165話 なぜか病んだ娘ほど美人だったりする

 こうしてミニチュアユリアは

 「オッスおらユリア!!いっちょやってみっかー!?」

 「ひじを左わきの下からはなさぬ心がまえで、やや内角をねらい、えぐりこむように打つべし!」

 「オラオラオラオラッ!」

 「無駄!無駄!無駄!無駄ッ!!」

 「ほあたぁっ!!」

 「駆逐しやる!!この世から…一匹残らず!!」

 「わたしは一向にかまわんッッ!!」

 「てめぇらの血は何色だーっ!!」

 「遊びは終わりだぁっ!!泣けっ!叫べっ!そしてーっ!!」

 「アッチョンブリケーッ!!」

 「あなたにはクンフーが足りないわ!」

 などと意味不明なことを適当に甲高い声で喚き散らしながら、悪鬼のごとき形相で牙を剥く狂乱の暴徒の間を飛んで、その眼下に人間糸巻きみたいなのを大量生産してゆくのであった。


 そこには一切の手加減も、一欠片の憐れみもなく、若い妊婦から子供、また、グルグルと包帯を巻いた怪我人でさえも容赦なく破壊してゆく様とは、まさに修羅界を往(ゆ)く羅刹(らせつ)そのものであった。


 その一種軽妙とさえいえる蹂躙行動の凄惨さに、熱狂的恍惚のシャンを除く皆は激しく戦慄した。


 「お、おいおい……。どうなってんだこれ?とうとう二百の兵隊が尽きちまったぜ……。

 こ、このパンツ丸出しのクソチビ女、化け物かよ!?」


 「なんか、あれじゃね……。あの代理格闘戦士には、素面(しらふ)の魔法使いのまんまでやらせた方がナンボかえかったかも知れんねー」


 「こりゃスゴイねー。うん、素直に参ったよー。

 ハァ……なんかボク達、とんでもない人(しと)達にケンカ売っちゃったみたいだねー」


 ドラコニアンの姉弟等も、まさしく闘神と化したミニチュアユリアの絶望的戦闘力に完全にお手上げとなって観念し、私刑(リンチ)の町のそこここで、代理格闘戦士の退場の証である、ボンッ!ボンッ!と次々と炸裂する、あの黄色い人体発火を呆然と眺めるしかなかった。


 そして、私刑(リンチ)の街全てが爆炎の竜巻として燃え上がり、そして螺旋に火の粉を撒いて燃え尽きた後、独り蕭々(しょうしょう)たる荒野に手をついて  

 「うっ!!オエーッ!」

 バシャバシャッ!ビチャビチャ!と圧倒的な完全制圧の引き際さえも、どこまでもお下品に堕(お)としたミニチュアユリアが、同じ黄色の螺旋炎の柱となって盤上から消え去るのまでもを見送った。


 「さ、最悪ですぅ……」

 消え入りそうな声で呻(うめ)いたユリアは魔法杖にすがり、その頭に額を当ててうつむいた。


 「よーしっ!やったねユリア!これで勝負は二勝で、メデタク勝ち越しだよー!

 さぁて約束通り、悪いけどあのキレーな子供服は売ってもらうよー」

 マリーナが長い二本指を立て、嬉々として言った。


 ザエサは最早これまで、と諦念し切って深紅の肩をすくめ

 「ま、しゃーないねー。ウチらの細工した代理格闘遊戯盤で、こがいに(こんなに)徹底的にやられたんじゃー、はぁ(これは)もう悔しいをとーりこして呆れるわー。

 ん、負けは負けじゃ。あのドレス、今、包んで上げらーね。

 それより、あんたらは一体何者なんね?光の翼で空飛んだり、とっくの昔に滅びたウルフマンじゃったり、素手で二百人をズタボロのガラクタにするとか。

 ホンマただの女冒険者たぁ言わせんよ?」


 これにユリアとマリーナは目を合わせ、ここは任せる、とばかりにシャンに向いた。


 「フフフ……。自分で名乗るのはなんとも気恥ずかしく、面映(おもは)ゆい気もするが、我々はこの星の闇を永遠に払い、諸悪の権化たる魔王を討伐する為に運命によって導かれ、そして終結した''伝説の光の勇者団''だ。

 そうだな。お前達のように、冒険者達の懐具合を探っては、自分達に一方的に有利に働く賭けを持ちかけて、その敗者を意気消沈させ、その金品を根こそぎ奪うような者達を懲らしめるのが務めでもあるな」


 「んだねっ!」

 マリーナも言うことなし、とばかりに大きく首肯した。


 ザエサは唖然としたが、直ぐに、ハッと得心した顔となり

 「へぇー。そーなん。そりゃあウチらが負けるんも納得よねー。

 うんうん。なんかちょっと前にジュジオンに伝説の光の勇者様達が終結なさったゆーていよったんは、あんたらじゃったんね?

