あの青年は
……だから、たぶん。
エラーブルーとマシンの言葉のゼロイチが示し続けることは、そういうことで。
「ここがデータ世界なんだと考えればいろんなことの辻褄が合うんだ。応答しないNeco、出られないエラーブルー、……簡単に書き換えられる世界」
「でも、そんなことどうやって……だってわたしたちはいま、今朝のわたしたちのままじゃない……」
「どうやったかはわからない。僕も僕のままだし、たぶんほかのひとたちもそうだろう。意識も変わりないし、身体を動かす感覚も変わらない。……だからそういうものごとじたいもまるごとデータに置き換えたのかもしれない」
「じゃあ、いまのわたしたちの意識や身体は……データだっていうの……」
「たぶんね……」
西門の上、広がる青空を見上げた。……こんなにも代わり映えのしない景色だというのに。僕の感じかたも南美川さんのようすも、なにもかも。
「データになってもこんなにも意識も人格もクリアに残るのかとか、いろいろ疑問の余地はあると思う。もちろん。でもすくなくともそう考えたほうが、次に進める。すこしでも、もとの世界に戻れる可能性が高くなる。……もし僕の仮説が間違っていてもどうにもならないけれど、もし僕の思っている通りだったら、いまどうにかしないと……もっと、どうにかならない」
「ここはたぶん、データ世界であると同時に――化ちゃんの見ている夢、だから?」
「……そういうことに、なる。ここからの話は、南美川さん。彼の実の姉であるあなたにはすこしつらい話になるかもしれない――」
「いいのよ、そんなの、いまさらだわ。そんなの……あの子がどういうふうに育ってしまったか、わたしはこのあいだ自分のおうちに戻ってわかったのだもの」
ああ、そうだね、……ひどいことをされた。僕が高校生の心に戻ってしまって、かばえないときに――そのときの重たさを思い出して、僕はまた、このひとの身体を抱きしめる腕に力をもっと込めた。
いまさらと言い切るその明るさに、……ほんとうは割り切れてはいないことなど、わかるから。
息を、吸って、吐いて。さあ、伝えよう。説明しよう。このひとに対して――わかってもらおう、いろんなことを。
「化くんは、現実世界の公立公園をまるごと呑み込んだ。なんらかのかたちでデータに還元した。公立公園の情報や南美川さんのことだけではない。僕のことや、そこにたまたま居合わせたひとたちの情報や意識もすべてなんらかのかたちで変質させた。
その変化は、僕たちから見たらすぐにはまったく現実世界と見分けがつかなかった。データに押し込まれた感じはまったくない。現にいまだって、思考だけではない、……五感だって冴えわたっている。
その目的を考えてみたんだ。たしかに化くんは南美川さんや、……あとはもしかしたら僕のことを狙ってこのことを起こしたと思う。……でも南美川さんのことや僕のことだけが目的だったら、今日この日の偶然のとある時間という限定された公立公園をすべてまるごと呑み込んでしまう必要は、ないはずだ。それが目的だったらそれこそ、南美川さんの家で僕たちが閉じ込められたように僕たちのこともどこかに閉じ込めてしまえばいい。公立公園をすべて呑み込めるほどの力があれば、その選択肢だって取れたはずなんだ。充分に」
南美川さんは、すこし考えるそぶりを見せた。……耳を、ぴんと立てて。
「……そうね。それなのに、化はそうしなかった。あの子が、そういうところで妥協するようには思えないわ――」
「……彼はお姉ちゃんが大好きだしね」
僕は、ちょっと苦笑した。
南美川さんも、苦笑した。
……執拗なほどに、いや狂気といえるほどに、歪んだかたちで、姉を欲した――あの天才の青年。
監禁状態から、命からがら抜け出したとき。
僕は正直なところ、すこしはあの青年と話ができたと思っていたんだけどな。
伝わらない。……伝わるわけ、ないか。僕みたいな劣等な存在の言うことなんかが。
あの天才的な青年には、たぶんなにも伝わらなかったかあるいはとても歪んだかたちで伝わって――ついにはきょうこのようなことになったというわけ、だろうから。
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