拒否権は、なく

 人々は、自然と芝生広場に集まった。

 たぶん、そこが、もっとも見晴らしがよく、平坦な場所で、大勢が集まっても差し支えのないという意味で、最適な場所だったからだろう。



 まるで、遠い国へ移住していくかのごとく。

 人々は、一斉に、それでいてどこかうなだれて――芝生広場に、集まってきた。



 僕たち――というよりは、僕と南美川さん、そして人権制限者のひとたちとその管理者の一軍も、おそらくはそういう自然な勘に従って、ずらずらと芝生広場へ向かった。どなたかから借りたノートパソコンを、……僕はしっかり脇に抱えて。

 ほかのひとたちもやはりそう考えていたのだなということが芝生広場に集まるひとたちの数を見れば自明で、普段はゆったりと広く人口密度もかなり低いはずのこの公園にいたひとたちがしかしこうやって集まってみると、さながら学校の巨大な集会室での学校集会を思わせるのだった。



 目を凝らせば、ミサキさんもいたし、三人組もいた。

 ミサキさんは心もとなそうにベンチに座り、あたりをうかがっている。

 三人組は芝生に座り込んで、三人で肩に肩を抱き合って怯えている様子だった。





 僕は南美川さんとふたりきり、空を見上げる。

 ……人々は、どんどん集まってくる。

 移住みたいに。まるでここに村でもつくろうとかいうゲームのワンシーンみたいに――しかし、これは、現実だ。……いや。現実かどうかは、もう担保などできないのか――。




 人々は喋り合っていたのに、ふしぎと騒がしくはなく静かだった。……不安な気持ちが、声さえ自然と潜めさせたのかもしれない。



 そしてまた同時に人々は、多くがあたりをうかがっていた。きょろきょろとしていたと言ってもいいだろう。三人組も、そうだ。

 どうしていいのか、わからない。

 なにをどうしていいのか、わからない。

 事態がおかしいことはわかる。けれど、どうしたら、と――




 そう思うだけの人々がかたちづくる沈黙は、どこか、不気味なほどに不穏だった。……景色も、そよ風も、明るさも、一見すれば普段ののどかな公園となにひとつ変わらないから、たぶんなおさらに――。





「みなみなさん! どうぞ、落ち着いて、ください!」




 両手を、ぴしっと上げて。

 そんな不気味な沈黙を破ったのは、……カルくんと呼ばれている彼だった。





「なにかしら異常事態が起こっていることは明確です。しかし、落ち着いてください。社会公務員の僕たちが、この場にいたのが幸いでした! この帽子を、このバッジを見てください。僕が、僕たちが、れっきとした社会公務員であることが、おわかりになるかと思います」




 社会公務員。……ああ。そうか。人権制限者の管理者になるならば、それは――社会公務員ということに、なる。

 ……南美川さんを、……調教、したひとたちも、そう呼ばれる立場の人たちだっただろうけど――。





「まずは事態を究明しましょう! どうしてNecoがいっさい機能しないのか。どうして通信がいっさいできないのか。どうして自然の摂理がおかしなことになっているのか。いろいろと不明点が多すぎます。まずは冷静に、突き詰めていきましょう! 混乱するのは、みなさん、まだ早い」




 どことなく演劇的に過ぎるが、しかし過剰であっても苦笑を含ませたその語り口は、たしかにこの状況においては、妙に――人を安心させるものだったかもしれない。

 なるほどそういうやりかたもあるのか、と感心するような気持ちで、どこかひとごととして眺めていると――彼は、急につかつかと僕のもとに近づいてきた。

 そして、腕を掴んで、……無理やり上げさせた、やめてほしい、なにをするんだ――。




「そしてさらに幸いだったことには、社会公務員ではなく、Necoの専門家さまがこの場に居合わせたことです! これを、お導きと言わず、なんと言いましょう」





 お導き、なんの――そう言うことさえできなかった。

 僕は右腕を無理やりに突き上げさせられていて、

 そして、この場にすくなくとも百何人はいるであろうひとたちは、芝生で、僕のことをどこか熱狂的な目で見ている――いや、正確には僕ではない。Neco専門家、とやらを。まるで、この事態をすべて解決してくれる、そんな存在でもあるかのように――。




「社会人はその専門性を非常事態には社会に生かすということは義務ですよね」




 彼は僕の耳もとで、そうささやいた。

 やけにおかしな笑顔で。文法的には、なんだかやけに妙な言葉で。

 目ばかりぱっちり見開いて、口もぽっかりと空けて、まるで少女趣味の目の大きすぎる人形のように――僕を、僕ばかりを見つめながら。

 そう、……つぶやいたのだ。




「拒否させる気は、ないんですよね」




 僕は芝生の青々しさと、どこかほっとしたように僕を指さしたり互いに励まし合う人々だけを見ていた、――耳もとでもういちど生暖かい息がかかってとても不快で、その息はただ言ったのだ、肯定したのだ、……ええ、と。蛇が漏らすような声で――。

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