アゲイン 高校の同級生が、ペットショップで売られていました。
柳なつき
プロローグ 高校の同級生が、ペットショップで売られていました。
再会
ペットショップで、高校の同級生が売られていた。
高校の二年と三年のときクラスメイトだった金髪ギャルの女の子で、特に高校二年生のときに割合大規模に実施された僕の苛めという、僕の人生における最大級のライフイベントの首謀者でもあった。
ガラスケースに貼られていた顔写真で、僕は気がついた。
彼女はガラスケースの右端の下の段にコンパクトに収められ、小さく丸まってつるりとした肌色の背中だけを客側に見せていた。ガラスケースは人間が入れる大きさではない、もちろん人間がペットショップで売られるわけもないのだけれど。
つまり彼女はすでに人間という扱いではないのだ。
どれどれと値札の隣に貼られたシールの極小サイズの説明を読んでみれば、どうやら彼女は何らかの事情で犬に加工されてしまったらしかった。
まあ、犬人間と言ったところだ。いまでは一般に、
現代。ペットショップでは、そういった、ヒューマン・アニマルが売られている。
ディスプレイ用の檻の中では、少年というより幼児と呼んだほうがいい人犬と人猫の兄弟が仲よくボールではしゃいでいた。
人間の顔と胸部と腹部を残したまま、両肘と両膝の先が存在せず、動物らしい毛に覆われ、動物らしい肉球がくっつけられている。そして動物の耳と、動物のしっぽ。もさもさで、もふもふの、自然なままの人間にはけっして存在しないものだ。
神経は通っているので、耳もぺたりと動かすことができるし尻尾を振ることもできる。そういう人間加工技術が既に確立されているのだ。
その兄弟も、前足と後足だけが茶色で、尻尾と耳はそれぞれ犬と猫で、ふたり揃ってボールで遊んでいると赤ちゃんらしささえ感じさせる粉っぽい肌色が眩しい。きっとまだ自分になされたことの意味がわかっていないのだろう。
まあでも、そちらのほうが幸せなのかもしれない。すくなくとも人生の中途半端な時期で両手両足を切り落とされるよりは、ずっと。
ちなみにその兄弟はバラ売りで一匹三百万円、二匹セットで飼ってやるのがオススメで、二匹セットで購入すればなんと五百万円に割引するのだそうだ。赤字覚悟の大出血サービスと赤ペンで書いてあった。
理解はできる。幼児のヒューマン・アニマルはまだまだ貴重なのだ。なかなか市場に出回らない。一昨日、僕もそういうネット記事を読んだばかりだ。
僕を苛めていた女の子は三十万円になっているわけだけど。
「あのー」
人の好さそうなおじいちゃん店員に声をかける。
「はいはい、お客さま、喜んで! 気になった仔がいましたか」
おじいちゃん店員は、どう見ても根暗で若造でだらんとした私服でいまだに学生っぽさが抜けない僕にも、揉み手をして完璧な営業スマイルですり寄ってくる。おそらく資本主義文化にどっぷりな時代の人なのだ。
「はい。えっと、右下の下のケースの子、なんですけど」
「あちゃー、その子ですかあ」
おじいちゃん店員は、わざと顔をしかめて大袈裟に手で顔を覆ってみせた。良い塩梅の白髪が押さえつけられる。
「お客さまねえ、申し上げにくいんですが、そちらの仔はちょいと、問題がありましてねえ。けどその仔、可愛いでしょう? 顔のつくりはいいし、髪の毛も加工前の金髪のままよーく映えるんですよお。ねえお客さま、あんなに可愛いのにそのお値段。おかしいと思いましたでしょう? 思いませんでしたか? ……実は」
店員は、急にささやき声になる。
お芝居うまいな、このひと。
「……性格に難がありましてね」
ああ。それは僕も、知ってます。
そこの犬の子、高校時代に僕のことすっごく意地悪く苛めてましたから。
「通常、ヒューマン・アニマルへの加工は一年もかからず行われますでしょう。けどその子はね、なんと一年半も調教施設にいたそうなんです。調教プログラムがいつまで経っても修了できなくて。もうとにかく反抗的だったそうでね。最後にはエサも食べないから、無理やり手で突っ込んで食わせたりしてたらしいです」
ああ、わかる、彼女らしい。頑固なんだよな。
