三日目

今日も、人権制限者とその管理者の群れと出会い

 おなじ時間、おなじところを歩いていたら、当然というかなんというか――人権制限者のひとたちと、その管理者のひとたちにも、出くわした。

 ……当然ながら昨日とおなじ、人権制限者のあかしでもある作業着を着せられたひとたちは、これもまた昨日とおなじく、僕に、いや――ひとりの社会人という存在に対して、過剰なほどの挨拶をさせられていた。


 今日、全員の音頭を取っていたのは、一昨日と昨日の中年の女性ではなかった。

 もっと年配らしきひとで、柔和な笑みがとてもよく似合う、穏やかな印象だった。それでありながらまったく同時に、人権制限者のひとたちに対しては平気で、おまえ、とか、しなさい、とか、格下相手でしかない言葉を使う――人権制限者というのはどこかしらが社会基準より劣っているから人権を制限されているのであって、だから理屈からしてみれば、……それはなにもおかしくないことだと、これも頭では僕はわかったのだけれど、でもなんとなく――心が、ざわざわするのを抑えられなかった。


 若い男性のほうは一昨日と昨日とおなじだった。

 帽子を脱いでぺこぺこと頭を下げてきて、慇懃なほどの挨拶を僕にしてくると、さらに気さくに話しかけてきた。人権制限者のひとたちの体操を見守るという仕事の最中だろうに、……木陰で、彼はまったくそういうことを気にしていないようだった。

 健康体操にいそしむ人権制限者のひとたちの背中にたしかに目を走らせながら、でもなんとなくその目つきはぼんやりとした感じで、……よっぽど仕事をさぼりたいのか、彼は非常によく僕に話しかけてきた。


 ……話の流れで、やはり僕と同年代で、でも一歳下だということがわかった。知りたくもなかったし、知る気もなかったけれど、話の流れが勝手に流れに流れてそっちにいってしまったのだ。

 感心したように目を見開いて、僕に、言ってきた。自分とそんなに歳が近いのに、Necoプログラマーだなんてすごい、と。

 僕は、そんなことないと言っておいた。そんなことない、と。本心だし、……ある程度は、事実だ。

 Necoプログラマーなんて、なにもすごくない。だって、Necoのことしかできないのだから。コミュニケーションをあまり求められない、それは専門性に特化しているから――だなんて言えば聞こえだけはいいが、その実態は、……社会における汎用性をかなぐり捨てる代わりに、自分ひとりくらいだったらどうにか細々と一生食いつないでいける程度の専門性を得た、ということにほかならない。


 僕はもう夢を見ることはできない。

 Necoと対話するだけという、専門性はたしかに高いけれどほかになにも能力のない道を選んでしまった。

 加えて僕には、成人前とはいえ引きこもりになり社会評価ポイントの負債をつくってこまごまと返済中という現実がある。

 僕には、……生涯、Neco対話をすることで、かろうじて社会から人間として認めていただいて生きていく、そんな将来しか、存在しないというのに、




 そういうことを、この、人権制限管理者という、専門性のみならず汎用性も割合高いとされている職業につけた僕のひとつ年下の男性は――わかっていないのだろうか。いや、あるいは、……ここまでの人生がトントン拍子に、すくなくとも、見知らぬ僕にこんなに普通に堂々にそんな立ち入った話をできるくらいには、彼はたぶん、……優秀すぎて、わかろうともしていないのかな、って――。



 たぶん、彼には、南美川さんのことは、見えてもいない。

 僕のことを、犬の散歩をする社会人としか思っていなくて、……そのためのアクセサリ程度にしか、見えていない。




 ……仕事をしなくてもいいんですか。僕がそう言うと、ばつが悪そうに、それでいてどこかはにかんだように、それでは――と、仕事に戻っていった。……周りについていけなくて脚をもたもたさせていた老いた女性の脛をさっそく蹴り上げたけど、……僕もさっきから隣で見ていた、そのひとは、……僕たちが一見まるで単なる歓談でもしているみたいなそんな時間のときから、ずっともたついていた。それなのに。それなのに彼は――老いた女性の瞳におそらく心底込められた憎しみの色に、気づく気配すら、見せないのだ。

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