179話 殺す価値もなし

 「えっー!?ドラちゃんが、おっソロしいのはこれからですってぇー!?

 えーと、魔王の像を散々に破壊してー、それから更にやることっていったら……。

 えっ!?ま、まさか、その街を丸ごと焼き討ちーっ!?

 イヤイヤイヤッ!!そりゃ確かにドラちゃんは、やるときゃトコトンやるって人だけど、流石にそれはないわぁっ!!うんうんっ!ないナイ無いないっ!!」


 言ったアランは、ほんの一瞬だけ、大炎から逃げ惑う人の群れを脳裏に描いたが、直ぐにチョンマゲ頭を振り、全力で以(もっ)て、その残忍無道な有り様を否定した。


 また、同じく使い魔の報告を静聴していたロマノも柳眉の根を寄せるや

 「なるほどね。的外れも甚だしい、歪み切った魔王崇拝の横行せし街……か。

 うん。あのお方なら、或いは……」

 妖艶なる美貌をサァッと曇らせ、葡萄香るグラスを置いたという。


 「ヤダッ!ロマノちゃんたら!やめてよー!

 この聖都を救ってくれたドラちゃん達は正真正銘、伝説の光の勇者様達よー!?

 その七大女神様達の第一の使徒にして、この星の正義の頂点を極めるドラちゃんが、どんな事情があったにせよ、老若男女を皆殺しだなんて……まさか……そんな……ねぇ?」

 ムゥーッと立ち込めた不穏な空気を追い払うように、只只、黒い使い魔の語りの先を促す外なかったアランであった。


 果たして、その青く煌めく饒舌(オシャベリ)の鴉は、なんとも思わせ振りな感じで、風切り羽の先で鋭い嘴(クチバシ)を、ツイと真横に拭ってみせてから、妙に人間臭い半眼となったのである。


 「へぇ……。確かに、魔王崇拝なんていう、トンでもねぇ冒涜大罪のさばるヴァイスなどは、あの光の勇者様からしたら、まぁこの世に半刻たりとも居させたくはないってのも、そらぁ至極ご尤(もっと)もでしょうなぁ…………。


 カァー…………。


 あー何度も言いやすがー、アッシァ回りくでぇのは大の苦手ときてやすからー、この先はとっとと申し上げましょう!


 カァーカァー!


 なんと我等が大親方のドラクロワ様っ!!ある意味じゃー、呆気なく死んじまった方が楽なんじゃねぇか?ってな、おっソロしー罰を下されたんでさっ!!


 カー!カー!


 さてさて、黒の巨像を粉微塵に為されたドラクロワ様っ!

 んー?なんだなんだぁー?今、スッゲェ音がしたぞ?

 おいおい地震かなにかかい!?止せやい!こーんな夜中に縁起でもねぇ!

 なんて言う、ワラワラと集まり出した寝惚け住人等には目も呉(く)れず、サァッと身を翻(ひるが)し、その灰塵(かいじん)・瓦礫の山の隣におっ立ってる、これまた灯台みてぇな真っ白い像へと、ツカツカツカーッ!と向かわれましてー、またもやそこの台座へと、スーッと腕をお伸ばしになったぁー。


 カー!カァ!


 やややっ!さては、今度もまた木っ端微塵に吹き飛ばされるのかー!?と言ったアッシも流石に二度目だ、無い耳をこー押さえ込んで、身を小さく小さくして、ジーッと覚悟を決めておりました。


 カァカァ!


 ですがね……今度は、そのいけ好かねぇ女神共の像らしき白いモンの番のハズなんですがー、いっかな大轟音が響いて来ねぇんです。


 ん?んんん?と薄目で以て、恐る恐るとよくよく見てみればー、可笑しなことにドラクロワ様。

 こう、右の人指し指を一本、そこの真っ白な面(おもて)へと突いておられましてー、ガリガリ……ガリガリってな具合に石壁をほじくって何やら書いておられる様子なんでー。


 カァー!


 でー、アッシはってぇーと当然、そこらの単なる旅鴉の風を装いつつもー、はてぇ?親方様、一体何をしたためられておいでか?と、トントンッとドラクロワ様の後ろへと跳ねて寄りますってーと。


 ウム。貴様、只の禽(トリ)ではないな?


 と、闇より濃い漆黒マントの背中越しにー、おっソロしい声で、低ーく低ーく仰有れた訳でさー。


 カァ!カー!


 これにゃーアッシもいっぺんに縮み上がって、そこの地べたに、ペターッと畏(かしこ)まってー、はぁっ!何卒ご容赦下さりませっ!

 アッシはロマノ=ゲンズブールんとこでケチな使い魔やってるアルゴスっていいやす!!


 でー、そのウチの師匠なんですがー、一生の執念の大仕事としてー、ドラクロワ様の晴れがましい大活劇を伝記にまとめ、それをなんとしても代々後世に語り継ぎたいってーことでしてー。


 おいアルゴス。お前さん、ドラクロワ様の元へ行って、そこで天下のご活躍をしかと見聞してきなさい、と、こう申し渡しましたのでーあります。


 でー、とどのつまりがー、兎にも角にもー、その、あのー……ま、なんと言いますかー……。


 と、しどももどろと、その場しのぎの言い訳を見苦しく述べておりますとー。


 カッカ!カー!


