ワンス・アポン・ア・タイム(2)「理解者が、互いしかいなくて」

 真ちゃんとね、

「化はねえ、」



 ……デザインキッズ、なんですよ。いま、流行りの、ね。来栖さんも、……そっか、社会人なんですもんね、知ってますよね。

 そう。それです……おっしゃる通りです。……でもぼくたちは、デザインキッズとしては、ほんとうに、早いです。……今年二十歳になるぼくたちの年代では、デザインキッズは、まだ小数点パーセントレベル、なんですよ――つまり、ですね、一パーセントも、いないんです。……希少、ですよ。ぼくたちは、

「あたしたちは、ねええ」

 うん。そうなん、です。生まれる前から、遺伝子情報をいじって、それこそ、加工して……。


 加工と、いえば、

 上の姉さんは、……人間として、ナチュラルに、産まれたあとで、……けっきょく加工を、された。そういうこととも、言えると思いますが、

 ぼくたちは……ちがいます。



 産まれる前にすでにいっかい加工をとっくに、されてるんです。



 ……ね。来栖さん。知ってますか? オープンネットのニュースではなんとなあくでぼかされちゃってる、耳より情報、……教えてあげます。

 デザインキッズって、……まあ、流行りはじめたの、ほんと、ここ数年だけど、

 それは社会のみなさんがデザインキッズのメリットに明確に気づきはじめたから――それって、なに。か。わかります?



「……わかるわけないよお、このひとには、ねえ化。でしょおお?

 だからあたしが教えてあげるよ――いっくら細胞いじりでローコストったって、人間をモノや動物に加工するには、まあまあコストもかかるわけ。

 そのコストっていうのはねえ、もちろん費用とか手間のことも指すよお、でも――それ以上に、心のコストってねええ、言い方するの、とくにあたしのやってるような社会学だと、そう言うよ、……心のコストは従来は見逃されてきたの。

 心のコストは、とてもだいじよ。……とくに社会全体の幸福度を上げるためにはぜったいに欠かせない要素。そんなたいせつな概念が従来見逃されてきただなんて――あたし、いまだに、信じられない、社会は……どんだけ遅れてたんだろうって思うけど。


 でも、ねええ、だってそうだよねえ? ちょっと考えてみたらあなたのちょおおっと、ううん、どころか、かなああり足りない頭でも、わかると思うから、ねええ、考えてみて?

 それこそさ、……姉さんだって、そうだったわけだけど、

 あとはほら狩理くんの生物学上の親とかもその部類なわけだけど?


 ……生まれてきた人間にはねええ、ソイツがいっかにクズくて、いっかにダメダメで、

 っていうか人間基準に満たない――人間未満だとしてもねえ、

 ……やっぱり、情とか沸いちゃうわけ。場合によっちゃそれを愛とかと勘違いしちゃうワケよ。


 で、がんばって、相手する。子どもだったら、育ててみるでしょおお?

 いくらクズでも、ダメダメでも。

 この子は、このひとは、人間なんだって自分自身を洗脳していくわけだよね――



 ……その結果。何年も、十何年も、ううん、なんじゅうねんもかけて、さ。

 わかった事実が、残ったことが、

 ――やっぱりコイツは人間じゃなかった。って。それだけってことが、旧時代だけじゃないよ、……いまだに不幸な事故として起こってるわけ。じゃない?



 ……そのときじゃあはじめて負債として処分しようったって、

 情がさ。沸いてるワケよ。しかもそんときなんか、たいがあああいの人間、……それを愛、だと勘違いしてるからね。



 ……人間じゃ、ないのに。人間未満なのに。

 ただ、ただヒトに生まれただけで、――新時代の人間基準に満たないのにさあ。

 それだけで自分を人間だと思い込んででっぷり、そこに居座っているただの生物をさあ――



 ……それでも人間、人間、って。

 それ。……それさああ。

 心の、コストでしょお。



 人間がね。

 人間未満に。

 わずらわされてちゃ、いけないの。



 社会がもおっと幸福度あがって幸福になるためには、

 心のコストを、もっと、低くしなくちゃいけないの――ね。ねええ。これで――わかった?」



 ……うん。真ちゃん、説明ありがとう、真ちゃんの、言う通りだよ、真ちゃんはさすがに、専門の社会学で、いつもそういう立場で、しゃべってくれるね、ぼくは、計算はできても、そのあたりの心のコスト論とか、ふくめて、弱い、から。いつも。たすかってますよ、……おねえちゃん。



「えへええ、はいはいい、どういたしましてだよおお」



 ……うん。へへ。

 ……それで、なんですけど。



 だから、つまりですね、……デザインキッズはたしかに、注文するときには、現状おかしい額が、かかり、ますね、……莫大な費用、いるんです。

 でも、トータルで見たら――従来の意味でも、新時代の心のコスト論からしても、とんでもなく合理的なリスクヘッジで……もちろん、それだけじゃない、デザインすることによってもたらされるリターンというのは、ナチュラルに比べて、はかりしれないほどの数字になっていて……だからトータルで見るとぜんぜん、コスト、かからないんですよ。



 ……そう。そうです、よ。わかりました。か?




 ――デザインキッズは必然的に人間未満加工処分になる可能性がかぎりなくゼロに近づいていくでしょう?

「そういうふうに、設計されるんだからねええ。ほとんどトートロジー理論のようなもんよっ」



 そう。だからぼくたちは、

「あたしたちは、」

 合理的だった。

「合理的だった」



 けど――ぼくたち自身は、……苦しみました、正直なところを、言うと。

 こんなに優秀な人間となれる存在としてデザインしてくれてクリエイトしてくれてありがとうお父さんお母さんって、思った、思ったんですけど、

「もちろんあたしだってお父さんとお母さんにはサイコーに感謝と尊敬、してるんだけどお、」



 ぼくにとっては、真ちゃんしか。

「あたしにとっては、化だけしか」



 はなしが、対等に通じる相手が、いなかった――すくなくとも高校卒業までは、ずっとそう思ってきた、

「国立学府は多少ましよね」

 うん。でも、そうだけど、

「それでもましってレベルなのよね。ねえ。あたしたち自身は――どんだけ、心のコストかけてきたんだろう。……こんなにくだらない劣等者ばかりの集団のなかにふたりっきりでうまれついちゃってさ。理解者が、」



 理解者が、互いしかいなくて。

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