192話 カワイイ系では闘えない?

 バキャッ……。


 辺境の村イヅキ切っての仕立て屋の老舗、この『赤きドラコニアン』のバックヤードに、何か硬質なモノが、はぜて割れるような音が鳴った。


 それは大型の代理格闘遊戯盤に着いた暗黒鎧の貴公子、その伸ばした腕の先から発せられたようで、怪訝な顔のマリーナは思わず筐体越しにその辺りを覗き込んだ。


 「あん?今さ、なんかイヤーな音がしなかった?」


 これに応じるように、いつもの冷厳なる美貌のドラクロワが悠然と手を上げた。


 と、そこには極小の稲光を撒き散らす、あの代理格闘戦士を描出する為の読み取り装置である、妙に有機的な質感を持った黄水晶があり、それは明らかに、その中心核から散乱させる光を弱らせながら明滅していた。


 「フフフ……まぁ大方は想像していたよ。

 この特大の遊戯盤とは、我々が以前に''ダスク''にて興じた盤のように、その奇怪な水晶に触れた者の多種多様なる特性を余すことなく読み込んで、それに不思議な変換をして夢幻の戦闘士を喚び出す、というモノではないのだからな」


 と、シャンが、眼前に拡がった荒涼たる渇いた大地を模したらしき、四角い盤上の中央部に屹立(きつりつ)する、ミルクたっぷりの紅茶を想わせる、亜麻色の髪の美女戦闘士の背中を眺めながら言った。


 「あー!なるほど!!つまり、その魔法の水晶って、ドラクロワさんの総てを読み取り切れずに自壊しちゃったってことですね!?

 ふぁーっ!!まったくー。ホント、ドラクロワさんたらどこまでスゴいんですかー!?

 ドラクロワさん達がここに居ない間に、たまたま裏技として発見した、私達三人が水晶に一斉に触れることで喚び出される、この亜麻色の超魔法戦士、マリーナさん、私、シャンさんの合体した、名付けて''マリアン''はなんの問題もなく召喚されたのにー!

 はぁ……もぅ流石というかなんというか、遊戯でも、その勝負の場にすら立ってももらえないって感じですかー。

 って、あの……ソレってー、完全に壊れちゃったんですかね?

 うーん。どうしましょ?きっと、ザエサさん達怒るだろうなぁ……」


 ドラクロワの前で、最早、明滅すら止め、ただひび割れて汚く曇っただけの白い水晶と化した、魔法の読み取り専用デバイスを痛ましげに覗くユリアが、この倉庫然とした大部屋と売場とを隔てる幕を振り返りながら言った。


 そのオドオドとした挙動を小馬鹿にするように小さな鼻を鳴らす、ドラクロワの隣席のカミラーが

 「フン、なにを。わらわは、この妖しげな水晶が当人を余すことなく読み取り、それを正確無比に構築する、と聞いた辺りから、こうなることなど、とうに見えておったわ。

 まぁ、これもドラクロワ様の底知れぬ、途方もない偉大さ所以(ゆえ)に起きた、至極当然の成り行きじゃ。

 まぁ、別段殴り付けたとか、乱暴に扱ったせいではないのじゃから、なんら引け目を感じることもあるまいて」

 多分に満足げな面差しにて鷹楊にうなずくと、主君に新たな葡萄酒を捧げた。


 「あら」「まぁ」

 と思わず声にしたアンとビスも、ユリアの薄い肩越しにその破損を認め、合体の超魔法戦士とドラクロワとの決戦が実現しなかったことに口惜しさを感じているようだった。


 そして、当のドラクロワは得意の親指の爪での栓抜きを極(き)めながら

 「フフフ……フハハ……フハハハハッ!!そうかそうか!!

 俺としても何の気なしに手を置き、別段、覇気を込めた訳でもなかったが、名うての錬金魔導師が心血を注いでこさえたという、この規格外の魔法遊戯盤にすら、この俺の無限の懐は読み切れなんだかー!!

 フフフ……フフ!アッハッハッハー!!いやいや中々どうして、俺ほどともなれば、その力量を隠すのも儘(まま)ならぬものよのー!!いやー参った参った!!」

 ペシャリと白い額を打ってのご満悦だったという。


 と、その哄笑の鳴り響くそこの間へ、真紅の垂れ幕を潜(くぐ)り抜け、マリーナに負けぬ極小面積の上下を着けた、目の痛くなるような赤い表皮のドラコニアンの少女が現れた。


 「あ、ども……。あー、光の勇者様達、お楽しみの所すみませんけど、今、なーんか変な音がせんかったですか?」


 チラチラとドラクロワの方を盗み見しながら訊いてくる。


 これに、マリーナ、ユリア、そしてシャン等が揃って

 「別にぃ」

 とピタリ、ユニゾンにて返した。


 「そ、そーですか。そんなら、ただのウチの空耳ってことでええんですけど、あの、今これが町内組合から届いたんで、ちょうど皆さんにおあつらえ向きかなとか思うて持って来ましたー」

 なんともしおらしく言って、一枚の三色刷りらしき紙切れをビスへと差し出した。


 「あん?おあつらえ向きだって?なんだいなんだい?」

 マリーナがそのビスの手先に首を伸ばした。


 「あ、はい。マリーナ様、どうぞ」

 ビスが何かのチラシらしきそれを一切の淀みなく手渡す。


 「えー?なんですかー?えーと、何々?『大陸南部一の美女を探せ!』?