 ワッハッハッハッ!!そーかそーか!ロマノの奴めいっ!中々に気の利いた事を思い付きよるわっ!アーッハッハッ!!


 んー、よいよい、そういう事情があったなれば、貴様の多少の無礼も赦(ゆる)してつかわそうではないか!

 ウムウム、しかと腹一杯に気が済むまで見聞致すがよいわっ!フハハハハーッ!!


 と、まぁ盗見、追っかけの失礼のほどを御放免下された訳であります。


 カッカ!カッカー!


 イヤイヤーーー。流っ石は天下の大親方様だぁっ!ちょいとその辺でふんぞり返ってる小者とは度量が違わぁー!

 

 あーいや参りましたー!って、かしこみますとー、これまたドラクロワ様が莞爾(かんじ)として笑われー、ウムウム、これこれ、黒々しい鴉の分際で、白々しい世辞の尽きぬ奴だわいっ!!アーッハッハッ!!アーッハッハッ!!んー、そーかそーか!

 とー……あーいや、コリャ失礼をつかまつりました、このやり取りの具合を逐一申し上げますと、延々長くとなりますから、先へ先へと飛ばしましょうー。


 カァ!


 でー、あー、はて、どこまで申し上げましたかー?

 あー、白い壁に何かお書きになったとこまででしたねー。いけねぇいけねぇ。


 でー、ソコんとこに刻まれたる箇条の文らしきモノを拝見しようとしたとこで、ドラクロワ様がまた異なことを仰せられる。


 カァ!カー!


 これ旅鴉。ワシが今よりこの懐から取り出したる紫水晶を握り締めてから粉とし、えいやぁと天高く打ち上げれば、たちまち暗雲立ち込めて、このどうにも勘弁ならぬヴァイスの街に、紫水晶の砂利(ジャリ)のごとき氷雨が降るであろう。


 ウムウム。まぁまず、三日三晩は止まぬであろうよ。

 そこで貴様に忠告しておく。その霙(ミゾレ)が降り止むまでは決してこの街に入るでないぞ?よいな?

 と、まぁこんな事を申される訳でさー。


 でー、アッシはと言いますとー、はぁ……魔、あいやドラクロワ様の仰有ることならそりゃーもう、と、ついにその白壁の文を見ることもなく、それこそ死に物狂いで羽ばたいて、その不届き千万なる街ヴァイスから一目散に飛び出しましたよ!ええ、ええ。


 でー、必死に羽ばたきながらも振り返るとー、誠ドラクロワ様の仰有られた通りに、直ぐに気味の悪ーい黒雲がヴァイスの空に、モクモクモクーッと立ち込めたかと想いますとー、ザーザーと紫の雨が降るのが遠く見えたのでーあります。


 カー!カー!カー!


 さてー、それから4日後のカラリと快晴となった朝のことー。

 すでにドラクロワ様も、カミラー様も去られたヴァイスなんですがー。

 なんとなんとー!!そこに舞い戻ったアッシは、ゾーッとするような、おっソロしい呪いの発現を目の当たりにするのでーございますっ!!

 

 カー!カァッ!


 なんと街の奴等、その年寄から餓鬼までもが揃いも揃ってー、朝っぱらから医者の所に列を為しておりましてー、これが実に具合悪そうに呻(うめ)いておるのでございます。


 でー、そいつ等の話に聞き耳を立ててみますればー、皆一様におんなじ事を申しておりましてー、それというのが、なにやら喰っても喰っても底無しに腹が空きー、飲んでも飲んでも、カラッカラに渇く一方らしいんでさー。


 カァ!カー!


 またそれに加えて、眠たくて眠たくて堪(たま)らねぇのに、これがまたサッパリ一睡も眠れねぇときたっ!


 カー!カー!カッカ!


 ははぁん……んなーるほど!これぞドラクロワ様の下された懲罰に相違ねぇっ!!


 おっと待てよ!?そーいえば!あの白い巨像の足元に書かれた文とは、一体なんだったのかしら?


 よしっ!ここはひとつ見に行ってやろうじゃねえか!ってな具合でー、アッシがひとっ翔びに向かってみりゃー!


 カァ!カー!カー!


 なんとなんとっ!!そこに刻まれた金粉まぶしの"おふれ書き"ときたら、流石は天下のドラクロワ様だぁっ!

 アッシャー舌を巻いて、心、底、恐れ入りやしたー!!


 いよっ!名裁きーっ!!ンー!カァ!カーッ!!


 "この街の住民すべてに告ぐ。これより先の丸十年、朝は日ノ出と共に起き、その陽の沈むまで手ずから畑を耕せ。

 そうして産まれた作物のみが、貴様等の無限の飢えと渇きを満たし、また安らかな眠りをもたらすであろう。

 またこの呪い、どの土地に逃れようと祓(はら)うこと決して叶わぬを忘るるなかれ"」 

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