ワンス・アポン・ア・タイム(3)「狂うからだよね、ひとりだったら」

 ……ぼくたちは、デザインキッズのふたごのぼくたちは、だから、ちっちゃいころから優秀で、

「勉強なんか化にかなう子だれもいなくて、」

 真ちゃんはぼくとだいたいおんなじだったでしょう。

「そんなことない。あたしと化をいっしょにしないで、化のほうがよっぽどすごいんだから。

 だって、だってね、ねええ聴いてよ、――あたしが代数幾何学に取り組みはじめることが多少なりともできたのは五歳のときだけど、化は二歳のときだった。小学生のときあたしがいろいろあってサンスクリット語に興味をもって、化といっしょに勉強しはじめたけど、あたしがサンスクリット語の基礎的な文法体系を掴むのに一か月かかったのに、化は初日にウパニシャッドを原文で読みはじめてた」

 おんなじようなものだよ、それは。真ちゃん。

「ぜんぜんおんなじじゃなああい!」

 ああ、うん、わかってる、……わかってるから、いまは、そんなにじたばたしないで真ちゃん。……お客さまの前。でしょ。


 それにね――やっぱり、ぼくと真ちゃんは、おなじようなものなんだよ。

 もちろんぼくには違いがわかる。……真ちゃんとの違いは、わかる。

 けどね真ちゃんいつもぼくも言ってるでしょう、



「一般人からすればあたしも化もただのバケモノ。でしょ?

 いつも化がゆってるからそんなのすぐに出てくるよ。……はー、でもさあだってさあ、バケモノなんてさあ、化のほうじゃない、名前、見てても、そんなのわかるじゃあああん……化は、バケモノの化でもあるのにっ」

 それがね。一般人にはね。わからないんだよ。真ちゃん。――ナチュラルなままのケモノといっしょの出自のひとたちには、ね。……ね。

「はああああー、もおおうー、一般人、やだー」

 だからそんなにじたばたしないで真ちゃん。お客さんの前なんだよ……。



 ……ああ。来栖さん。すみま、せん、……あなたたちに話しているのに、ついつい内輪で、すみませんね。

 ええ、っと。だから、その。……なんて言えばいいかな。


 ……来栖さんは、勉強、いわゆる勉強ですよね、学校で日課として課せられる学習経験の、とくにそのフィードバック的体験のことですけど、

 ええと、……成績、か。成績、といえば、いいの、かな。

 成績――は、あんまりよくなかった。……わけですよね。あ。あの。いちおう、念のために、エモーショナルな面を害さない、よう、なるべく、フォロー的なこと、言いますけど、ぼく、それは、ぼくは、ひととおりの事情を聴いているからそうわかる、だけで、……来栖さんをぱっと見て成績を言ったわけじゃ、ありませんよ。

「化えええ、このひとにはそこまでの厳密さなくていいよおおお。それよりわかりやすさ優先してあげなきゃ。……そこまで説明したってこれたぶん理解してくれてないってー。ねええ?」

