お洋服、着てみる?

 取り繕わなくっちゃって、思った。

 いまの失言を、どうにかカバーできるような――。



 ……動画では、いまも、式が進行している。

 ほんとうであればいますぐ中断してしまったほうがいいとは思うけど、……それはそれで、この動画の存在がこの場において強く意識されそうで、嫌だ。

 ここに、あってほしくはない動画なのに――意識したくないからこそ、……消すことが、できない。

 ああ――相変わらずなんて、……情けなくて。


 花嫁以外の女性もおしゃれをしていた――もちろん花嫁よりも目立たないようにしているのだけど、……赤や青や黄色などの僕から見れば信号色に見えない色合い、ふわふわしたスイーツにしか見えないようなパステルカラー、そういったドレスは、たしかに、すべてが、……華やかだった。

 お祝いの日に、……晴れの日に、ふさわしい。



「……南美川さんも似合うと思うっていうのは、ほんとだよ……」



 僕はいつのまにか動画に視線を固定して、思いがけぬつぶやきみたいに響くような言いかたで、そう言った。

 ほんと。ほんとうだ。本音だ。――きっと、とてもきれいだ。



「……ねえ。南美川さん」



 ごくりと、唾を飲んだ。――再会してしばらくしてから思っていたことを、迷っていたことを、……この際だから、言ってしまう。

 南美川さんから、身体を離して――すぐ近くにある唇を引き結んだその顔を、僕も真正面から見据える。



「お洋服、――着てみる?」

「……え……?」


 南美川さんの口は、その言葉の通りに開かれた。


「なに、ゆってるの……あの、あのね、わたし、二度とお洋服は着れないの。――ヒューマン・アニマルに服を着せるのは倒錯的で、反倫理的だから」


 そう。種としての動物はオッケーなのに、……ヒューマン・アニマルは、着衣が許されていない。

 その風潮は、いまや社会の倫理的合意にもなっているけれど。なぜNecoは、……高柱猫は、着衣ということをそこまで封じたのか――。



 ……まあ、理由はね。

 あれほどまでにいじめ抜かれて、当然のように、……そういうたぐいの辱めも受けてきた僕になら、

 まあ――まったく見当がつかないということも、じつは、ないのだけれど。



「たしかに、……ヒューマン・アニマルであれ、ペットに服を着せるのは、倒錯的とされているけれど」

「そうよ、……そうよ、そんなことしたらあなたの社会的評判が――」

「まあでも、ほら。バレなければさ」

「……どうやって?」

「すくなくとも服を着たらお散歩はできないと思うけどね……ご近所の目がある」

「だから、シュン、あの、……どうやって、なの? お外に出なくても、家のなかのことでも観察と記録はされるわよね――」



「室内でのことだったら、監視はNecoの管轄なわけだし。Necoにしゃべりかけて、お願いして、多少、この部屋の家ネコに眠っといてもらえれば――」

「……あなた、それは、ハッキングなんじゃないの?」


 顔をしかめる南美川さんに、

 いや……と僕はなにか液体をこぼすかのように言った。……まあ、厳密に言えばそうなるかもしれないが、まあ……そこまで大層なことでも、ない。すくなくとも、……南美川さんの実家にご挨拶に行くときにいろいろやったことに比べれば、まったく。


 対NecoプログラムでNecoシステムそのものにお願いすれば。あくまでも家ネコくらいなら、倫理に合致するかたちで眠らせておくことができる。

 眠らせてというか、まあその……眠っていて、と僕がきちんとNeco言語で頼むのだ。礼儀と、敬意をもって。Necoは……ちょっとのあいだにゃんにゃんと眠っていてくれる、はずだ。



 南美川さんはふっと息をついた。呆れたのだろうか。でも、――たしかにちょっと笑っていた。



「シュンって意外と、悪者みたいなところもあるのね……必要なことならともかく、そんな自分の自己都合で、ハッキングまでするなんて……物語に出てくるような、テンプレーティの極悪ハッカーみたい」

「いや。その。だから。――でも、猫って話せば意外とわかるヤツだよ。それに、南美川さんにその、……お洋服を着てもらいたいことは、ぜんぜん、必要なことだろ」



 南美川さんは、またしてもひっそりと笑みを深めた。

 僕は思う。ただ、思う。――ああ、またしても僕はヘンなことを言ってしまった、と。

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