いずこの舞台から、飛び降りるかのようにして
……うつむきながら。
しかし、同時に僕はもうひとつの思考を展開していた。
……頼むのならば、だれでも嫌だが、消去法でいけば……南美川さんの同級生だった三人組は、候補の上位には挙がる。
もちろん、もちろん嫌だが……三人組や、カル青年、あともしかしたらカンちゃんさん、それに彼らに比べればもう少し頼みたい程度は落ちるが、ミサキさん……彼らに、頼むほかない――と。
作業をしながらも頭の片隅で思っていたことだった。
……やはり。
そうせざるを、えないのか――。
「……見たで。あそこの、おっちゃん」
葉隠雪乃は、一種胡乱な目を彼に向けた――植物と、一体化させられてしまったあの中年男性に。
「もう、なんでもありやんなあ」
今度は、鼻で笑って苦笑した。……おしとやかなタイプに最初は思えたけれど、たぶんほんとうは、こうやってよくなにかを嗤うひとなのだろう。
「どないする? 私らも、植物とか動物にされちゃったら。……南美川さんみたいにねえ」
南美川さんは、強い目線で葉隠雪乃を見上げていた。
その顔はやはり悔しそうで、苦しそうで、でもさきほどの雑木林においてみたいにまったくされるがまま――というわけでも、なかった。
南美川幸奈は、明確な意思をもって。
……抗議する色をもって、その目で、元大学の同級生を見上げていた――。
「まずいやろ。このままだと。なにが起こるかわからんで。……来栖さん、どうにかなりそうなん?」
「……なんとも、言えません」
どんなにどんなにいろんな手を試してもNecoシステムは一向に応答しない。
状況は、どちらかというと絶望的――だが。
僕は、うつむいたまま。……握り拳を、ぎゅっと握りしめて。
ああ。嫌だ。嫌な汗が出る。ひととしゃべるのは、こんなにも怖い。頼みごとをするのは、なおさら怖い。ひとと言葉を交わす、それだけでも、怖いっていうのに、他人と意思疎通をするだなんて――こんなにも、煩わしいほど僕は嫌だ。
でも、でも……それでも。
「……時間が、ないんです……」
絞り出した僕の声は、……案の定、情けなかったが。
葉隠雪乃は植物人間にもういちど視線をやって、わけ知り顔でうなずいたが、たぶん――そういうことでは、ない。
「そうやろなあ。私らみんな、改造人間にされてまうかもしれんし」
「いま、何時ですか」
「え? うーん、時計ここでも合うとったら、もうすぐ午後の四時やけど」
僕は、口の中を強く噛み締めた。自分自身の金属質な血の味を、いまだけは、生々しく感じていたかった。
「……時間が、ない」
膝頭に、両の拳を置いたまま。
自分の膝頭ばかり、僕は強く見下ろしていた。……その手に赤くてあたたかいものがふれた。南美川さんが、舌で舐めて――慰めて、くれているのだった。
「……そりゃあ、一刻も早くなあ、」
「……そういうことでは、なくて」
ああ。言ってしまった。僕。――このまま、頼みごとをするというのか。
してしまうと、いうのか、他者に、他人に、……人間相手に。
「……散歩を、しないと」
それは、僕のいま思っている、いちばん強く、大きなことだった。……ほんとうのところを言えば、Necoへの対処よりも、それは強く大きかった。
「約束、してるんです。……南美川さんを十四日間、かならず毎日ノルマに至るまで散歩させる、と。そうでなければ、とても、人間に戻るときに耐えられないから、と。その生物学者のひとはとても厳しいんです。シビアなんです。僕たちに協力してくれるけど、でもけっして甘くないんです。今回、この機会を逃せば、あのひとは僕たちにはもう協力してくれないんです、してくれない、ぜったいにしてくれない、あのひとは僕なんかも人間扱いしてくれる奇特なかたですから、もしかしたら僕たちの今後の人生には協力してくれるかもしれない、でも、でも、――あの生物学者は超優秀者でもあってそれはそれなりに理由があって、だから、……だから、今回、なにがあろうと、そのノルマを完璧にこなせないんだったら、もう、アウトで」
――完遂できないことは、イコール南美川さんを人間に戻す、現在唯一の手段が、失われるということだ。
「……ええ? 来栖さんって、意外にけっこうしゃべりはるなあ」
葉隠雪乃は、困惑したように両方の眉を下げながらも――笑っていた。
今度は、嫌味ではなく。
「もっと、石のようなおかた思ってましたわあ。そいで? ――いまの話は、なんなんの」
僕は、息を深く吸った、吐いた、僕は打ち明けるというのか、頼むというのか、嫌なことを、ぜったいに嫌だったことを、それでも、……それでも、背に腹は代えられず――なにか僕にとってのとても恐ろしいこと、……たとえば身ひとつでどこか高みから飛び下りるかのような、そんなことを、僕は、……僕は、するのか、するというのか、――するんだろうな、この直後に。その予感だけは……わかった。
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