明るい部屋での朝の無理

 南美川さんに急き立てられて、僕は起きざるをえなかった。

 まだ、眠い。這い上がるように、どうにか起き上がった。頭が、ちょっと痛い。……無理に起きたからだろうけど。でも、普通に会社に行っていたらこのくらいの痛みは当然のこととして日々は過ぎていくのだよな――朝が遅い会社だから、行きの、少しは込み具合がマシな電車で噛み殺したあくびでもして無理やり、起きていくしかないわけで。


「朝日を浴びるのよっ」


 なぜかやけに誇らしげに言う南美川さんに対して無言でひとつうなずいて、ブラインドカーテンを手動で操作する。……少しずつ、でも確実に、部屋が朝の光に満ちていく。いくら古いアパートといったってブラインドカーテンくらいなら家ネコにお願いすれば開けてもらえる、でも、なんとなく、……ここ数日、僕はなるべくできることなら手動でいろんなことをするようになっていた。

 なんでなのかは、わからない。僕の鈍い頭では、……そこまでのことは、自分ではぜんぜんわからないから。



 ここ数日は毎日お会いしている朝の太陽はとても眩しくて、爽やかで、だからこそ――過剰なんじゃないか、って気もしてしまうんだ。

 でも、言えない。




 目をきらきらさせて、「ねっ、起きたでしょ、古典的なことだけど、やっぱり人間って朝陽を浴びるとすっきり目が覚めるのよっ」と言って、朝から尻尾をばたばた振る南美川さんを見ると――そんなことは、とてもじゃないけど言えないのだ。



 南美川さんは僕の脚のまわりをぐるぐると囲むように回り続ける。



「次は、次はなにからする? お水を飲む? タオルを換える? それとも、歯磨き?」

「……あの、その、とりあえず」



 トイレ、って言葉が恥ずかしくって言えない。……小学生か、とは思うけど。

  そりゃまあ、南美川さんには高校時代、そんなことさえもいじめの材料にされて人間の尊厳をめちゃくちゃにされたけど――だからこそいま、ここで、それを意識したくないんだよ。



 仕方がないから無言で向かった。南美川さんがくっついてきたけど、ドアをばたんと閉めればさすがにその中まではついてこなかった。胸に手を当てて、はー、と深く息をつく。

 ……そのまま背中からくずおれてしまいたかったけれど、そうもいかず、最低限の用を最低限に済ませた。



 南美川さんが、くるりと振り向く。



「おかえり! シュン」

「……おかえりってほどじゃないと思うけどね」



 トイレに行っていただけだ。



「次は、次はどうする? あっ、タオルって昨日換えたっけ」

「うん、換えた。昨日もあなたはおなじことを言ってた」

「そっか、……そうだったわね、じゃあお水を飲む?」

「水を飲む用のコップ。洗わなくっちゃいけない」

「なんで――って、そうね、……昨日もお酒を飲んだから……」

「最近、なんかおかしいな……」



 そんなことを言ってもどうしようもないのに、僕は言ってしまった。

 後頭部を、ぐしゃぐしゃにする。――最近やけにお酒を飲んでしまう。

 あれほど、アルコールは、……怖かったはずなのに。




 そうでもしないと夜を越えられる気がしないのだ。南美川さんと、この世界において、ふたりきりで過ごさなければいけない夜は。遊びや酒盛りが楽しかった時期なんてたった数日、一瞬で、そこからはずっと現実の気配が忍び寄って、華やかな雰囲気には綻びができはじめている。南美川さんにはそれは見えているのだろうか。わからない。でも、すくなくとも僕には見えている。わかっている。その綻びは、いつなんどき――僕の生活を、南美川さんの存在を、呑み込んだものかわからない。



 髪の毛をもういちど、ぐしゃ、とやった。



「南美川さんは、だいじょうぶなのか。あんなに酒を飲んで……」

「あ、わたし、そんなに弱くないから……」




 僕が弱い、ってことだろうか。

 ちょっと気にしたのが、顔に露骨に出てしまったのだろうか。……南美川さんは尻尾を振ってこっちを必死に見上げてきた。



「ね、じゃあまずお顔洗おう、それで歯磨きしよう、それでそのあとは、それで、それで……」




 言うのはあなたでも、やるのは、すべて僕だ。

 そんな残酷なことは、もちろんこのひとには言えないのに――なんでだろう。皮膚一枚だけ隔てた内心では、僕はそんな言葉を駄々をこねる子どものように、延々、延々、叫んでいる。――ここ数日。

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