193話 復讐するは我にあり
翌朝──
光の勇者団は辺境の紡績村イヅキをあとにし、一路、''ミス・南部''の開催地であるという、王立軍事要塞''ブルカノン''へと向かっていた。
あの赤いドラコニアンの娘、ザエサから教えられた、その地点までは、並みの馬なら一昼夜ほどの距離であるらしく、カミラー保有の化け物黒馬らの疲れを知らぬ剛脚ならば、その美人コンテストの登録受付期限までには余裕をもって到達するはず、とのことだった。
例のごとく、まったく以(もっ)て少しも光の勇者の乗り物に似つかわしくない、まるで悪夢に出てきそうな漆黒の馬車は、ドラクロワ達を載せ、黒いミサイルのように疾駆しながらも、それでいてその内部には不可思議なほどに静かな乗り心地を提供していた。
「しっかしさー、その、えと、あー、ミス・南部だっけ?うんうん、なんかさー、そいつが剣の腕っぷしを競おうって大会なら、少しは自信がないこともないんだけどさー。
そうじゃなくって、この大陸南部中のベッピンさんがバァーッて集まって、そのキレイさの一等を決めるってーのに参加するのはねー、うーん……ハッキシいって気がひけるってーか、アタシャー、カン、ゼンに場違いな気がするんだけどー?」
深紅にカラーリングした鋼鉄の戦闘靴の踝(くるぶし)を引き寄せ、長々とした足を組んだマリーナが、身体の割に小さな頭を掻きながら、向かいのシャンに言った。
「んん?あぁそうだな……うん。まぁ我々としては、その優勝記念の贈呈品であるという、素晴らしい効果を有する、古代魔装具が目当てであるとはいえ、そこはそれ、そら恐ろしいほどに美しい娘達が挙(こぞ)って参席し、その美を競う大舞台に登る訳だからな──。
うん、お前の気持ちも分からんでもない。
だがなマリーナ、これは決して驕(おご)りでも慢心でもなく、ただただ客観的に見て思うのだが、我々の有する高水準なる美貌とは、それらのいかなる''村一番''らを相手取ったとて、決して見劣りするものではないと思うぞ。
うん、少なくとも、まったく太刀打ち出来ない、ということはあるまい」
常に現実主義で、冷徹な思考・分析を得意とするシャンが、僅かな臆面も見せずに、実にさらりと答えた。
「は?えぇー?ちょっと待ちなよーシャン!まったくアンタって人はさー、よーくもそんなマジメ顔して、コースイジュンのビボーとか言えるもんだよー!
ッヒャー!アタシャなんだかコソバユくなってきたよー!」
マリーナが、よく日焼けした長い腕を背へと舞わして、照れ隠しのようにそこらを掻(か)いた。
「フフフ……マリーナ、そんなに謙遜することもないと思うぞ。
フフ……しかし、妙な成り行きとはなったが、まぁこれはこれで、な……。
うん……この大陸南部の選りすぐりの美女が大挙してくる、か……フフフ……」
呟(つぶや)くように洩らすシャンの檸檬(レモン)色の瞳は、殺意とはまた異なる、なんとも危険な光を湛(たた)えて輝いていたという。
「ええ!その通りにございます!シャン様達なら優勝することなど容易いに違いありません!」
推(お)して保証するようにビスが言った。
「えー?私もマリーナさんと同じで、ハッキリいって全っ然自信ないですー。
実際私なんか、お師匠様とか、水の精霊タチアナ達からは''面白(オモチロ)ぶちゃいく''ってアダ名されてましたし……。
でもでも、超稀少な初代勇者、私達のご先祖様の魔装具!それを手に入れる為なら、こんな私でも頑張れそうな気がしますっ!!
なにをどう頑張ればいいかは分かりませんけど、みんなで精一杯闘いましょう!!」
ユリアは此度(こたび)の三人一組の仲間である、マリーナ、シャンを熱っぽく見上げ、決意も新たに、両の小さな拳を握りしめた。
これを離れた座席から眺め、つい吹き出しそうになるのを圧し殺したドラクロワであったが
「ウ、ウム……まぁなんだ、まずはその人間品評会の参加登録をし、そこで実際に闘ってみねば、勝ちも、また負けもないのだから、な──。
ウム、その意気やよし。ユリアよ、見事、相果(あいは)てよ」
今はまだまだ泳がせておくべきと、あえて険しい顔を保ったまま、小さく首肯した。
「はいっ!そ、そうですよねっ!ひとまずやってみなくちゃ、なんにも始まりませんよねっ!?
よーしっ!私っ!もうメチャクチャ頑張りますよー!
そ、そしてきっと超貴重な古代魔装具を手に入れてみせますから!
あえっ?あのードラクロワさん?''アイハテル''ってなんですか?
