それが劣等出身ゆえなら
円周率暗記コンテストで。
準優秀者の、頭がコンピューターの五歳のデザインキッズに、百一倍の差をつけて優勝した黒鋼里子に対して。
黒鋼博士は、約束を果たしたという。
黒鋼里子の住んでいた区域に人をよこし、聞き込みといういまどきアナログな手法で、調査をした。
というのも、致しかたはないのはわかる。平均的な層までの暮らすところだったら当然、基本的にはNecoインフラを用いて、デジタルなやりかたで調査したほうが、もちろんいい。効率的だし、いまどき人工知能が拾っていない情報なんて、ほとんどないんだし。
でもそれは、あくまでも、平均的な層までという前提があってこそ――貧困層には、それも、……黒鋼里子が幼少期を過ごした貧困エリアの程度ほどだったら、そもそも当たり前の社会デジタル性が機能していない可能性が、おおいにあって。
まあ、アナログ調査でうまくいかなければ、最新技術を投入するのも黒鋼博士チームは当然厭わなかったらしいけれど。
結果的には。
黒鋼博士のその決定は、最適に、効率的だったようで。
一日とかからず、およそ半日で。
アナログ貨幣をばらまいた、ただそれだけのことで。
黒鋼博士チームの助手たちは、かつての彼女の仲間たちを探し出したという。
『思ってたよか、生きてた』
テーブルに頬杖ついたまま、顎を預ける角度を深めて、退屈そうなポーズを取っていたけれど、黒鋼里子さん、黒鋼さん、あなたやっぱりわかりやすい――そうやって無理するときには、わざとらしくダルそうなふりするの、バレバレ、……そんなのは当然のごとくきっと、彼女のいた研究所でも、高校でも、わかられていたんだろうなあって思う。たとえ彼女の自覚がなかったとしても。
……まあ、貧困エリアは別かもしれないけどね。そんなふうに人の機微の動きに気づく力が、実質人間未満に等しい劣等者たちにあるものなのかしら、わたしには、どうもそうは思えなかったけれど――。
葉隠雪乃が、おずおずと。
『みんな、生きてはったん?』
『ううん。三人死んでた』
早口で、いっそぶっきらぼうな印象さえ受ける言いかたで、黒鋼里子ははっきりきっぱりと、言い切った。
葉隠雪乃は、息を呑んで。
守那美鈴は、抑えきれないとでも言わんばかりにはっとして口に手を当て、眉毛を下げていたけれど。
わたしは、ほかのことを感じて、考えていた。
それだけで、黒鋼里子のなんらか思い入れ、みたいなものがひしひしと伝わってくるかのようで――そのあんまりの感情の強さに、気配に、……言ってしまえば貧困エリア特有の悪臭とかにたとえられてしまいそうな感情の存在に、わたしは、気づかれないようちょっとだけ唇の端を歪めておいた、……ああ、念入りに重ねづけしているリップが、甘くて、同時にとっても純粋な薬成分の味がして、嫌だなあ、話の流れがひと区切りついたら……また、塗りなおしに行かないと。
『……三人っていうのは、』
リップを気にしていることがバレないように細心の注意を払いながら、わたしは、適度に明るく、適度に沈んだようすで振る舞ってみせた。やっぱり集まる三人の素朴いや純朴な視線、……うん、たいしてそこまで慎重になる必要だって、ここではそもそもないのかもしれないけれど。
『黒鋼さんには、きっと、とても大きなことだったのよね。きっと、数字でははかり知れない――』
『ほんとに、そう。南美川さん、……わかって、くれる?』
黒鋼里子がすがるような顔をしていきなり両手を差し出してくるのでぎょっとした。かろうじてわたしは身を引かず、人の好く見えるであろう笑顔を保てたと思うけど、……冗談じゃないわよ、いまの隙に、本音の顔が出ちゃったりしてたらどうしてくれるの。
ほんとは、ひっそりこっそり深いため息をつきたかった。ほんとは、とても、嫌だったから――なんなのかしら、この子、このなれなれしさ。感情の温度に、質。……貧困エリア出身者たちって、みんな、こんなもんなの?
こんなふうに、自分を客観的に省みないで。ほぼほぼ初対面であるわたしに、長年の親友みたいな振る舞いやかかわりを要求するの? そういうものなの? だとしたら、やっぱり、劣等出身なんて、……くだらない、
『もちろん。話してくれて、ありがとう。わたし、とっても嬉しいわ……黒鋼さん!』
劣等出身なんて、あんまりにも、やりやすすぎて。
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