第四章 高校の同級生は、すこしずつ、いろんなものを取り戻していきます。けれども、やはりそれではなにかが足りないと思った僕は――
その住所のやばさ
冬樹一家の家に一泊二日でお邪魔してから、三日が経った。
水曜日。仕事終わり。
仕事は滞りないけど、
僕はまだ、その住所に行く計画を立てられずにいる。
冬樹刹那さんが別れ際に耳もとで囁いてくれた、その住所。聞き取れたし、完璧に暗記している。
月曜日。……オープンネットではヒットせず、Neco権限を行使しても駄目だった。
自分ではどうしようもなさそうだったから――火曜日の昼休みに躊躇しながらも、橘さんに相談してみた。そうしたら快く、橘さんがソーシャル・プロフェッサーとしての権限を行使して調べてくれるとのことだった。
そしてきょう、水曜日――チームの三人で昼食をとっているとき、橘さんはシリアスな表情で切り出した。
首都のど真ん中の、ピンポイントな住所にある、その施設。
――
高柱研究所。
そう言ったときにはもちろん、ヒューマン・アニマル制度の提唱者でありNecoシステムの生みの親の、高柱猫を直線的に受け継ぐ研究所。彼の子孫や弟子や思想の継承者がうごめくおそろしい研究所。一般人はとてもかかわれず、完全なる部外者は国立学府から年にふたりか三人引き抜かれれば多いほうだという。
エリートというよりはもはや、国の公的機関であり、執行機関でもある。研究をおこなうだけではなく、実行権限ももっている。研究だけにとどまらない――組織だ。
有名すぎるほど、有名な。
けれどもそんな高柱研究所に、第二、があるとは――世間でも知られざる事実だと、橘さんも緊張した雰囲気で、そう言った。
住所はほんとうにピンポイント。……首都の繁華街の旧ビル街の、振興地下街の一角だ、ということだった。
番号は連番だったが、それでもつまり振興地下街のワンルームをふたつ所有しているという意味にすぎない。……高柱研究所のあのでかすぎる規模に比べてしまうと、その事実はもはや不自然に感じられる。橘さんはそうも言っていた。
その説明だけで、昼休みの前半は刻々と過ぎていった――賑やかな食堂で、このテーブルだけ雰囲気が違った。
顔をしかめたのは、橘さんよりもむしろ、杉田先輩だった。ふだんあんなにもヘラヘラと軽率そうなひとが――言葉も動作も重たく、いつものひょうきんさを剥がして、難しい顔をしていた。……この表情だとかえって髭が自然な感じだ。僕は、なぜか、そんな関係ないことを思ってしまっていたのだった。
「……気をつけろ。あくまでこりゃ俺の長年のカンだが、やべえ臭いがする。……クセえぞ。俺はそのあたりもプライベートタイムに頻繁に訪れるが――」
杉田先輩は、言葉を選んでいるようだった……このへらへらしたひとも、言葉を、選んだりするんだな、って……。
「――ありゃ、まともな機関の存在するような場所じゃねえ。ましてや高柱のお役所研究所があるたあ、思えねえ。クリーンじゃねえんだ。そういう場所だ。来栖はそういう場所は知らないだろう、や、おまえじゃ想像もできないような場所だよ。おい、とりあえずそこには行くんじゃねえぞ。俺もちょっと……心当たり、当たる。……急いでいるのはわかるがな。ちょっと俺にやらせろ。すくなくとも来栖よりはぜんぜん、地の利があるし、顔も利くんだ。こういうときくらい、先輩にオイシイとこゆずれよ――なっ?」
杉田先輩は最後だけやたら明るい声で言って、がばっ、とわざとらしく僕の肩を抱いてきた。
前は怖かったこのボディタッチも、気遣いなんだって僕はすこしはわかってきたから――同性であってもコミュニケーションとしてでも、相変わらず、ひとにさわられるのは、怖い、嫌だけど、……僕は小さく笑顔をつくって、わかりました、と返事をした。
橘さんも、そうしたほうがいいと言っていた。……ちょっと慎重になったほうがいい、と。
どのくらいかかるかはわからないけど、とりあえず一週間は時間を見とけ、との杉田先輩のお達しだった。
僕は、だから、待つことにした。……こんな僕でもほんのすこしは、信じることが、できてるのかな。
そして僕は、あの上司と先輩に――すこしでも、信じてもらうことができるのだろうか、……これから。
まあ、しかし、そういうわけで。
仕事を終えてしまえばいまのところとくにやれることもないみたいなので、
僕は南美川さんの生活をすこしばかり文化的にしてあげようかな、と思った。……人間らしく、ね。
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