エサの時間(2)ねえ、どんな気持ち?

 二階から一階の階段でグイグイ引っ張ってこられると、真はわざとらしく立ち止まり、もったいぶった顔をすると、リビングに続く白黒タイルの扉をこれまたわざとらしくもったいぶって、細く、開けた。

 ……わたしが、犬のこの目線からでもなかの様子がうかがえるように。なかにいるひとたちが、まるで理想的なドラマのワンシーンのように、朝の食卓を和気あいあいと囲んでいるみたいにしてるのが――ちゃんと、把握できるように……。


「ほらああ、幸奈ちゃんを飼ってくれる、新しい飼い主の家族でちゅよう。ふふ、なによその顔、あははっ、わんこなのに人間みたいい、おもしろいー、……懐かしい、かな? ふくくっ、だとしたらあ、――それは後遺症ってモンだけどおお?」


 ほんらいならばもうにどと来ることもなかったであろう実家に来て、……望んでもいない再会をして、わかっていたけど、真って、やっぱり、……すごく、意地悪……。わたしは、妹は、多少心を許していないようなところがあったとしても――なんだかんだでほんとはいい子なんだって、ずっと、……調教施設での冷たすぎて寒すぎるあの日々でも、自分自身のなにかを納得させるかのように、そうやって、そうやって、真ちゃんはなんだかんだでいい子だったのよって納得しようと――していたのに……。

 ううん、そんなの、姉だったわたしが言えることじゃないのかも――しれないけれど。



 リビングには、……懐かしいモノクロトーンのこのリビングには、みんながいた。

 そう、みんなだ……パパにママに、真に化、そして狩理くんも。狩理くんはたしかに毎朝律儀に家に来た、それも平日の日――だけだったのだけれど。

 わたしは、ずっとそんなに気にしていなかった……狩理くんが平日の朝には眠たい目をこすってうちにいるのに、休日は、いないってこと、そうだよ狩理くんはずっとそんな思いをしてたんだって――いまなら、こんなに容易にそんなことくらい、わかる、わかるのに、どうしてわたしはずっと――気がつかなかったの、だろう。



 ただしもちろん――わたしの目線も、立場も、状況も、ありとあらゆるものが、ぜんぜん、……違うわけで。

 わたしがあのころの、南美川幸奈と地続きのこころをもっているという、だけで、それ以外はなにもかもがね――



 ……圧倒的に、見上げているのよ。こちらが……。




「……ね、どんな気分?」

 わたしのリードを手にしてはるか高みにいる真が――まるで愛しい恋人にささやきかけるみたいな声で、そう言った。

「……ねえ、ねえねえ」

 こんどは、しゃがみ込んでくる。わざと、目線を合わせて、ああ、――優しかったころの、ううんわたしが優しいと思いこんでいたあのときの、妹の、ごとく……。

「どんな、気分なの?」

 また、おんなじ意味を繰り返して、

 すぐそこに顔があって、息が、鼻先で感じられるほどで、



「ねえ、ねええ。ねえ、ねえ、ねえ。

 かつて自分を生み育てた家族の、人間としてのふっつうううの日常に、これから、犬として、ペットの犬として、――混ざっていくのはどんな気持ち?

 ねえ、ねえ、ねえってばあ、くふふ、――ねえどんな気持ちか教えてよっ!」

「……わ、う、ううう、や、やあ、うう……」


 真はわたしをがくがく揺さぶる。

 わたしはわなわな震えてやっぱり、ああ、またなのね、……泣きはじめて、しまって、いて……。やだ、やだ、もうやだやだ、いつまで、続くの、ううん、まだきっと、はじまった、――ばかりなの。



 ガンガンするほど揺さぶられる、



「ねえ! どんな気持ち! 言えよ、バカねえ!」




 ……ガチャ。

 扉が、開いた。



 化が、相変わらずののっぺりした当たり障りない笑顔で、こちらを、見下ろして、いる。




「……真ちゃん。早く、入れてあげよう。……姉さんだっておなかがすいているはずだ」

「……もおお。なによ、化。コイツのことばっかり……」



 ……そして、わたしは、

 バンと突き飛ばすかのように扉を開けた真のあとに、ついていかなくちゃならなくなる、リビングは、光をたくさん取り入れるようになってるから、ああ、光、朝の光、――こんなときでもまぶしいの。


 こんななかに、犬の身体で、はいってゆかなくちゃ、ならないのよ……。

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