おはなししましょ(2)ぴりぴりするけど、

 ……まるで教室のひだまりでいつもばかげた雑談していたみたいにね、



「……きょうだいは、いるの?」

「……いちおう」

「いちおうってなによ。いるなら、いるんじゃない」

「そうです、けど。えっと。……そうなん、ですけど」

「いいわよ、シュン、……責めてるわけじゃないもの。ね。それで……きょうだいって、……いるには、いるんでしょう?」

「……知ってるんなら、そんなの……」

「いるってことは、知ってる。……けどどんなひとたちだったかなんて、知らない」


 そう、そうよ、――あなたの服を剥いだあまりにもひどい格好の写真を、家族に言ったりしたら家族に送ってやるぞなんて、そうやって醜く笑ってからかうかのようにたしかに脅していたの、

 そのひとたちが、じっさい、ほんとは、……どういうひとなのかもみじんも知らずに、


 ……再会してからもシュンは家族のひとたちについて多くを語らなかった、

 ただ、……ほとんど鳴らないそのスマホがほんとうにときどき鳴るたびに、『ああ、母さんだ』とか言うくらいで、ほとんどはお母さんからだったようだけど、いちどだけ、スマホをおっくうそうに覗いたときにその呼び名が変わって『……姉ちゃんかよ』って言ってたときは、そのときの得体の知れないシュンの閉じ込めた苛立ちみたいなものが伝わってきて、ちょっと、……びっくりした、あと、……お姉さんのことそうやって姉ちゃんって呼ぶんだ、って、


 仲が悪いとかじゃなさそうなんだけど、なんか、……家族についてはあんまり多くを語らなかったの。わたしがいっしょにいたのはたぶん人間の時間で言って一ヶ月しないくらいで、でも、そのなかにあったお休みの日、シュンは、……いちども実家に戻ったりとかが、なかったの……。

 わたしだったら、わたしだったらもしあのあと人犬にされないで就職をしていたとしてもきっと実家に残っていたし、かりに家を出て暮らすことになっても、実家には頻繁に訪れただろうって、思うもの――そしてそれは、一部のひとを除いて国立学府でもそういうひとたちばっかりだったし――って、


 ああ、……そうよね、わたし。きっと、……こういう発想がわたしはずっと、いけなかった。

 シュンだって、家族と仲が悪く、はないけれど、……けどもだからといって、かならずしも仲がよい、とはならないのだわ。


「……きょうだいが、あなたにも、……いて、」


 ……だから、そういうこと、気をつけてしゃべろうわたし。

 ああ。人間のときにこういうこと、気づけていたらって、思うけど――手遅れよね、……あはは。


「わたしにも、妹と弟が、いるのよ。って。……さっき、来たの覚えてる?」

「なんと、なく。ですけど……なんか、だめなんです、……ぼんやりしちゃって……」

「うん、お熱だから、……しかたないわ。いいのよ……それでね。わたしの妹と弟っていうのが、さっきちょっと見たらわかるかもしれないけど、……意地悪なのよ。とても。わたしの前ではずうっと、いい妹です弟ですーって感じだったのに、ほんとはね、……きょうだい間の確執ってものが、あったのだわ。……あなたは?」

「え? 僕?」

 わたしのひとり語りかなにかだと思っていたのだろう、シュンは不意打ちをされた顔をした。わたしはその隙を見逃さず、ぽすん、と両方の前足を揃えて甘えるようにシュンの胸もとに差し出した。

「そう。あなたのはなしを、……わたしはしたいの」

「……きょう、だい……。え。でも。僕のきょうだいのはなしなんか、なにも……おもしろく、ないですけど、……笑いどころもないし……」

「いいのよ。……笑うために、しゃべるのではないもの。……ね?」

 わたしがふさふさの前足をかりかりして、シュンの胸もとの制服のネクタイを揺らしたからか、シュンは、……ほんのちょこっとだけなにかを信じてくれたような目を、して。おそるおそるでも口を開いてくれる――


「僕、には。……姉と、妹が、いて。

 姉は……ふたつ、上。妹は、みっつ、下……。

 ええと……つまり、その。……いま、僕は、高校二年、ですけど、

 姉は、大学一年で……妹は、中学二年で……」

「あ。ってことは、あなたが高校一年生のときには、お姉さんは高校三年生で、妹さんは中学一年生……」

「そういう、こと、……ですね」

 ふうん。なんか、おもしろい歳の差だ――それだと、毎年毎年入学式とか卒業式とか、学校行事も、忙しなかっただろう……賑やか、そうで。

 けどすぐにわたしは思い直す、賑やかでもなんでも、このひとは、――家族に心を開いていない、すくなくとも開ききってはいないという、事実のほうを。


 わたしは慎重に慎重にと思いながらぺたりと肉球をその胸もとに置いて、お顔を、見上げる、


「……どういう、ひとなの? お姉さんと、妹さん、って」

「どういう……難しいですね。……どういう……」

「じゃあ、うん、そうね、……名前、は? あなたは、シュン……はるって漢字で書くのよね、あなたがそれでまんなかっ子なら……お姉さんと、妹さんは?」

「……名前、」



 シュンはふいに大きく深く息を吸った、



「……姉は、そら来栖空くるすそら……です。

 それで、妹は、うみ……来栖海くるすうみ……です。

 あの。……おもしろい、ですか、こんなの、つまらなく、ないですか、……姉と妹の名前なんて……」

「いいのよ。……だって、わたしが訊いたんじゃない。それに……」



 おもしろいかおもしろくないかで言ったら、……もちろん高校当時のいじめの意味とはまったく、違うけど、――おもしろい。



 思えばこのひとがだれかのことを語ることなんて、高校時代にはなかったのだ。中学までの友達とかも、……いなかった、ようなのだし。そしていまこのひとの心は高校二年生。そのときのシュンでも家族という、かかわっていたひとは、いた、……じっさいにいるわけで、そういうかかわっているひとのことをともかくシュンが語るのは――ぴりぴりするほど、新鮮だった。


 ぴりぴり。どこがだろう。……そういえばこのひとが会社の上司だっていうきれいそうな女のひとのこと、話すとき、わたし――ぴりぴり、……ぴりぴりしていたのね、


 よくよく自分の感覚をたしかめてみれば、わたしの肉球と脚のつなぎめのあたりの金色の毛皮、ちょっとだけ、……ぴりぴり、してるの、

 ああ、でもきっとそうね、それ以上に、――わたしが感じていたものは。



 ……嫉妬、というとすこし強すぎて、かといって諦めでもない。

 ずっと、再会するまで、……自分のおもちゃだと思いこんでいたひと、が、


 ほんとうは人間で、人間どうしとしてかかわっている人間がいたという、

 ……ただそれだけのことがわたしの毛皮もこころもこんなにもひりつかせるのだ。

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