その映像(2)犯罪者の息子

 こんなときになってはじめて僕は、そうだ、と思い出す。

 そうだ、そうだよ、そういえば杉田先輩だって言っていたじゃないか。僕が南美川さんを迎えた翌日に、先走って慌てて、通常禁止とされているエモーショナルコマンドを行使してしまって、かばってもらったあのときに――目だけが笑っていないあのお説教タイムのときに。



『いまどき犯罪者なんざ死ぬよりツライ目に遭うって、知ってんだろ、そのくらいのこと』



 あのときは曖昧に流してしまったけど、つまり、僕は――知らなかったということなのかも、しれない。知識としては知っていた。一定以上の犯罪者は人間未満基準法に引っかかる、って。雰囲気も、身内の犯罪で生活が一気に崩れたニュースの記事とかを読んでいれば、なんとなくは知っていた。

 でも……実感としては知らなかったのだ、僕は、やっぱり。僕の家族や親戚は、上位者ばかりというわけではなかったにしろ、犯罪者はひとりもいなかった。すくなくとも、僕や姉や妹になにも影響が及ばない程度には、僕の家族の親戚はなにごとも事件を起こしてはいなかった。

 いままでは考えてみたこともなかった。でもたしかに、身内や親戚関係にある人間が故意に犯罪をしたらと思うとぞっとはする。社会評価ポイントがごっそりもっていかれるからだ――僕だって引きこもりの二年間で、自慢じゃないけどこの年齢にしてはわりとでかめの社会評価ポイントの負債をつくっている。でも、でも、犯罪というのはその比ではないということは、さすがに社会常識として知っている。それが本人のものではなく、身内のものだったとしても。

 そもそも僕が家畜のエサになって楽に死にたいと言ったのだって――自殺を選んで、家族の社会評価ポイントを落としたくなかったからだ。僕は家族と打ち解けなかったけど、かといって恨みもなかった。家族といるといつも緊張したけれど、でも感謝はしている。こんな僕をずっと育ててくれて、……そのあとは社会からかばってさえくれたのだから。

 その気持ちは高校生のあのときにはすでに確立していた。僕なんかが自殺なんかして落ちぶれていく家族を想像するのは嫌だった。だから死ぬにしても、合法的な手段と手続きで死のうと思っていた。……結果的にあそこまで母さんに怒られたわけだけど。

 自殺と他殺というのは、もちろん、エモーショナルなレベルではまったく異なるできごとなのかもしれない……とくに人文系の学者は、自殺と他殺をひとしく殺人と扱う現行の法律に反対してる、っていうのを僕もよくオープンネットの記事で見かける。

 けど、それはそれで、いまは自殺も殺人罪になりうる。――そしてその結果、家族に影響する負債は、はかり知れない。


 ましてや――性犯罪のうえに殺人犯罪だなんて、……それはほんとうにいくらなんでも、ヤバすぎる。峰岸くんの父親はその場で死んだらしいからもう裁きようがないけど、そのレベルだともし生きていれば――見せしめとしてパフォーマンス罰までも取り込まれる可能性がある。パフォーマンス罰なんて……ほんとうに世間感情からも恨まれているくらいの悪しき有名人じゃないとなされないはずだけど、そのレベルの重犯罪だったら、あきらかにその要件を満たすだろう。

 殺人犯罪に、性犯罪。しかも最期は自殺で締めくくって。子どもひとり残して。無責任にも――ほどがある。

 もちろん、殺人犯罪にも倫理はとても厳しい。殺人犯罪についてはそれこそ古代からずっと議論されてきて、そういった流れがやっと集大成化された――ということらしかった。

 旧時代と比べてより進歩したと言われているのは、性犯罪だ。旧時代と比べて社会の倫理は、性犯罪者に非常に厳しい。

 それはいまの倫理のベースとなっている高柱猫が、ありとあらゆる犯罪のなかでも性犯罪をことさら嫌い、徹底的に法律を整備したから、とも言われている。多分に彼の価値観のバイアスもあるだろう、と……そういう記事もオープンネットでよく、見かける。

 けど、背景が個人のバイアスであれなんであれ――性犯罪というのは、……かなりなくなってきている、平等ジェンダー感覚が浸透してきたからっていうのもそうらしいんだけど、性犯罪は、つまり、言ってしまえば、……当たり前に重罪だ。


 性犯罪、かつ、殺人犯罪。しかも最後は「気持ちいいまま」勝手に死んでいったという。

 遠縁でさえもふっと目の前が真っ暗になるだろう。

 ましてや家族……そしてその子どもだってただでは済まないのはわかる――というか、たいていはその遺伝子を継いでいる子どもはまず、そのまま人間未満ルートに確定だろう。

 資源と、……資源となるのだ。動物であれ、モノであれ、労働エネルギーであれ、あるいは畜肉としてであれ……。



 そして峰岸狩理はそんな重犯罪者の息子だという。そんなふうには――まったく見えなかったのに。あのころにも……。



 きょう南美川家に来てから、わけもわからずなされた僕へのご丁寧な歓迎のかずかずは、もしかして――犯罪者が、人間基準未満法に引っかかること、……そしてどうも峰岸狩理の父親が犯罪者であった、ということに――深い関係があるのか?



 ……峰岸狩理はいまも煙草をふかしている。

 銀縁眼鏡の似合うその横顔は、陰っているけども激しくもなく、……静かだ。

 煙草は、……上位層の特権。僕は、吸いたくとも――もちろん、吸えない立場だ。


 映像では幼いころのこの男が、宴会場の机のうえで辱しめを受けて泣いている。

 性犯罪者の子どもなどというそんな環境から、煙草を吸う資格があるとかいうそんなところまで、……のぼりつめたという事実。


 彼がふかす煙草の先端の赤い炎の見え方が、すこしずつ、すこしずつ、南美川家に来てから変わってきている……。

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