 あ。……そうですか。



 じゃあかなりシンプルに話しましょう、

 ぼくと、ふたごのお姉ちゃんは、学校教育の勉強だってそうとう、できた。

 相対上位者、だった、



 でもそれだってトートロジー的でしかないんです、

「そうなのそれもトートロジー的でしかないの、」

 ぼくたちは優秀に、とんでもなく優秀になるように、かつすさまじいスピードで成長するように、

「とりわけ頭脳は天才児になるようにねえ、」

 そうやってつくられた、――デザインされたわけだから、

「勉強できるようにされたから勉強できるようになった、ってゆってるようなもんなの、」

 デザインされたから、

「デザインされたから、」

 ぼくは、

「あたしは、」

 ぼくたちは、「こうなったの、」


 つまり、……ですね、

 同年代のナチュラルキッズではまずありえない知的水準をほこる子どもに、なった。……んです。

 そして、そしてこれは検証中でしかないけど、たぶん、たぶんそろそろほとんど結論が、出ている――



「国立学府で試行錯誤の実験繰り返してわかったけど、……成長スピードの問題だけではない。

 多くの人間は――生涯、あたしたちの知的水準に達することが、できないの。

 ねええ。ねえ。……きっとほんとに、そうなのよ。ほとんどの人間は、……あたしたちの十代前半くらいの知的水準で、そこが、天井、頭打ちなんだ……」




 ……うん。それにぼくたちたくさん言われてきましたよ、

 うらやましいとか、「デザインで生まれたなんてうらやましいとか、」

 いままでどこでもさんざん言われてきたけど、「けど、」

 ぼくたちはずっと、ねえ、ナチュラルなひとたちが、

「うらやましかったよ、」

 そうだよね真ちゃん。「うん、化、間違いないねえ、それだけはねええ」


 ナチュラルなひとが、うらやまし、かった。

 ぼくたちは、……ずっと、さみしかったんです。

 そうなんです。さみしかったんです。いえ。さみしいんです。ほんとは、いつも。

 ……ぼくたちはなんだってこんな頭をもってこんな世界に放り込まれたんでしょうか。

 なにかの、間違い、手違いなんじゃないでしょうか。

「あたしたちの居場所はここじゃなくって、世界の、地球の、ううんなんならいっそ宇宙の、そのもっとそとなんじゃないかなあ。――だってあまりにもふさわしくないんだもん」



 お互いが、お互いしかいなくて。

 ……どっちかがどうにかなったらそれだけで、世界でひとりぼっちに、なるんです。

 いるとしたって、仲間も、……だって、同年代は、世界に一パーセント以下だって、言われているし。

 それに、……ぼくたちはたしかに、ナチュラルキッズとは対等につきあえないと感じるけど、

 かといってデザインキッズどうしだからかならずなかよく、なれる、わけじゃ、ないんです――必要条件、十分条件、そういう、そういうこと、……です。



 世界でふたりきりたった暗黒の海に放り出されて、

「いつも小さないかだで身を寄せ合ってるかのようで」



 ……お父さんとお母さんは、たぶん、わかってたんだと、思うんです。

 なぜ、とてもお金のかかる、デザインキッズ、ふたりもつくった、のか。だろうか。それも、同時に……それは、いくらお父さんとお母さんが、お金があったとしたって、……そうとう大変なはずなんです、家、もう一軒くらい、は、首都中央部に建っちゃうんじゃないかな……。

 だからデザインキッズをふたりだなんて狂気の沙汰だと思われたはずです。「じっさい正気じゃなかったんでしょうねええ」


 それなのに、ぼくたちがこうやって、デザインキッズのふたごとか、いう、「世にも珍しいふたごであるかっていうこと」、

 そのことを尋ねると、ふたりとも、笑っ、て、賑やかなのがよかったとか言ってたけど、「ほんとはね、」



 ――デザインキッズが少ないなかでデザインキッズがぽつんといたら、孤独になって、耐え切れず、すぐに発狂する。そのことが、わかってたからじゃないかって、思うんです……。

「じっさい、そうみたいだったよおお。――あの時代のデザインキッズの多くは十代のうちに自分で死ぬことを選んじゃったみたい。デザインキッズは若いころから能力高くて行動制限もほとんどかからないから、だから成年者の監視下におかれない範囲が広くって、ねええ、――だから自殺だって完遂できちゃったひとがほとんどなんだって。……あははあー」



 じっさいそれほど、つらかった。

「天才天才いうけど、あたしたちはただ孤独だっただけ」

 よりどころも、

「話し相手も、」

 お互いが――お互いしか、いなくて……。



 まわりがすべて話の通じない人間未満にしか見えなくってそんななかでふたりで頭を抱え続けた、ぼくたちを、

 ……ぼくたち以外に、だれがわかってくれるのでしょうか。



 ぼくたちがふたごである理由は、だからほんとは簡単なんです。「……狂うからだよね」、

 ひとりだったら。――そう。

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