 はぇ?あのーコレって、いわゆる、あの''ミス・南部''の開催告知じゃないですか?」

 それを横から読んだユリアが指摘した。


 そう、この''ミス・南部''とは、読んで字のごとく、このキターク大陸南部の独身女性の美を競うという、古来権威のあるコンテストであり、その参加条件としては、まず候補者年齢が17歳から25歳までであること、かつ、人間族限定だという。


 そして、なぜだか初代勇者のパーティと同じく、三人一チームでなければ登録が出来ず、それらの美しさの厳正なる審査というものが為され、見事、栄えある栄冠を勝ち取った優勝チームには、あの大陸王ガーロードより王家秘蔵の古代装飾品が贈られるという。


 「っへえー。コイツがあの、大陸南部の一等美人を決めようっていうアレかい。

 うんうん。なんとなーく聞いたことはあるよ。

 ん?けどさ、それとアタシ達とが、どー関係あるってんだい?」

 自己陶酔とは無縁の性格の女戦士が、心底不可解とばかりに、女にしては広い肩をすくめた。


 「フフフ……なるほど、な。上手くすれば、当時の魔王をかなりの所まで追い詰めた、あの初代勇者達の貴重な装飾品が手に入るかも、だな。

 うん。確か、なんでも、それらの優勝記念として授与される品々には、多くの場合、現代では再現どころか少しの真似すらも叶わぬ、強大無比なる古代の付与魔法が施されている、とか、なんとか聞くな……」

 シャンが、あえてユリアを刺激するように解説した。


 「あぇっ?ななな、なんですかソレー!!?

 私、魔法の勉強ばかりで、そんなに詳細な情報は初めて聞きましたぁー!!

 うんうん!流石は南部出身のシャンさんですー!!

 しかしっ!!そ、それが本当ならスッゴい!スッゴいことですよー!!

 そ、その超稀少な、私達のご先祖様達の魔装具!!な、なんとしてでも手に入れたいですぅーっ!!」

 無論、この情報提供にユリアは扇動されまくり、早くも興奮の独り坩堝(るつぼ)と化していた。


 「はぁ、そ、そーなんです。じゃけえ、今回のには、勇者様方が出られたらええんじゃないか、ゆうて思うたんです。

 で、肝心の今回の賞品なんじゃけどー、えと、あぁ噂じゃー、確かー、初代の勇者様達の女魔法使い様が身に付けとったとか何とかゆう、あの魔王の返り血を浴びて燃えるように赤(あこ)うなったとかゆう、魔血石のペンダントが貰えるゆうことらしーです。

 うん。今回の開催地もここから普通に馬で行ける街ですし、まだまだ日程も余裕あったりしますけー、勇者様達で思い切っていってみちゃったらどーですか?」

 飽きずに上目遣いでドラクロワを垣間見ては薦めてくるのだった。


 「フム。無駄乳よ、ちと寄越せ。フムフム……なーんじゃ、コリャお前達には無理じゃな」

 と、カミラーがマリーナから告知を奪い、それに、サッと目を通して直ぐに返した。


 「えっ?カミラーさん?ソレってどういうことですか?」

 これにユリアが愛らしい顔を曇らせ、訊く。


 「ん?そりゃ決まっておろうが。まずじゃな、この条件の''人間族限定''まではええわい。

 じゃがの、その次の''三名一組''でお前達は引っ掛かろうが?」

 ユリアのソバカス顔を真正面から見ながら言った。


 これにシャンとマリーナが思わず顔をあわせて、それから、フッと女魔法賢者を見下ろした。


 「えっ!?ちょ、ちょっと意味が分からないんですけど?

 当然、ドラクロワさんは男性だから、これの参加は絶対無理ですよね……。

 て、えっ?あのー、カミラーさんはダメですよ!?その尖ったお耳で直ぐにバンパイアだって──」

 ユリアがカミラーの頭部を指して言った。


 「んむ?たわけいっ!このわらわがこんな低俗なる品評会などに出ると思うてか!

 うーん。逐一言うてやらねば分からんか……。

 んー、あのじゃな……。まぁこの無駄乳じゃがの、それなりに、それなりに、まぁ見れぬ顔でもないし、成熟した人間族の雌らしき肉付きであるわ。

 また、そこの根暗狼娘も、例の銀の秘薬とやらで獣(けだもの)化を抑えさえすれば、まぁそれなりに美しいという範疇には入っておるわい。

 フム、此度(こたび)の''醜い人間族''の南部一を決めるという舞台ならば、まぁそこそこには闘えんこともないじゃろ。うんうん。

 じゃがの、問題はおま、」

 そのカミラーの言葉を遮るようにして飛んだ声があった。


 「ウム。カミラーよ、まぁよいではないか。まったく以(もっ)て理解は出来ぬが、この世界には、女もこの葡萄酒と同じく、雑味があるモノの方が美味く感じられるという、俗にいう''馬鹿舌''を持つ輩(やから)も一定数は居るもの。

 ウム、それに、どこまでもいってもこれは所詮、座興よ──。

 なれば、これもまたよし、であろうと思う」

 ニコリともしない魔王が''泥''の助け舟を出して来た。


 「えっ!?なんですか?お二人共なんのことを言ってるんですか?

 はぇっ?あの、それってどういう意味なんですか?えー?えぇ?ザツミってなんだろ?

 あ、アンさんビスさんは分かりましたかー?」

 と、困惑のユリアが灰銀のメイド服等に問うたが、それらの双子姉妹は隠しきれないライカンの犬耳を、ペタンと伏せ、手にした鋼鉄の六角棒を立てて額に押し当て、そのどこまでも無垢なる視線を遮るようにしてうつむいていた。

 が、数瞬で同時に褐色と雪色の美しい顔を跳ね上げるや──


 「ユリア様!こんなときこそ祈りましょう!!」


 としか返せなかったという。

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