180話 いや、それ本業だから

 まるで自在に宙を泳ぐかのように跳ね、軽装にして、しなやかな身体を回転させながら、両の手に逆(さか)に握った、三枚刃を根元にて一まとめにした''ケルベロスダガー''を振り下ろすのは、美しい雌の銀狼へと獣人深化を極(き)めたシャンだ。


 それを下方にて、厚重ねの斬馬刀のごとき大剣にて迎撃する形になったのは、シャンと同じく、生まれながらの聖戦士。女勇者マリーナであった。


 彼女は裂帛(れっぱく)の気合と共に、その巨大なルーンブレイドを打ち上げ、強襲の女アサシンをその身体ごと天空へと送り返す。


 マリーナは己が愛刀が巻き起こした暴風じみた空気を千切る渾身の一撃、その烈(はげ)しい刃風を聴きつつも、最上級のサファイアを想わせる左の瞳でシャンの着地を逐(お)う。


 だが、それは叶わなかった。


 なぜなら、眼を見張るような高速で以(もっ)て跳ね上がってきたルーンブレイドの剣腹を、咄嗟に戦闘長靴の踵(かかと)で、カカンッ!!と蹴った勢いと、マリーナの恐るべき剣力とを併(あわ)せ、後方一直線に飛翔したシャンは、あの必殺の凄技''絶無の境地''へと移行し、マリーナの認知する世界はおろか、その頭蓋内に蓄えられた過去の記憶からさえ完全に消失していたからである。


 この超越的能力の発動により、両の手にウルフズベイン(精製鳥兜毒)の光るアサシンダガーを確かに提(さ)げ、音もなく着地を果たしたシャンであるが、それが紫の影のごとく金髪碧眼の女美剣士の背後へと忍び寄るのを誰も認識出来なかった。


 だが、この神の眼すら欺(あざむ)く、究極の潜伏術にも弱点があった。


 それは、この技を発動する時のシャンの甚大なる精神力の消耗であり、故に日に二度は行使出来ぬ、そんな命を燃料に機動・駆動するような、正しく彼女の最終奥義であった。


 また更に、この''絶無''の神がかった効果は、シャンの意識の内に明確なる攻撃的意志が生じた瞬間、それはまさに隠れ蓑(みの)を剥がされるがごとく、瞬く間に失われてしまうのである。


 果たして、そのシャンの毒死刃が、よく日焼けしたマリーナの背中に食い込まんとしたその刹那。


 なんとマリーナは、シャンの消失直後から張り巡らせておいた己が精神の網に生じた、その究めて微弱なる気配の波紋というものを、まさに剣豪ゆえの能力としかいえない超感覚で以て検知するや、深紅の電光となって身を翻(ひるがえ)し、黄金色の長い髪を頭部に巻き付けつつ、信じられない速度で振り返りながら、そこの美影の暗殺者を薙(な)ぎ払ってみせたのである。


 ギインッ!!


 鋼と鋼の打ち合う激しい音、そして火花が咲いた。


 これぞ神業。

 シャンの無敵の忍び術が途切れ、その諸手(もろて)の短刃が肉を裂くまでのほんの針の先程にも満たぬ瞬間。

 なんとマリーナは、そこに見事に割り込んでみせたのである。


 またその一方で、一切脳を介さぬその脊髄反射的斬擊を、なんとか交差させた双刀で受け止めたシャンも並みの反応力ではなかった。


 だが、先に述べた通り、この絶無の発動により、今のシャンは、予定していた動き以外にはろくな対応の叶わぬ、廃人一歩前の脱け殻同然であり、マリーナの恐ろしい怪力無双の横殴りの一刀にて虚しく武器を弾き飛ばされ、その上の身体は万歳する格好で無防備になる外なかった。


 そこに間髪入れず、追撃の剣士マリーナが左肩から猛突進して打ち寄せたから、奥義を破られ、今や朦朧(もうろう)とする華奢な女アサシンはなんの抵抗もなく吹き飛んだ。


 そして、それがまだ地に着く前に、惚れ惚れするようなマリーナの必殺の剣擊が流れ、哀れシャンは左肩ごと斜めに斬首をされ、その優美なる身体は二つになって宙に舞ったのである。


 この文字通りの一刀両断にてシャンは絶命し、その分かたれた肢体らは地に堕ちたかと想うと、ボンッという炸裂音のようなモノを発して、それらは直ぐに黄色の目映(まばゆ)い焔(ほむら)を吹いて焼失したのである。


 これをしかと見送って、今ようやく可憐な赤い唇をすぼめ、勝利の息吹を吐いたマリーナも、その強敵を追うように黄の炎柱となって瞬く間に燃え尽き、そして夢幻のごとく消え去った。


 「よーしよしっ!これでまた50勝50敗の引き分けにまで戻したよー!

 しっかし、この代理格闘遊戯ってのはホンットよくできてんねー!

