163話 炸裂!ミニチュアユリア砲
このちょっとした噴水ショーのごとく、そこかしこで発泡しまくる果実酒にまみれたミニチュアユリアを見つめるマリーナは
「アララララ……。アレッてさ、どー見ても何かの酒、だよね?
アハッ!見て見て!あのチッコイユリアったら、もうドラクロワみたいにラッパ飲みしだしたよ。あらまーホントいい飲みっぷりだこと。
しっかしユリアに酒とくりゃ、コリャタダの、あー美味しかったー、じゃ済まないだろうねぇ。
アハッ!もうどうなってもアタシャ知ーらない、と」
女にしては広い肩をすくめて、お手上げとばかりに首を横に振った。
プラチナ色のショートボブの雪の肌のアンも、まるで何かの封印が解けたように、思う様に一気飲みを繰り返す飲んだくれ娘を見下ろして
「あらあら、まぁまぁ」
と、少し前に出た口許を押さえた。
その姉も同様にミニチュアユリアを覗き込み
「あのユリア様ったら、早、もう三本目を手にされましたわ。ウフフ、あの豪快な飲みっぷり、ドラクロワ様を彷彿とさせますわね。
そういえば、普段の夕食(ゆうげ)の際に、ユリア様が食前酒を召し上がられるのを拝見したことがないように思います。
私共が時折アブサンをいただいていても、ユリア様は必ず林檎のすりおろしジュースに蜂蜜とレモン汁を混ぜたモノでいらっしゃいますよね?
それが、あんなに酒豪ともいえる、イケる口であられたとは意外ですわね」
それが天へと「あ゙っ!」と果実酒の霧混じりの盛大なゲップを上げるのを見ながら言った。
対戦者のユリアも、それそれ!とばかりにうなずいて
「そーなんですよー!私だって、特におめでたーい席なんかでは、ほんの少しくらいは飲ませてもらいたいんですけど、なぜだかマリーナさん達が、お前は林檎ジュースにしとけって言って、ちょっとのお酒を飲むのも許してくれないんですよねー。自分達は美味しそーに飲んでるクセにー。
あっ、そーいえば、聖都ワイラーのお師匠様も葡萄酒を毎日違う本棚に隠していたり、毎晩の晩酌の時にも、私にはちっとも分けて下さいませんでしたねー。
とにかく、アナタにはお酒は合わないから一滴だって飲んじゃダメって。ウンウン、なんだかちょっと必死なくらいでしたねー」
小さな人差し指を顎に乗せて、日頃より感じていた違和感と、去来する小さな不満とを連鎖的に思い起こしていた。
シャンは、酒でぐしょ濡れのミニチュアユリアが粗っぽく二房の三つ編みを解き、ガシガシとその蜂蜜色の頭を引っ掻き回すのを見て
「フフフ……。なら良かったなユリア。なぜ我々が頑(かたく)なにお前から酒の類いを遠ざけるのか、その理由が今日ハッキリと白日の下に晒されるのだからな。
うん、そうだな。一応、アンとビス、それからザエサ達にも忠告しておこうか。
ここから先の代理格闘というモノは、まともな神経の持ち主には直視に耐えぬ、陰惨・凄惨極まりないモノとなること必至であろうから、それがすっかり終わってしまうまでは席を外すことを推奨しておくぞ。
フフフ……もっとも私にとっては見逃す手はない、どんなお芝居や歌劇を観るよりも、数段、血湧き肉躍る魅惑的な大血闘譜だがな……」
その上質なトパーズみたいな瞳はどこまでも澄み切っており、なにより嗜虐的な色に輝いていたという。
この閲覧注意の事前警告に、ザエサは気に入らないとばかりに緑の眉の片方を上げて
「はぁ?あんたなに言よん?あげに(あんなに)千鳥足になっとる代理格闘戦士が、あそこから武器もった200人の兵隊にどーやって勝つゆーんね?
酒飲んで、ぶち(大いに)酔っ払ったとこで、相変わらずリンチの中じゃー魔法が効かんゆーのは変わらんのよ?」
「ブシシシシ!そーだよそーだよ!もうとっくに詰んでるってコレ。
てゆーか、いっとくけど、オタラの私刑の町は、この200人の代理格闘戦士達をひとり残らず、ぜーんぶ無力化しないと勝ちって判定にはなんないんだからねー?
ボクの無敵戦士の黒砂だって、時々アイツ等に、ドカドカと乗っかられて負けそうになるくらいなんだからさー、それをさっきからずーとパンツ丸出しのあんな小さい女の娘戦士が、魔法なしでやってのけるなんて絶対にムリだねー」
確かにミニチュアユリアのミニスカート然としたその後ろは、何かの拍子に下着に挟まったままであり、その果実酒に濡れた左の尻の子熊の顔のアップリケは、依然として公開されたままであった。
「キャハハハハッ!んま、そーゆーこったから、この一戦は潔(いさぎよ)く、スパッと諦めて、この先のクソ延長戦で、このリンチ相手に誰がどう闘うかを考えた方が、まだなんぼか利口で、時間の有効活用ってもんだ。
ほうらっ!あれを見ろよ!いよいよリンチの本番でしゅーっ!!」
暴徒の先頭の塊から、麦わら帽子に縞模様のシャツ、ヨレヨレの茶色いズボンの腰の曲がった痩せた老人が、手にした牧草集めの錆びた長柄のフォークを構えて歩み出たのを指差した。
「あっ!小さな私!だ、ダメですよ!?相手は普通のお年寄りなんですからね!?
