それでも進む必要がある
「Necoにあまりに興味関心がないからNecoの挨拶機能だけが残る。それとおなじことで、彼には彼なりの現実世界とそれに対する価値観があると思うんだ。当然のことではあるけど。……そうなると問題になってくるのは彼の価値観だ。もちろん、あなたもいくらきょうだいとはいえそのすべてを知っているわけではないだろうけど――」
「そうね、わたしにはあの子のことが、……わからない、あんなにかわいがっていたつもりであんなにも仲よしだと思っていたのに、それでも……あの子は、わたしをこの身体と立場にしたんだから。そして、犯そうとしたの。だから。だからね。あの子の考えてることは、……わからないの」
「僕にもわからないし、たいていのひとは化くんの考えていることはわからない気がするよ……」
それは、もしかしたらだけど、……真のほうさえも。
わかりきっては、いないのかもしれない。
そうは思ったけど、黙っておいた。このひとは、そのふたりの姉なのだから。
「そんな化くんのつくる世界だからこそ、ここは怖いんだ。……Necoの内面を切り捨てたことだって、ほんとうはそうとうマズいけど、まあとりあえずは目をつむるとする。でもそれ以外のたとえば公園で植物と一体化させられたひと、――つまりは化くんは人間を簡単に人間ではなくしてしまっていいという価値観をもってるんだと思うんだ」
高柱猫と、……すこしだけ似ている。彼も、人間を人間と認めないことにかんしては――過激だった。
「無理やり植物人間にさせられていいなんてことはない。僕はそう思うんだけど化くんはたぶん、……すこし、うるさかったからという理由で彼を簡単に植物人間にしてしまった。そして当然、おなじようなことがこれからも起こりうる。……この世界はデータかなにかに還元されているぶん、人間の身体だっていじくりやすい。外部から切り離されているならば、人権を剥奪するための手続きだっていらないんだ」
「それって……つまり……だから……」
「化くんは化くんの価値観で勝手にこの世界をいじるんだと思うよ。たぶんまだ、……はじまりにすぎない」
「はじまりに、すぎない……」
南美川さんの声は、震えて。
それと同時に、耳と尻尾も小さく震えた。
だから僕は、……もういちど、南美川さんをしっかりと抱きしめなおす。
「ねえシュン。それがほんとうだとしたら」
「うん」
「ほんとうなのだとしたら、化ちゃんはどうしてそんなことをしようと思っちゃったの。たくさんのひとがいるのに勝手にデータ世界に押し込めて、勝手にひとを植物人間にして。化ちゃんには、わからない。わかってないんだわ。人間が人間以外のものといっしょにキメラ化されることがどんなことかってことが――」
うん、と僕はもういちどうなずいた。
「彼には、わからないだろうね」
「そうやっていろんなひとたちに迷惑をかけて、怖い思いをさせて……どうしてあの子はそんなふうに育っちゃったの……わたしが」
わたしが、いけないのかしら。
そうつぶやいた南美川さんを――僕はさらに強く、抱きしめた。
「……シュン、痛いわ、ちょっとだけ……」
「ごめん。でもね南美川さんあなたが責任を感じることはない。きょうだいだからいろいろとあったんだろう。でもそれでもこれから化くんたちがしようとすることはあなたが悪いわけじゃないから。……だからなにを目にしても経験してもそのまま進もう」
気にしないでほしい、とほんとうは言いたい。でもその言葉がこのひとの耳に心にどれだけ無責任に響くかも、想像がつく。だから進むだなんて言葉を使ったけれど、それもやっぱり、口から出てしまえば――至極、無責任な感じもしてきて。
でもそれは、実際的な意味ならば、その通りともいえることで。
「ネネさんとの約束がある。なにがあったとしてもあと十日間、歩ききらなければならない。……ほんとうは毎日その日の成果を見せに行くことも条件だったけど、それはもしかしたら達成できないかもしれない。アクセスは試し続けるけど、ここはたぶん、切り離されているから。……だからその時点でネネさんの言った条件は完璧には満たせないけど、でもほら、データは、とれている」
僕は、ポケットから万歩計を出した。
その記録は、なんだかんだで――四日目、今日のノルマ達成。
「ぜったいにこれを毎日達成し続けなければいけない。ネネさんの言った通りに、ネネさんの指示したペースと歩数で」
南美川さんは、またも、目を見開く。
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