164話 自分から攻ていくタイプの合気
こうして、完全なる泥酔・酒乱状態となった代理格闘ユリアの放った歯に衣着せぬ発言に、幾らか(かなり)心証を害された仲間の乙女等であった。
だが、そこは流石に運命に導かれて集結した光の勇者団。そんな些事(さじ)な問題発言程度では、その強固なる団結力はびくともしなかったようで、本当ユリアらしいよね(憤怒)、といった具合で軽く笑い飛ばしたという。
さて、依然、決闘続行中の盤上では、鋭利な鉄の農具がミニチュアユリアの儚げな喉元へと突き出されていた。
無論、この腰の曲がった老人が、ヨロヨロと放つ、少しの覇気も籠(こも)らぬ竹槍訓練のごとき一突きを交わすことなどは、ミニチュアユリアにとっては造作もないようで、最小限の動きでそれとすれ違った。
そして、その瞬間。
バルルルルルッ!パタパタ……ペシャペシャ……。
といった、なんとも奇妙な音の群れが鳴った。
見れば、突進の乱狂老人と交差し、それを背後に送ったミニチュアユリアの両手は、揃えて胸前に上げられ、なにか大きな西瓜(スイカ)か鞠(まり)を、グッと前方へと押し出すような形になっていた。
とはいえ、その風変わりな姿勢・体勢の身体は少しも力むような風はなく、短い二本の足を少し前後に開いて漫然と立っていた。
そして、そのユリアの背後では、何かが宙に浮いて回転しており、パタパタと奇妙な音を鳴らしながら浮遊していた。
だが、その茶とも黄色ともつかぬ緩(ゆる)い旋風(つむじかぜ)は、直ぐに石畳の地面に落下して、バタバタ、ペシャペシャと弱々しくそこを叩いて停止した。
その物体とは、先程の老人の変わり果てた姿であり、なんと彼は全身の関節という関節をことごとく粉砕されており、その首、手首や肘、そして膝などがそれぞれあらぬ方向を向き、方々へ散らばるのを表皮が何とか繋ぎ留めている状態であった。
これぞ、ユリアの特殊格闘技術が一切の慈悲なく発揮された結果であった。
この恐るべき人体破壊術は、やはりミニチュアユリアにもあやまたず伝播されていたようだ。
その徹底した破壊までのカラクリだが、この老人が全力で突き出した刺突撃が見事交わされた直後。その身体の関節各部は伸び切って、それらに再び力が戻るまでに、ほんの四半瞬ほどではあるが、その各部には完全に無力な瞬間というもの生まれる。
ミニチュアユリアはそれを見逃さず完璧に捕らえ、それらの関節を最も抵抗の少ない脆弱な方向へと圧迫して脱臼、或いは逆関節的に捻り折ったのである。
そして、この度はそれらが同時多発的に為され、老人は糸の切れた操り人形のようになりながら、自らの発した突進力をミニチュアユリアの掌により巧みに軌道を反らされつつ回転力へと変換され、宙に舞ったのである。
こうして関節の留(と)めをことごとく外された首、また手足とは信じられないほど伸び切って、着地と共にそのゴム人形の四肢のような、文字通り骨抜きの手足がひどく哀しげに石畳を叩いていたのである。
マリーナは、そのだらしなくも異常に伸びた手足を体幹にメチャクチャにもつれさせて
「んー……うー……ふぅー」
と胸と胴は間違いなく仰向けでありながも、ガリッと石畳に歯を立てて唸る老人を見下ろし
「うっひゃあっ!で、出たーっ!これがユリアのスゴ技だよーっ!!
うっわっ!?アレってさ、まだイチオー生きてるみたいだね?ひゃあー、単なる斬った突いたなんかより、なんとも気色が悪いよねぇ。
て、コレってさ、何だかこの間のドクリューのナンとかさんの時よりダンゼンひどくない?」
長い人差し指で、伸びた四肢でグルグルと螺旋に巻かれた、哀れな棒状の老体を示し、隣の親友へと言った。
シャンは、狼のような黄色い瞳の瞳孔を全開にさせ、この惨劇の一部始終を観察していたが
「う……うん。こ、これは……これはなんとステキな破壊術なのだろう!?
これを一切の無駄な動き・力みもなく、こうまで無慈悲に徹底的にやれるとは、な……。うん、心底恐れ入ったよ。
素晴らしい!これぞ無力化の究極の理想形!これぞ完璧な格闘術だっ!
見ろマリーナ!!この破壊術の何が凄いかといえば、あれだけ完全に敵を破壊しておきながら、お前の指摘通り、敵の命だけは、ギリギリのところで奪わず、その生殺与奪の権利を完璧に掌握しているところだ!
これほどまでに完成された格闘体系とは、もはや美しいとさえ言ってもいいだろう!!
これを自在に行使するユリアとは、およそ内骨格を持つ全ての生物に抗うことを許さない、まさしく無敵の破壊者じゃあないか!!
