉隠さんを、許さないということで、その意思を示すという目的で共通して、ぱちぱち、ぱちぱちぱちと、……火が弾けるように拍手をしていた。いつまでも――。

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