 なんかイッショケンメーに観てるとさ、イワユル手に汗握るってーヤツ?なんかミョーに肩こるしさー、本物のコッチまで疲れてくるよねー?」


 マリーナが精根尽き果てたような顔で、魔法の遊戯盤を見下ろしながら溜め息混じりに言った。


 「フフフ……。だな。この遊戯盤の代理格闘戦士とは、我々を忠実精確に再現・構築したものというからには、私とお前とは、一歩も譲らぬ互角、まさに実力伯仲ということになるか……。

 しかし、毎度、私の絶無をさえ破るお前の殺気を読む能力というのは恐ろしいものだな。

 うん、あのカミラーの超速度の先さえ捕らえられる訳だ……。

 フフフ……まったく、お前が魔族ではなく、善なる光の勇者でよかったよ」

 

 今、僅かなリードを失ったばかりのシャンも、どこか充足満足げに遊戯盤を眺めて言った。



 そう、二人の差し向かうここは、辺境に佇(たたず)む紡績の町イヅキ。

 そこの職人らの内でも一番の腕っこきの仕立屋である、赤きドラコニアンの三姉弟の店、その売り場裏の巨大遊戯盤の置かれた間である。


 二日前に嬉々として斥候(せっこう)の役を買って出るや、渓谷の隠れ街である魔王崇拝の横行せし冒涜無道の兇街ヴァイスを求めて旅立っていったドラクロワとカミラーを、こののどかなイヅキにてひたすら待機するという形となった女勇者達とその従者等二名だった。


 つまり、斥候のドラクロワの判断いかんでは出兵・出動の大有事となる訳だ。


 だから、もしものそれに備えて入念な武器、暗器、また体術、そして呪文の確認・手入れとに勤(いそ)しむ女達であった。


 あったが、そこは多感で好奇心旺盛な若い盛りの者達である、それらの地味で刺激の少ない作業に黙々と取り組むのにも限りがあった。


 となれば、各々は暇にあかせて牧歌的な町の散策からのスムーズな無駄遣い、また食べ歩き、そして前述の代理格闘遊戯。となるのも無理はなかった。


 だが、今やマリーナとシャンはそれにも飽き始め、それではと、ひとつ遊戯ではなく実体での稽古でもやるか?と共に腰を上げたところで。


 「マリーナさーん!シャンさーん!行って来ましたよー冒険者ギルド!」


 売り場とバックヤードとを隔(へだ)てる深紅の垂れ幕が、バサッと捲(めく)られ、天真爛漫で小柄な女魔法使いが、その愛らしいソバカス顔を覗かせた。


 「おー、お疲れーユリア。でー、何かこー、ピリッとオモシロそーな依頼とかあったかい?

 ま、こんなのんびりしたド田舎村じゃー、熊退治くらいがいいとこだろねー。

 ふぁーあ、アタシャなんだか腕がなまりそーだよ。

 ん?あれま、その顔はシューカクあり!だねぇ。アハッ!」

 

 「ん?どうしたユリア?フフフ……その目の輝き、さては何か面白いモノを見付けたようだな?」


 と、半裸の女戦士とスレンダーな女アサシンが、好奇心がそのままミニスカローブを着て歩いているような仲間の潤んだ眼を認めて言った。


 「えっ?エヘヘ!ヤッパリ分かっちゃいましたー?

 そうなんですよー!!この町の冒険者ギルドにトンでもない依頼が出てたんですー!それっていうのが、とーっても変わっててですねー」


 と、ユリアが瞳をキラキラとさせて語りだした風変わりな案件とは、なんでもこの町の近隣に、今は亡き大魔導師が永く住んでいた館があり、その廃屋の奥底からは、なんとも不気味な人の笑う声、またすすり泣き、或いは怒声が漏れ聴こえるのだという。


 今までそこの古びたお化け館は、物好きな町の若者達の単なる''肝試し''の場でしかなかったようだが、どうにもその声たちの発生源が未だにようとして知れない。


 確かに今のところ、これといった実害は皆無だが、幼い子供の足でも難なく行けるような近場で、得体の知れぬ亡霊達が渦を巻いているというのも気色のよいものではない。


 そこで大人たちは、滅多に訪れぬ冒険者達に安価で依頼が出来るというのならば、それらの行使する神聖魔法による悪霊退治・浄霊を求めていたのである。


 となれば、こういった珍物件に目のないユリアが食い付かぬ訳もなく、またその仲間である伝説の光の勇者団としても、その真相究明と不死系の魔物退治とに腰を上げぬ筈もなかった。


 そう、そしてなんといっても彼女達。今、まさに猛烈に暇をもて余している最中なのだ。


 だから無論、不思議遊戯にも飽きたマリーナとシャンも、共に眉を上げてお互いを見合うや、サッと自慢の得物へと手を伸ばし、これに一も二もなく取り掛かることとした。


 聞けば、光の勇者団として、その依頼の受注はとうに済ませてあり、ユリアと並ぶ神聖魔法のスペシャリストたるアンとビスはすでに現地に向かっており、そこの無人の暗黒館の前にて勇者団集結。と、まぁそういう運びになっているらしい。

 実に話が早く、また手際のいいことだった。


 なにせ出番待ちの女勇者団。只只、暇だったのだ……。 

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