化ちゃん(2)高見

「……ん。姉さん」



 部屋に入ってきた化は扉を軽く閉めると、嬉しそうにしながらそう言った。


 嬉しそう――といっても化は、表情や態度をわかりやすく変えるわけではない。

 化にとってはふたごの姉である真は反対で、喜怒哀楽が見えやすいほうだ。幼いころの思い出と、ここに来てからの時間で、わたしはそのことをあらためて確認していた。真はあるときからわたしの前でおすましさんするようになっただけであって――本来的には、感情の起伏もその表現も、激しい子。



 けれども、化はわたしの記憶のなかでいつだって淡い微笑を浮かべて、そこにぬぼっと立っているだけだ。

 幼いころといまの違いといえば、その身長くらい。



 かつては化はわたしよりも真よりも背丈が小さくて、家族で出かけてもいちばんちんまりとした高さにいた。

 真と化が小学校を卒業したときにも、まだ真のほうがよっぽど大きかった。


 でも、中学に入ってそう経たないうちに、化は真もわたしもすらりと抜いた。……男の子だったって、ことなのだろう。男の子のほうが発育するタイミングは遅いけど、やっぱりそのときに急激に身体もおとなになっていく。

 だからそのあたりの時期からは、きょうだいで並ぶと、けっこうでこぼことした絵面になったことをよく覚えている。髪型もあいまって、化はスリムに育ちすぎたたけのこみたいだった。対して真は、三人のなかでいちばん小さくて、けどそのことを自覚した女の子らしいかわいさが充分にあった。

 わたしは、女子の平均的な身長だったから、ふたりの真ん中にいて所在なくピースサインとかしていた、だけだった。



 ……化は、かなり背が高くなったと思う。

 いつのまにか、狩理くんだって抜いていた。狩理くんだって、そう低いほうではないはずなのに。



 正直なところを言うと、伸びすぎたなって感じちゃったくらいだ――五歳も年下の弟の目線というのは、いつのまにかとっても上になってたわけだから。




 そして、いまは、なおさら、そんなの、……もちろん。





 大きく、大きく、――見えすぎて。





「……ふふ。姉さん。ただいま。ね。ねーえ。姉さん……姉さんはきょうも、かわいいねえ……かわいいねえ……」




 化は柵をかるがる乗り越えて、柵のなかにやってきた。

 わたしはとっさに振り返る、ねえ、シュン、――寝てるわよね。





 狩理くんとの、いまさらのような懺悔のしあいっこだって。

 真からぶつけられる、あまりにも手遅れの憎しみだって。


 もちろん、どちらもシュンに見られたくなんかなかった、なかった、――けど。





 ……どうしてだろうね、

 表面上はあくまでも優しい優しい顔をして、

 姉さんかわいいねって言って犬かわいがりしてくる化に、されてること、されてるところが――わたしはなぜかいま、いちばんシュンに見てほしくない。




 ……恥ずかしく、なっちゃうの。

 泣きたく、なっちゃうから。なんでだろうね。なんでだろうね。後悔よりも、暴力よりも――。




「姉さん。ぼくね。えへ。きょうも、がんばった。んだよ? えへへえ。姉さん、だっこ、……姉さん、もふもふ……」





 化はわたしをまたもかるがると持ち上げる。





「……ふふ。えへ。……かーわいい……」





 そして、……いつも通りに、わたしを持ち上げたままそこに顔をうずめた。




 かわいいかわいいって言い続けながら、




 まずは、……下のほうの金色の陰毛から……。次に、後ろ足をぱくぱくと。毛皮の部分から人間だったころの肌そのものの素肌まで、ざらつく舌で舐め上げてくる。なんかいも、なんかいも、筋をなぞるようにして。下半身をそうやって味わい尽くすと、弟は、だんだん上へとやってくる。陰毛をもういちど味わうようにしてから、おなかに顔やおでこや舌や耳をくっつけまくって、そのあとはけっこう、……激しい、胸の谷間になんどもなんども顔をこすりつけて、唾液をなすりつけて、首までくるとニヤッとする、えへへ、と笑うとわたしを強く抱きしめて、そのまま、動かなくなったりする――いまも、そう、なった。




「……はあ……姉さん……なんて……かわいい……」




 わたしはもうすでに涙が枯れそうなほど泣いている。

 いやだ、いやだ、いやなの。たしかに、後悔は苦いし暴力は痛い。




 けど、けど、化ちゃんのがいちばん、つらい、

 なんでだろう、なんでだろう、ああ、きっと、――犯されるってこんな気持ちなんでしょうね。





 ……そしてわたしはまたも自分を恥じるのだ。

 脱がせて、命令して、行為させて、辱めて、そういうのをそんなのを繰り返して繰り返して、……犯しさえしなかったけど、

 でも、きっとそういう行為を生涯怖いと感じるようになってもおかしくないというほどには、






 わたしは、シュンに性的ないじめをしたの。






「……姉さん、かわいいね、もふっ……もふもふだね、姉さん、ふふふう、……もーふもふーだねー……」





 ……歌う化はきっと無邪気なんだから怖い、

 ……終わって、こんな時間早く、終わって、やだ、いやだ、……シュンに包まれるようにだっこされたい、そのなかで、もうきょうだって眠ってしまいたいのに――。





「姉さん。ぼくね、きょうもね、がんばってね。つかれ、ちゃった」





 ――甘える声に全身がビリリとした、





「……それにねえ、もうねえ、うふふ。……我慢、できないかも、……えへ」





 ――なに、が? まさ、か、そんな、待って、待ってよ、――そんな、




 まさかそんな、そんなことはない、よね、……ね、よねっ、

 我慢、我慢って化ちゃんまさかあなたはわたしの弟なのよ、そしてわたしはいまはこうなっちゃっていても、あなたの、お姉ちゃんなのよ、だからだからね、――ねえっ、



 逃げようとした、わたし、


 でも、無理だったの、

 化はわたしを床に下ろして背中をそのあまりにも強すぎる力で押しつけて、身動きをとれなくした。

 カーペットの毛羽立ちしかわたしの視界は見えないけれど、わかる、――わかるよ、






 カチャカチャという音。

 ベルト――外してる、音!

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