いまどきデザインキッズがいるのだし

 円周率記憶コンテストで準優勝者と圧倒的な差をつけて優勝すれば。

 研究所に拾われるときに貧困エリアに置いてきた、ともに子ども時代を駆け抜けた仲間たちを、できる限り探し出し、最低限人間として生涯暮らせる生活の保障をするという約束をした黒鋼里子は、その日から、円周率の猛勉強とコンテストの猛リサーチを始めたという。



『暗記系の相手はたいして怖くなかった。記憶力だけでいえば、私の水準の人間は限られていたし、ラッキーなことにその回の円周率記憶コンテストには、出場しないようだった。……怖かったのはどちらかというと頭がコンピューターの人間だね。そのときの出場者にいた。デザインキッズだったみたいだよ。マズいなって思ったよ。よっぽど差をつけないと、追いつかれるって』



 頭がコンピューターの人間――俗に、そう言うけれど。

 そういう人間も、国立学府にいれば、ときどきふつうに出会うものだ。


 要は計算がめちゃくちゃ速くて正確な頭脳をもつひとのことだ。

 もちろん、本来的にはコンピューターというのは計算だけを担うものではない。

 でもコンピューターっていうのは計算マシンからはじまった。だからだろうか、計算が速い人間のことは、俗にそう言ったりする。


 たいていの場合、頭がコンピューターの人間は当然のごとく暗算ができる。




 ……でも。




『ねえ、でもちょっと待って黒鋼さん』



 わたしがにっこり発言すると、やっぱり三人の視線がわたしに集まった。



『円周率の計算って、けっきょくのところ現在解明されているかぎりで言えば無理数じゃない。けっきょく計算に用いることができるのは、せいぜいが近い公式よね。それも、いくつもそれらをツールとして組み合わせて。……そんなことをするくらいだったら暗記するほうがまだ、はるかに手間がかからないと思うけど』

『手間がかからないたって、でも、黒鋼さんは前提となるその暗記力がすごいんだってば、ねえ……』


 なぜか守那美鈴が媚びるみたいに笑って、まずはちらりと黒鋼里子を、そしてそのあとにわたしを見た。

 黒鋼里子は合わせるようにちょっと笑ったけど、わたしは、笑わなかった。

 真顔でいた。


『うん。旧人類だったら、無理だったと思うよ。……頭がコンピューターってことに特化されたデザインキッズだからこそ、暗算で挑んでみようとしたんだろうね。実際、その出場者、まだ五歳の男の子だった。数学的天才の両親によって手塩にかけて開発されて、人間というよりは、まさに頭のなかにコンピューターを積んだ、それだけのための身体だったよ……』

『……学府にいる頭がコンピューターの人間たちとはまたちょっと別格だったってことかしら』



 黒鋼里子は、やけに神妙にうなずいた。



 ……わたしは、自分の妹と弟を思い出していた。わたしの世代では、まだほとんど見かけないデザインキッズ。……いま高校生の、真ちゃんと化ちゃんの世代でも、まだまだ珍しいデザインキッズ。

 

 でも、下の世代にいくにつれて、増えていく。

 統計的にも、常識的にも、そんなことはあきらかで。



 ……黒鋼里子が高校二年生のときに五歳だったってことは、つまり、いまごろ十歳くらいってことだ。

 じっさいそれは、デザインキッズのぐんと増えてくる世代、それゆえに、……成功例も増えてきている世代。

 まあ、それはね。いまももし、有用だとされて、生かされていれば、の話だけれど――。



『なんやデザインキッズって優秀なんはいいけどかわいそうやよなあ』



 葉隠雪乃は、はー、とため息をついたけど。

 ……わたしは。そうは、思わない。





 ……わたしも。

 いずれは、自分の遺伝子をいじらなければいけないって思う。

 自分の子どものためではない。自分自身の、ために――。




 ……そうは、思うのだけどね。




 そう思ってこの場のだれにも理解できないため息を、わたしは、こっそりついた。

 ……わたしのよく読むオールディな物語の世界のひとびと。

 その時代のひとたちは。きっと、こんな悩み、もたなくったって済んだんだ――。

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