ウフフ!ドラクロワさんて、時々変なこと言いますよねー。おっかしー」
鈴を鳴らすように笑うユリアに誰ひとり応えることもなく、只只、暗黒の馬車は街道をひたすら南に南に猛然と疾走するのだった。
そうして半日ほど駆けに駆け、ドラクロワ達一行は巨大な要塞の都市へとたどり着いた。
そこは天を衝(つ)くような、恐ろしく高大堂々としたバリケードを誇る、究めて堅固な大軍事施設を擁(よう)する街であり、観る者すべてを圧倒するような大迫力を放ちつつ、その北の大門からおびただしい数の馬車を飲み込んでいた。
はて、なぜミス・南部を選出する大舞台が、ちっとも絢爛さも色気もない、この恐ろしく殺伐とした、黒鉄色の難攻不落な要塞砦なのか?だが。
それは、このイベントの華やかなる性質上、どうにもいた仕方のないことだった。
なにせ''ミスコン''であるからには、大陸南部の各地から「我こそは」と、若さ特有の可憐な美を誇る女たちが一堂に集結する訳だから、今のところは、ただの一度の前例こそないものの、この機に魔王配下の邪淫なる魔物達が攻め入ってくる危険性は多分にあり、一度にそれらが押し寄せれば、そこらの並みの町村では満足な保護は困難だからだ。
その為、この特別な期間中には、はるばる王都から派遣された、王立神聖騎士団の精鋭は当然として、各地の冒険者ギルドに登録した、名うての歴戦の猛者までもが大量に駆り出され、その防衛には万全が配されていた。
さて、そこでの入門をつつがなく済ませ、禍々しくも壮麗なる黒馬車から降り立ち、ほとんど雲を貫くような巨大な尖塔の先を見上げたドラクロワは、街の散策へと出撃する女勇者団と従者らの背を見送りつつも、小癪(こしゃく)な、とばかりに仏頂面で鼻を鳴らしていた。
「フン、人間風情が、生意気にそれなりの防衛を堅めておるわ。
今までは生存を赦(ゆる)してやり、ある程度の社交・行事は認めてやってはいたが……この砦からは反抗的な気炎、また戦力の誇示がありありとうかがえるな。
フン!まぁいい。精々、今日この俺が光の勇者として此処(ここ)にあったことに感謝するがよいわ」
「はっ!誠に分不相応で生意気な、癪(しゃく)に障(さわ)る佇まいに御座います!!」
真魔族のカミラーも、さも不快とばかりに、そびえ立つ堅牢な塁壁(るいへき)を睨(ね)め付けて言った。
と、そこへ武装した兵らしき者らの一団が押し寄せた。
その鮮やかな青の甲冑の群れの先頭を颯爽と歩む、大柄で立派な騎士がドラクロワへと進み、そこの前で兜をとって片膝をついた。
「挨拶が遅れて申し訳ございません。私、このブルカノンの司令官を務めております、ガスパリと申します。
この度は、このブルカノンへよくぞおいでくださりました。伝説の光の勇者様のご尊顔を拝謁(はいえつ)でき、恐悦至極にございます!」
この四十がらみの逞しい男のみせた作法とは、古式伝統儀礼に則(のっと)った、見事な平伏であった。
だが、ドラクロワはいつもとかわらぬ、どこまでも冷たい無愛想そのものであり、組んだ腕をとくことさえなかった。
「ウム、苦しうない。なに、この街で、なにやら酔狂な品評会をやると聞いてな。気儘(きまま)な旅の道すがら、ふらりと立ち寄ることにしたまでよ」
「はっ?気儘……?あ、あの失礼ですが勇者様、此度のご訪問の目的とは、明後日の競美会の護衛に加わられる為ではござりませんだか?」
「ん?貴様、この俺に護衛の陣に参加せよと、そう申すか?」
「あ、いえ、そう解釈しておりましたが……」
「たわけい!そんな下らん目的で参ったのではないわ!」
ドラクロワが一喝すると、騎士団の間にどよめきが起こった。
「で、では、なにを為されるおつもりでしょう、か?」
「ん?そんなもの決まっておろうが。無論、その品評会への参加よ」
司令官のガスパリは、これを聞いて大いに困惑した顔となり、ついドラクロワを睨むような眼になった。
「は、では──光の勇者団のマリーナ様、ユリア様、シャン様が一組となり、今回の競美会にご参加なさる、と?」
「ウム。如何(いか)にも」
「うぬ、そうなりますと……これは少し困ったことになりました。
ううむ、なんと申し上げればよいか……その……」
「なんだ?なにか不都合でもあるのか?」
「いえ、その……伝説の光の勇者様達にご参加いただけること、それ自体は、我等、運営としては誠に光栄の至りなのですが、ただ、この歴史ある競美会の唯一にして絶対の基準としましては……。
美しさが、その参加者の美しさだけが不動の正義にござりますれば、その……」
ガスパリは困り果てたように、しどろもどろと言葉を濁した。
「フム。参加者の血統や立場で依怙贔屓(えこひいき)は出来ぬ、と、そう云いたいのじゃな?」
カミラーが困惑の軍人を見上げて言った。
「あ、はいっ!有り体に申さば、そうなります、か……」
ドラクロワはその苦渋の顔を眺め、面白くもなさそうに
「ウム、それよ。俺とて此度の品評会の趣旨は理解しておるつもりよ。
なにも、元より、審査を奴等に寄せろと申す気などさらさらない。というより、出来うる限り思い切り辛口に評価された挙げ句、あいつらが悲嘆に暮れ、大いに恥じ入るとこが見たいくらいだ」
ぬけぬけと本懐を吐露した。
「はっ?あの?それは一体どういう……?」
「ウム、ま、そこはそれ、色々とあってだな」
言ったドラクロワの脳裏では、あの水と芸術の都カデンツァで飲んだ、''死ぬほど美味かった''聖酒のオーギュスト──
また、只只、ひたすら虚しさを味わっただけの古代上級(ハイ)エルフの創った、魔法のキャンディのもたらした異世界転移──
また無理に強いられて披露した芸術的手腕、といった、依然として忘れ難き、一連の「ドラクロワ赤っ恥計画」での仕打ちの数々というものらが、まるで、つい額の前に手を伸ばせば掴めそうなほどに鮮明に浮かんでは、忌まわしげに渦を巻いていたという。
それとついでに、傍(かたわ)らに立つ忠臣カミラーも、イヅキで味わった屈辱を噛みしめ、主君によく似た顔で、丸くなった巨大なアルマジロを想わせる要塞を睨んでいた。
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