空気を切り裂く
僕は、言う。問いかける。目の前のこのほんとうのところ得体の知れない、カンちゃん、もしくは本質的には影と名乗る人間に。不信と不安だらけでも、……それでもいまは話さねばたぶんこの状況はどうにも立ちゆかない。
「……でも、たとえ、……感情的にはそちらはだいじょうぶだったとしても、ひとがひとり、食われた。そのことは、間違いないですよね、間違いないんですよね……」
「はい。そのことに対しては、たいして感慨はありませんが」
「そのことは、とりあえずいまは、……いいんです。ただ、そうなってしまったことが、とてつもなく、問題だっていう――その共通認識は、あるんですかね、……ありますよね」
いいえ、とピュアな目、ピュアな表情のまま首を横に振られてしまったらどうしようかと思った――でもその懸念は幸い的中せず、はい、と影さんはピュアなようすで、首を縦に振った。
「人が、死にましたから」
「そうですよね、……よかった」
「えっ、人が死んだことが、ですか?」
「ああ、いえ、違うんです……その、共通認識があって」
影さんはしばし僕をじっと見つめてきた。その視線に吸い寄せられるように僕も一瞬視線を上げたが、……まともにかちあう視線が無理で、やっぱりすぐに、視線を落とした。
「やはり、プログラマーさんらしい、です」
「……え。なにが……」
「そういった共通認識とかだいじにするところ。――ふうん、なるほど」
なにが、ふうん、なるほどなのだろうか……それもそのようにやっぱりまるで、幼子のように。わけもわからず、それでいて、奇妙にものの道理を知っているかのような、ほんらいは子ども特有のはずの変な感覚がそこにあるように、感じられてしまって――でもそれをいま追求してもいられないのだろうなと思った、……そもそもが、他者というのはわけもわからず怖いものだ。
……だから僕は、本題を続ける。
「……ともかく、といいますか、なんと言いますか。この状況は、マズいと思うんです」
「それは私も同意です」
「どうにか、しないと、と思うのですが」
「それも私も同意です」
「……どうにか」
「どうにか」
言葉の、ほとんどおうむ返しみたいな応酬だけして。
沈黙が訪れてしまった、……ああ、こういうとき、ほんらいならば、だれかがなにかしてくれるのではないか。その道に長けた、あるいはそういった能力がある、だれかが――昨日も思ったことだった。こんな状況。緊急事態。非常事態。もっとほんらいならば、だれか、なにか、とにかくともかくどうにかしなければならない。でもだれも、そうしない。できない。ままならない。いやかろうじて、三人組は動いていた。積極的に、この場をどうこうしようと動いていた。でもこう言っては彼女たちに失礼なのかもしれないけれど、そういうふうに場をなだめるひとたちのほかに、ほんとうは、ほんらいは、その状況じたいを広く強くもっとどうにかしようというひとが、こういうときにはいるイメージなのだ――もちろんこの非常事態はある意味では僕たちの関係者が僕たちがいるゆえ起こし、それに加えてNecoインフラも機能しないからとにかくままならずこのなかではいちばんその専門性が高い僕が、どうにか、せねばならないという、役割じたいは、……理解できるのだけれど、でも、それに加えて、なんというかほんらいは、総合的な指揮というか、もっと統括的な人物がいるはず、というか、
……僕が、そこにかんしてまで、どうにかせねばならないのかと思うと。
自己嫌悪とともに、それとおなじくらい膨大な嫌悪感が噴出してしまう――僕はもともとこんなだからそんな役割向いていないのに、そんなことにかんしてさえ、……僕が、なにか言及する、ということじたいに。
でも、それでも。
どうにかせねばならないのだ。
だれもなにもしない。総合的に統括的には、積極的になにもしようとしない。
だったら。だれか。だれかが、しなくてはならないのだ。ああ。ほんらいそれは僕の役割ではない。だれか。――だれか、やってくれよ。僕ほどそんなことに不向きな人間なんていない。だから。だから、――待っていたのに。それなのに。ひとが、死んでしまった。ひとり。明確に、こんなにも目の前で。あっけなく。まるで当たり前のことのように。つくりもののように。でも、死んだ。尻を向け、尻だけを、残して。死んだのだ。ひとが、死んだ、死んだのだ、だから僕なんかだって動こうと思っているのにこの目の前の人間しかりほかの人間しかりなんだってどうしてこんなときになんにも、なんにも――
そんな思考に、押し潰されかけていたときだった。
リリン、と音が響いた、……あまりに軽やかゆえか一種爽快に響いたその音は、まぎれもなく、鈴の
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