見事だユリア!!私はお前をこの上なく尊敬しつつも、激しく嫉妬する!!」
と、大絶賛して立ち上がって、この女らしくなく手を打ち鳴らしさえした。
これに釣られて拍手をするマリーナ、そしてアンとビスであったが、当のユリアは蜂蜜色の小さな頭を抱えて
「ちょちょ、ちょっとなにやってんですか!!?小さな私っ!!
確かにさっき、そのおじいさんを無力化してって言ったけど、そーいう徹底さは求めてませんからー!!
あーっ!あのおじいさんたら、泡吹いて変なあくびしてるー!!
わわわ!どどど、どーしよ!?今あそこじゃ神聖魔法は使えないし!あぁ!七大女神様達っ!どうかこのおぞましい蛮行をお許しください!!はわわわわ……」
と喚いて、慌てて天へと懺悔の祈りを捧げ、自らの小さな分身がしでかした超暴力の投下の許しを請いだした。
だが、盤上の小さな死神のユリアは
「おっ?今の手応えは……ちょっとよかったな。
んん?待てよ……コレって……あれがあーなって、そんでコレがこっち?ややや、こっちの……うんそうだ!フンフン……なぁるほど」
と独り何かを模索するように身体を捻ったり、玉を抱えたような手を振って、ブツブツと呟いた。
そこへ、道一杯に狂乱の代理格戦士等が混雑した狭い路地。そこに犇(ひし)めく仲間の頭や肩を乗り越え、飛び越えんばかりの勢いで暴徒達が殺到する。
これにミニチュアユリアは首を軽く捻って回し、トントーンと幾度か軽やかにその場で真上に跳ねて
「ま、後は実践ってやつか。この何をやらせても天才の俺様の見立てがズレちゃいねぇか、いっちょやってみっか。
幸い実験台は潤沢にあっからよー」
と漏らして、少し後退して助走をつけたかと想うと、ピョーンと跳んで左の足刀を前に突き出した、所謂、飛び蹴りの格好で尻の子熊のアップリケも丸出しに、それら暴徒の一塊を飛び越えて見せた。
そして、あの耳を覆いたくなるような不気味な破壊音。
バルルルルルッ!バルルルルルッ!バルルルルルッ!バルルルルルッ!
が、同時多発的に発生して、飛び越えた暴徒の数分(かずぶん)、重なりつつ木霊(こだま)したのである。
そして先の老人と全く同様に、ミニチュアユリアの着地した後方では、沢山の人間竹トンボ達が宙を舞い、それらはお互いに空中で接触し合っては絡まり合い、もつれ合って地に落ちた。
それらの瀕死の壊れた人間達を振り向きもしないで、ミニチュアユリアは自らの革のブーツの爪先を見下ろして、それで石畳を幾度か突いて
「はーん。ヤッパリ思った通りだぜ。これフツーに足でも出来んじゃねぇか。
ウンウン。それと段々とコツがつかめてきたから、ほとんど止まってるヤツも俺様から突進して、その推進力を最大利用すれば、ある程度は破壊出来るみてーだな。
よしよしっ!さっすがは俺様だぜ!魔法なしでも全然、ガンッガンにいけるじゃねえかっ!!
となれば、後はゴミ共を片付けるだけだな」
と、恐ろしい兇相(かお)に悪魔のごとき微笑みを浮かべ、次なる獲物達の一塊へと振り向いた。
「うーん。コイツが俗にいう、闘いの中で開花・成長する類(たぐい)の天才というやつか……。
皆、今のを見たか?あの残虐性の箍(たが)の外れた代理格闘戦士のユリアは、あれだけの多勢相手にも見事な破壊術を余すことなく披露したぞ。
フフフ……これからも我々はテーブルを囲む度、このユリアの手の届く範囲に酒だけは放置せぬよう徹底する必要、いや義務があるな……」
目を細めたシャンは、この凄惨酸鼻を極めた破壊の饗宴を心底楽しんでいた。
これにメッカワは激昂して席から立ち上がり
「おいおいおい!!ちょっと待てよ!!さっきから黙って見てりゃなんだよあれ!!?
なんであのバカとパンツが丸出しの奴が、すれ違ったり飛び越えたりしただけで、片っぱしからアタシの兵隊がオシャカにされてんだよ!?
クッソ!!こりゃ一体どーいう仕組みだよ!マジでふざけんなよっ!!」
これに、己の中に確かに内在する獰猛過ぎる凶暴性とその罪深さに、涙すら溢(こぼ)して愁傷(しゅうしょう)・羞恥するユリアが
「あの、私ってば……うんざりするほどに根がとっても残虐で、人を壊すことに天賦の才があるみたいなんですぅ。
うぅ……マリーナさん、シャンさん。私、もう二度とお酒を飲みたいとかいいませんから……」
恐ろしく怨めしい眼で仲間達を見上げた。
マリーナは血の気の退いた美しい顔を上げて、腕を後ろに組んで、サッと姿勢を正し
「オ、オスッ!ユリアさん!!なんかバッチシ分かってもらえたみたいで、ジブン等嬉しいっス!」
としか言えなかった。
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