Necoとのやりとり(10)After the service
『……それだけかよ? 名前を呼ぶとか、呼ばせるとか』
『それだけのことが、どれだけ、……僕にとって大きなことなのか、人工知能のアンタには、やっぱり、……わからないのかな』
『ああ、ちょっといまいちね。――アンタにはね、不合理で不適切なエモーショナル・ノイズが多すぎますにゃん』
そうか。まあ、そうなるのか。
――ノイズ、か。
この、僕の気持ちは。
ただ、……この社会で自明であるような単純明快なロジックに沿っていないというだけで。
そうか、……ノイズか、ノイズなんだな、この社会では、猫社会では――。
『……だったら、もっとおまえのなかを掻き乱してやろうかNeco』
それは、ほとんど意地悪だった。
『僕はたしかに、南美川さんがそこから生き延びることによっての苦痛を承知して彼女を購入した。
もういちど、……僕のことを見てほしかった。認識してほしかった。そんな、……最低に気持ち悪い想いも、ほんとだったよ。
こっちももういちど呼びたいだなんて、それ以上に……気持ち悪いよな。
……でもさ、もう、そういうのはどうでもいいんだよ。というか、飽きるほどに呼び合ったし……』
『じゃあ、復讐は終わって、晴れて赦してやりましたってことかよ?』
『……そんなわけ、ない。ゆるせるわけ、ないだろう。……僕の人生を狂わせた相手だぞ。
忘れるもんか。痛みだって、絶望だって、……僕がどれだけ人間をやめたかったか、死にたかったってことだって。
生き恥と迷惑にまみれてさ、……最悪だったよ、僕だって、あんなん。
相手の立場が弱くなったからとか、
そんな簡単に、……ゆるせるなら、僕はとっくに南美川さんを犯しでもして殺しているよ』
『わけがわからんな。ロジック的には、真逆だけど?』
『猫論理的にはね。――いまは、僕の理屈を言っているんだよNeco。
ゆるせない。……ゆるしきれてはいないし、ゆるせないんだろうな、僕は一生。あのひとのことを。
……でも、あのひとはさ、……変わったから』
……犬にされて。
それなのに。
そこから、人間らしく成長をし続けた――だれにも認められない行き場のない絶望と同義の成長だった。
『いじめっ子だったときのまんまそのものではない。変わり続けているんだ。いまだって』
……ビコーズリィ、
……ゆえにだから、と僕は猫言語でつぶやいた。
『僕は、あのひとを、人間に戻す。……それが僕の復讐だと思いたいなら、猫は勝手にそう思ってりゃいいさ』
たしかに、その言葉が、……捉えようによってはあながちすべて間違いであるとも思わないのだし。
『あのさ。おまえさ、ほんとに人間社会でそんな弱い立場なの? どう考えても俺サマたちにはすんげえ物言いしてるけど』
『ああ。――僕はあいにく、人間相手だとうまく話せないのでね』
だから、……いじめられたんだしね。
『……おもしれえ、ヤツだよな。変な人間』
『そりゃどうも。社会そのものでもある人工知能さんにそう言っていただけるとは、光栄ですね』
『ふつう、人間っていうのは、もっと派手に復讐をしたがるモンなんだ。……俺たちは人工知能としてこの社会の人間どもを見てきて、やっぱり、それは統計的にも正しいことだと知っている。
それにそっちのほうがどう考えてもロジック的に合理的だろ? ――おまえだって、ほんとはさっき言ってたみたいにあの犬をブチ犯してブッ殺したって妥当なんだぜ』
『言葉が悪いね、クリーンな人間社会をつくった猫さんだとは思えない』
『だーってえー、私たちの言葉をおぉ、しゃべれるひとってー、社会全員ってわけじゃないんだもーん、にゃんにゃん』
まあ、そりゃそうだ。……だからNecoプログラマーっていうのがいるわけなんだし。
『……ホントに、あの犬に手出しするつもりがないんだな』
『ああ。あと、あのひとは、――人間だからさ』
『なんで、復讐を、……しないんだろう。私にも僕にも俺にもどうにも理解しがたいな。
弱者の復讐がうまく成り立つようにも社会をつくってやったのに――』
『だからさ。それは、アンタがそうだったってだけだろう。
僕を、いっしょにしないでほしい。……僕はそんな復讐を望まない』
じゃあどんな復讐だよと猫が笑って、……ブツリと、唐突に通信は途絶えた。
もういちど呼んでも反応がない。……思考モードに入ってしまったのかもしれない、あるいは、検討モードか。
まったくこの社会をつくり社会そのものでもある人工知能サマはたしかにその名の通り、猫のごとく気まぐれな一面も持ち合わせてらっしゃるみたいだ。
だから。
あとに残ったのは、静かな面談室だけだった――。
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