時給百二十円の四足歩行型発電機

 狩理くんの言葉通り、人間から資源の立場に堕ちたわたしは、

 きょうも寒くてガランと無駄に広いかつて物的資源の倉庫だったという、この場所で、

 資源として、そうヒューマン・アニマルという動物として、


 だだっぴろい壁の一面にずらりと並んだ強制労働の四足歩行型発電機、

 むかしむかし、フィットネスジムで身体を鍛えるひとたちがいて、でもそれはあくまでも人間のための道具で、

 それを、四つ足型のヒューマン・アニマルのために、改造した、ひどい機械、


 三十秒きっちり歩くと一円ぶんの電気が発生して、人間の生活に役立ててもらえるという、

 つまり順調にいって、一分で二円、時給換算すると、百二十円、

 どんなに、どんなにがんばっても人犬の身ではそれが限界の、

 つまり最大限どんなにどんなにがんばっても人間じゃないから、一日十時間歩いたところで千二百円、

 ……足りないぶんは人間がわざわざ出してやってるんだぞって、感謝しろって、

 酷い機械、……酷すぎる機械、


 歩かされる、わたしたち、

 コンベアのうえをえんえん四足歩行で歩いている、

 首輪はポールにくくりつけられてサボるとビイビイ首輪のアラートが鳴るのも音が大きすぎていつも耳を塞ぎたくなるけど、耳を塞ぐための手がわたしにはもう、なくて、

 でも、それ以上に、コンベアについていけなくなると、脚がもつれたり歩くのをすこしサボると、そのせいでコンベアに流されて、潰れたカエルみたいにべちゃりと四肢を投げ出すことになって、そのことじたいもいやだいやなのはもちろんだけど、

 くるしくて、くるしくて、

 いきができなくて、

 はあはあぜいぜいあえいでも、だれもたすけてはくれない。

 死んだらただ、ああ死んだねで、おしまいだ。

 だってわたしは、動物だから。


 ……とても苦しむけど五分間はまず死なない程度の絶妙な時間を計算した人間がいたらしい。

 酷いよ。酷いよ。なんでそんなこと、できるの。

 こんなにくるしいの。こんなにいきが、できないの。かおにちが、のぼってくるの。ないて、むせて、むせびないても、いきが、できなくて、

 ちょっとさぼっただけでいきもできなくて、

 でも、時給百二十円のために、そして殺されないために、そしてなにより心がちゃんとイヌになるように、

 わたしたちは毎日歩き続けなければならない。


 でも、――その計算をした人間は最後まで人間でいられたのだろうか。



 わたしだって好きでこうなったわけじゃ、ないのに、



 くるしい。

 こころも。こきゅうも。

 きょうはもうどのくらいあるいているんだろう。

 ああ。脚を出すのが。まにあわない。まただ。また、アラーム、鳴っちゃう。しかられる。どなられる。たたかれる。おしおきされる。

 いやだ、いやだ、いやだよう。ある、け、わたし、あともうちょっと、もうちょっとすればきっと、休憩がくる、おみず、もらえる、のどかわいた、おなかすいた、ううんどっちなんだろう、どっちもかな、わかんないけど、おみず、おみずがもらえる、スポイトで数滴、顔、上げれば、垂らしてもらえる、その水滴、蜜のようにあまいんだから、がんばれわたし、がんばって――



 でもなんでそこまでしてもっと生きてる必要があるのかな?



 ……ガー、とコンベアが動く音が、鮮明に、きこえる。

 わたしの、犬としての耳で。

 わたしはわたしを、ふと、いまやけに、冷静に、客観視をしている。



 脚を、止めた。

 コンベアに、巻かれていく。ああ、わたしの身体が、つぶれたカエルになっていく。

 のどが。しまった。いきが、くるしい、ひゃううって風穴みたいなおと。

 まぶしい。めまいが、ちかちかする。

 全身でどくどくと二酸化炭素が足りなくなる。

 いまにアラームがビイビイ鳴る。……わたしは、きっときょうも、おしおきでいのこりなのだ。

 残業の、調教師さんに囲まれて。いやだなあ。だってあのひとたち、残業の鬱憤を、居残りの仔で晴らしているだけじゃない……。



 ……わたしも、あんな目を、してたんだろうな。かつて。

 そう、苛めてきたひとたち、


 狩理くんにわざわざ言われてしまった――高校時代後半のあの男の子、シュンに対しても、きっと。



 そしてわたしはいま、わたしを見上げてきたあのときのシュンとおなじ目で、人間を見上げているのだろう。

 ……あんな、あんな目をして。こっちがおもしろがっちゃうあの目を。……だからだよね、調教師が、わたしのことをおもしろがるのだって。


 ああ。

 情けない、……情けないよう、もう、情けさすぎて、殺してほしい。



 殺してよ。

 死にたいよ。



 どうしてわたしはこんなんなっても生きているの――



 ……ねえ。それでさ。

 こんなこと、思っちゃってもいいかな。

 もしももういちどあのいじめられっ子と会えるなら、いますぐ訊きたい。



 ……シュンは、いま、だれを見上げて、だれに情けないすがた晒して、だれに媚びて、生きているわけ?




 酸素が足りなくなって、わたしの意識はまたきょうも地獄の苦しみに堕とされた。怒鳴られながら、叩かれながら、乱暴にポールにつながる鎖を外され、そのまま鎖を引っ張られ、また、痛いお部屋に連れていかれる、怒鳴られることも叩かれることも、やむことはない、わたしはえぐえぐ泣き続けながら四つん這いで地べたを這いずって人間の曳くわたしの鎖に、ついていく。

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