「反抗的な個体というのはいるもんですのでね。大体そういうのはさっさと労働用か畜肉処分にするんですが。まあ驚いたことに労働用の簡単な検査さえパスしない、首の絞まるタイプの歩行発電機で発電をさせようとすると、首絞まっても歩こうとしないんですって、死んでもいいのかって話ですよね」
「ですねー」
もうそれは死んでもいいのかっていうか、自ら進んで死にたいんじゃないのかな。うん。
「で、まあ、畜肉処分にしようとしたらしいんですけど……ね、この仔、可愛いでしょう?」
「可愛いですね」
「肉にするにはもったいなくてもったいなくて、って懇意の業者が泣きついてくるもんで、引き取らざるをえなかったんです」
「なるほど。それで、その後売れなかったんですか?」
「売れなかったんですよお。とほほ。困っちゃいますねえ、あはは、困り過ぎて笑いが出てきちゃいますよお、お客さま!」
「あはは。これからずっと売れなかったら、どうなるんですか?」
「まあ仕方ないので畜肉処分に回します。うちもこれ以上置いておくとそろそろ赤字になるので、もうこのあたりが限界ですわ。困りましたよお、ねえお客さま、商売あがったりですよお、あっちゃーですわあー」
「あっちゃー、ですねー」
あはははははは。
僕たちは和やかに笑いあった。
「……その子が欲しいんですけども。ちょっとガラスケース叩いて、起こしてみてもいいですか?」
「おおっ! もちろんですよ、お客さま! いますぐこちらまでお持ちしましょうか? バックヤードにお越しいただければ、エサやり体験や抱っこもできますよ! 今、バックヤードの店員に案内させましょうか!」
「あ、どうも。とりあえずガラスケース叩いて、様子見で大丈夫です。僕、人見知りなものでして」
「ははっ、なにをおっしゃいます」
店員にはやはり、僕の渾身のジョークは伝わらなかった。人犬に対して人見知りと用いる僕のジョーク・センス。
なぜなら僕と彼女は高校時代の知り合いだから、人だった頃の彼女を知っているわけで、そんな事情を踏まえたブラックジョークだったんだけれども。
……人見知りなのは本当だけどね。あんなに激しい苛めを受けたあとは、更にもう、ずっと。
まあそんなことくらいたぶん、この店員さんにだってわかるだろう。僕は高校時代が終わってからずっと前髪を短くすることがどうしてもできない。
すみませんと、誰かが店員を呼ぶ声がした。人犬と人猫の兄弟を楽しそうに見ていた幸福そうな家族連れの母親らしき女性が呼んでいる。
なにせ五百万円の売り物だ、店にとっては、上客だろう。
「あ、どうぞ、呼んでる方へ。少しここで見させてもらってても、いいですか」
「もちろんですよ! もうゆっくりじっくり、いくらでもね、見ていってくださいね! 何かあればいつでもお声がけください!」
店員はニッカリ笑った。僕もにこっと笑った。ずいぶんと、無理をして。
そして店員は、呼ばれた方へ去っていく。
……さて。
僕はそっとガラスケースの前にしゃがみこんだ。
高校のころに僕をいじめたクラスメイトの女の子の成れの果ての訳アリ品三十万円の人犬が、そこに小さく丸まって寝ている。
……そっか、髪の毛だけはあのときと変わらず長くて金髪のままなんだなあ。ちゃんと赤いリボンでツインテールに結わえてもらっている、それもあのときのままだね。あのときとは違って、全体的にずいぶん傷んじゃってるけど。
首輪、されちゃってるんだね。黒い首輪。調教用のものだろうか。あなたには、赤が似合うと、個人的には僕は思うんだけれども。
肌、荒れてはいるけれど、こんなに白かったっけ。まああなたの背中なんて見たことないしね。というか僕、普通に童貞だから、女の子の素肌なんて成人向けの動画や画像以外じゃ見たことないし。べつに歩いていていちいち人犬の背中とか見ないし。
寝てるのかな。泣いてるのかな。背中がふるふる上下するね。ああ、あなたがこういうふうに丸まるんだなってこと、僕は、初めて知ったよなあ。
僕は、トン、とガラスケースを叩いた。
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