この間の婦館にいた超戦士ザバルダストさんとは全然ワケが違うんですよー!?
うーん。そ、そうです!何とかしてあの武器を取り上げて、優しく首の後ろでも叩いて、それでおじいさんには昏倒してもらってー、えと、それからそれから、他の人達にも同じようにして、なんとか被害を最小限に気遣いは最大限にして、皆さんを無駄に傷付けずに無力化出来るように頑張ってくださーい!」
対戦者席のユリアが極めて高難度のギリギリの譲歩案を投じた。
この無茶な戦闘指揮に、盤上のミニチュアユリアは少しうつむいているので、ガシガシと乱れさせた前髪のせいもあって、対戦者席の篤厚(とっこう)の女神官からの指示に恭順か否かは全く以(もっ)て判然としなかった。
すると、この虚(うつ)ろな佇まいの代理格闘戦士はそれに応える代わりに、ただ無造作に、足元にて開封された新たな果実酒の瓶を拾い上げ、また逆さまにして幾らか飲み、それを力なく、コツンと真下に落として立てた。
そして、小さな手の甲で口元を拭ってから鼻をすすり
「こんのチキショーめ……。好き勝手に俺様の魔法を封じやがってよー。
俺様はなぁ、元来、剣とか棒を、ブンブンブンブン振り回すよーな、そんなバカっぽい脳足りんな戦い方しか出来ねぇ奴等なんか、みーんな軽蔑して遥か下に見てんだよ。
大体よ、尊(たっと)い人間様が畜生とか魔物に勝っている部分はなんだと思ってんだぁ?
まぁ言うまでもねぇが、こかぁあえて言ってやるよ!そりゃあな、叡智だよ!優れた頭脳だよ!高等な魔法をよゆーで行使する知性だろーがよっ!?
それを熊やゴリラ、果てはオーガー(鬼)、トロール(巨人)達を相手に、それらに負けじと体を鍛えてどーすんだってーの!!
そこはどー考えても魔法だろ!魔法っ!!なーんで知能の欠片もない奴らとおんなじ土俵に立って、ウホウホ!フンハッ!て感じで、鉄の武器ブンブン振り回してんだよっ!!?
ホンット昔っから、真顔で戦士とかアサシンやってる奴らがマジで意味が分かんねぇっ!!
テメーらまとめて原始人かっつの!!てか原始人でも弓使うからよー、もうそれ以下の野人!つか原人じゃねーか!!
つー訳でよー、こーして人間らしー魔法を封じ込められたら、そんな頭空っぽな奴らみたく、無様に手と足で闘うしかねぇじゃねぇか……まったくメーワクな話だぜ!」
と、くだを巻くように喚(わめ)いては本音と持論とを展開して見せたのである。
無論、これに大剣を振るう女戦士マリーナ、ケルベロスダガーを振るう女アサシンのシャン、そして鋼の六角棍のアンとビス達は、挙(こぞ)ってその顔から人間らしい表情を消失させて、恐ろしく冷やかな目となり、頭ひとつ小さなユリアへとそれを突き刺した。
「へっ!?ちょちょちょ!ちょっと何なんですか?あの小さな私!
えっ!?ホント何を言ってるんです!?あーあー!わかんない!全っ然言ってる意味が分かりませーん!!」
対戦者席の素面(シラフ)のユリアは両耳を押さえ、激しく頭を振って喚(わめ)く外なかった。
「へぇー。コリャだぁーもすいませんねぇ。
アタシ、今日も元気な原人メスゴリラこと、ウホウホのマリーナでーす」
「フフフ……。その無様な仲間の野人のシャンだ」
「ユ、ユリア様?常日頃から私達のことをそんな風にお考えだったのですか?
あ、私、無骨な鋼鉄の六角棒を、フンハッ!のアンです」
「ユリア様ヒドイ!脳足りんなんてあんまりですわ!!
えーと、同じくスキあらば鈍器でハッスルの原人ビスにございます」
これらの怒りとショックにひきつった謎の自己紹介に、小さな頭を抱えて黄色い水晶の横辺りに突っ伏したユリアは、この予期せぬ展開に困り果て
「っんきゃー!!な、なんなんですかコレ!!?
だだだ、だから違うんですってー!あそこの酔っ払いの代理格闘戦士の言ってることは全部デタラメなんですー!!
お願いですから、あの小さな私を私本人と混同しないでくださいよー!!」
必死になって己の無実を訴えたが、この度のドラコニアン保有の代理格闘遊戯盤とは、水晶玉に触れた者をそっくりそのまま、少しのアレンジもなく、余すことなく描出するだけのモノでしかなかった。
さて、そのユリアの偽らざる、甚(はなは)だ罪深き本音の暴露を他所(よそ)に、盤上の乱狂老人が突き出したフォークの鋭い四つの先らが、空を裂いて酒乱美少女戦士の喉元へと伸びたのである。
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