神に、なろうとしてるの
南美川化は。
高柱猫のような存在になることを、いや、……あるいはそれさえ超えることを、目的としている。
「高柱猫は世界を変えた。たぶん化くんも、世界を変えたいんだ。……つくってみたいのかもしれないね。それこそさ、ひとつの宇宙を創造するみたいに」
風が、頬を撫でていく。
「でもたぶん化くんは、新しい世界をつくることよりも、あなたのいる……つまりお姉さんのいる世界を変えることのほうが、いいんだろうね。なんとなくだけどそう思うよ」
「……それって、化ちゃんは神さまにでもなろうとしてるってことなの……」
「そうとも言えるかもしれない。超越者を神って呼ぶことにするなら、だけど。……ただしあなたがその世界にいるという条件がかならず必要な神でもある」
南美川さんの耳が、しおれる。
「化ちゃん、どうして、そんなに、わたしのこと……」
弟たちのことを呼び捨てにしていたはずなのに、やっぱりちゃんづけに戻る。南美川さんにとっては弟たちは、たぶん、……そういう存在のはずだから。
「お姉さん離れができていないんだね。いつまで経ってもかわいい弟、って感じで……」
僕の冗談めかした言葉に南美川さんはすこし笑ってくれた。だから僕も、すこしだけ笑った。
「……でもまあとにかく化くんはひとつの世界の管理者、そこにいる人間たちの超越者、つまりはあなたの言うところの神に……なりたいんだと、思うんだ。かつて高柱猫がひとりの人間からその存在を越えて人工知能と成ったみたいに」
「そうなの、かしら……」
「たぶんね。もちろん確証はないけど。でもそんな気がする」
……そんな気が、する。
風はさらに吹いた。全身をそよそよと撫でていく風はただ心地よいとばかり感じていた。でもだんだん違和感に気がついていく。風がなんだかやたらとまっすぐだ。でかい矢印のごとく右から吹き、左から吹き、かと思えば頭上から足元から吹く。平行な風。垂直な風。そんなもの、あるか――と思った瞬間同時にあらためて、……ああ、これは南美川化からのメッセージだな、と気がついた。
もちろん、まだ読みとけはしないが――。
「でも、真ちゃんは、どうして……」
「真ちゃんは、化くんに同意したか、頼まれたか……どちらにせよ真ちゃんが化くんに頼まれてしまえばそれは受け入れると思うんだ」
「それも、そうね……あとはやっぱりあの子は、わたしのことが嫌いだから」
風が、ひときわ強く吹く。空気を丸く揺らすみたいに。
「……まあそういうわけでこの世界が化くんによってデータ世界にされて、彼に完全に管理されてしまっている状態だとしよう。そう仮定して考えてみる……そうするといまこの状況からマズいことが起こるという予測が立てられる」
「それって……」
「たとえばNecoが私ネコの挨拶しか応答しないのは、通信の遮断によってではなく、化くんのネコへの興味の低さをあらわしていると思うんだ」
思えば南美川さんの家でも、……南美川真は比較的頻繁にNecoを用いていたけれど、南美川化のほうはあくまで最低限という感じで、Necoに頼っていた感じがあんまり――しなかったように思う。
「化くんにとってはネコは単なるツールで、しかも深いところで頼るべき相手ではない。だからオープンの挨拶だけになったんだと思う」
「化くんにとってあんまり意味も価値もないから、この世界では存在が薄くなってるってことなの――?」
「そう。そういうことだと思う」
つまりして。
この世界においての神的存在の――南美川化が意味も価値も見出ださないものは、この世界では存在が限りなく薄くなる、あるいはなくなる。そうではないかと、僕は思う。
その結果。Necoにかんして言えば、表面だけが残る。
読んだら返事をする、というだけの表面。
話しかけたら応答するだけのシンプルなおもちゃみたいな。
それはつまり、南美川化のNecoへの関心と評価がその程度ということ――。
自分の価値観にもとづいて、……世界を、編みなおしているのかもしれない。再構築。あるいは、もういちど創造するみたいに――。
南美川さんはなにかをひたすらに深く考えているようだった。励ましたくて、……僕は、声をかける。
「……彼なら、やりかねないだろう」
「……そうね。やりかねないわ。あの子はむかしから、好き嫌いや、興味をもつものともたないものの差が激しいから――」
「そして問題はそれがここでは具現化してしまうということだ」
風が、ぴたっと止まる。
「彼の嗜好や価値観で、この世界はつくりあがってしまうんだ」
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