朝から騒動
頭上で、一瞬強く光った。
錯覚かと思うばかりの光だった――いくら夜明けとはいえあんなに鋭く眩く光るか、と。しかし、よく考えればここはかぎりなく現実に酷似してはいるけれど現実というわけではないのだ――はっとするような気持ちでそう思えば、……光は満ちて、もやのように夜と朝のあいだらしかった空気の霞みはなくなって、……爽快なほどの水色が、青空が、あらわれている、朝が――来たのだ。
広場のひとびとはそれぞれで空を見上げていた。
そして、次の瞬間――いくつかの悲鳴が、上がった。ここにいるひとびとの多数、というわけではない。むしろ少数、三人か、四人……でもそれぞれが空気を裂くような絶叫だったせいで、……みっつかよっつでも、それらはやけに耳に強く響いた。
僕は南美川さんを抱きかかえながら、ぼんやりと視線を遠くに飛ばす。あまりにも遠いグループは見えなかったが、悲鳴を上げたなかでいちばんここから近いグループを見るならば、そこの中心はたしかに……植物人間になっていた。
つまりどういうことかというと。昨日のあの赤ん坊みたいに、植物に取り込まれるようなすがたとなって。ここから見える限りでは、やはり小さなひと……つまりおそらくは子どもが、植物と一体にされている。
その背中には、根っこが生え。
養分を吸い尽くすぞと言わんばかりに、しっかりと地面に根を下ろしているのだった。……ピクニックシートも、突き抜けて。
被害者は、またも子どもで、しかも家族連れだった。
よく見れば、そのグループの数はおそらく……四人。
だから、いま植物状態にされた子どもは、この空間で五人。五人も――いるのだ。こんななかで。限られた人数のなかで。子どもだって、そんなにたくさんいるわけでもないこの空間で……。
いままでどこにいたのか、葉隠さんと黒鋼さんがそれぞれ別の家族のもとに駆け寄る。声をかけ、背中を撫で、必死でなだめようとしている。……守那さんはここにはいないが、もしかしたらずっと最初の植物人間に寄り添いでもしていたのかもしれない。それくらいのことは、……なんでもないことのようにやってしまうひとのような、そんな印象がある。
親と思わしき彼らは、落ち着かない。どころか金切り声を上げるひともいる。しかしそれでもなにもしないよりはマシだったようだ。というのも、彼女たちの動きに影響されたのか――ほかのひとびとも一部ではあるがそのようにほかのグループに声をかけ出した。
おそらくは多くのひとびとが、いまこの状況は異常事態なのだと気づきはじめたのかもしれない。昨日まではしれっとしていたようなひとたちが、いま、必死で声をかけあっている。怒りにも似た勢いで励まして、嘆きにも似た湿度で慰める。……奇妙な一体感、あるいはその予感が、ここにはあった。昨日はてんでばらばらだったひとたちが、いまなにかひとつのものを共有しようとしている――そのきっかけの多くは間違いなく、……三人組のあのひとたちに、あるわけで。
僕はなにもしないでその状況を見ている。
南美川さんは身を乗り出すが、……おそらくはなにもできない、したくてもできないのだろう、そのようにしてこの状況を――見ているはずだ。
雑木林のほうから、影さんが駆けてきた。僕はゆっくり、そちらに視線の焦点を合わせた。駆けてくる、そのまっすぐな軌道がふいに気まぐれのように逸れて、どこかべつの場所に行ってくれればいいのにと願うでもなく思いながら、僕はぼんやりそのまっすぐすぎる走りを見ていた。ただぼんやりと、もうほんとうにぼんやりと。
でも、そうはならなかった。影さんは、たぶん、僕のもとにやってきている。そのことだってわかっている、いまが異常事態だってことだって、もちろん承知はしているつもりだ。
けど僕はキツい、――こんな起き抜けからひとと話さなければいけないなんて。
影さんは、昨日とまったくおなじ格好をしていた。人権制限者のあかしである制帽、制服。そのことを視界でちょっと確認して、……僕は、すこし、視線を逸らした。
「おはようございますっ。Necoプログラマーの社会人のかた」
影さんは、息を切らしていた。
口で呼吸をしている。心地よさそうとも焦っているとも区別のつかない表情。ただ僕になにかを訴えたい。おそらくはそうなのだろうとわかる、なにか、……奇妙な親密さ、すがるような、あるいは手軽に利用するような気安さが、口と同様すこし見開かれたその目には感じられた。
……朝の光は。
「大変、です。うちの施設の、人権制限者たちも、一部が、植物化して……」
朝の光は、他人の表情やら降る舞いやら、そこから読みとれるかぎりの感情というものさえ、あらわにする。……やはり、朝の光は、一種の暴力なんだと思い、……いまはそんなことを考えている場合じゃないのだとまた、僕は僕のことが、嫌になっていく。
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