 こりゃ知らんかったとはゆうても、七大女神様達の第一の使徒様達に、ウチらエライ失礼なことしてしもうたねー!?

 もうこんなイカサマとか金輪際(こんりんざい)止めるけー、何卒許してつかーさい(下さい)!!」

 パンッ!と赤い手を合わせて女勇者団を拝むように言った。


 そしてカッツォを見て尖った顎をしゃくりつつ、メッカワに近付き

 「メッカワ!あんたも勇者様達にちゃんと顔を見せて謝りんさいっ!」

 妹の顔に被さった簾(すだれ)みたいな傷んだ緑の髪を掴み、頭頂部で束ねて一まとめにした。


 「や、止めてっ!!は、恥ずかしいっ!!」

 咄嗟に頭を振り乱して暴れ、姉の拘束から必死に逃れようとするメッカワであったが、終始、顎まで伸びた長い前髪というベールに包まれていたその顔が露(あらわ)になった。


 それはザエサによく似ていたが、その姉の顔から小生意気さと意地悪さとを徹底排除した、同性のマリーナ達すらハッとさせられたほどに、なにか繊細な雪の結晶か硝子細工を想わせるような、なんとも可憐で愛らしい美少女の顔であったという。


 しかしメッカワが、ワシャワシャと荒々しく手櫛(てぐし)で以(もっ)て、キューティクルの崩壊した前髪を引っ張りおろした為に、それは直ぐに元通り隠されてしまった。


 このメッカワのヒステリックでひねくれた性格からは全く想像出来ない美貌の御開帳に、なぜかシャンの目が一瞬、ギンッと恐ろしいほどに鋭い眼光を放って煌(きら)めいた。


 「メッカワ……。お前は少し性格と言葉遣いとに難があるな。

 朝露・陽炎のごとくに儚く、そして貴重な美しい少女の時を、自らで悪戯(イタズラ)に汚すようなまねはもうよせ」


 「えっ!?ぐ、くうぅ……。は、はいぃ……気を付け、ましゅ……」

 メッカワは指を組んで歪(いびつ)な顔を形づくり、お得意の腹話術で食って掛かろうとしたが、シャンの眼を正面からまともに見るや、ギョッとして、その手を力なく下ろした。


 これをアンとビスが下唇の右を浅く噛んで、カチリと見たが、直ぐにいつものお澄まし顔に戻った。


 ユリアも、うんうんとうなずいて

 「そーですよ!メッカワさんは、せっかく、とーってもかわいい顔してるんですから、もっと他人(ひと)から愛されるような品性とか、おしとやかな素直さなんかを身に付けた方がいいと思いますよ?」


 「けっ!!お前みてぇに、生地が薄くなってくたびれた、ガキみてぇな熊のパンツでも履(は)けってか!?」

 メッカワが掃き捨てるように吐いた。


 「コラッ!メッカワ!あんた勇者様になんちゅう口ききよんねッ!」

 ザエサの鋭い声が飛んだ。


 そして、情緒不安定な妹の分も頭を深々と下げて詫び

 「あのドレスも光の勇者様のお仲間さんに着てもらえるゆーんなら、先代も浮かばれじゃろーし、本望じゃろうと思います。

 じゃけードレスのお代は要りません。そのエライ別嬪(べっぴん)さんのカミラーゆうお方に宜しくお伝え下さい」


 こうして、イカサマ代理格闘遊戯盤での熾烈な三番勝負は、ここに幕を閉じたのであった。


 さて、その世にも別嬪なる女児にしか見えない吸血姫カミラーと、その主君である闇の太守ドラクロワは、渓谷に挟まれるようにしてあるという、穢(けが)れた魔王崇拝の温床である悪逆無道なる凶街、''ヴァイス''を特定し、今やその街の重々しい鋼鉄の大門の前へと降り立っていた。


 「ウム。これがヴァイス、か……」


 と、谷の風に、バタバタと暗黒色の天鵞絨(ビロード)マントをはためかせ、唸るように言った主(あるじ)の声の音に、今すぐ小躍りで駆け出したいような、そんな悦びの感を必死に圧し殺したような響きと機微(きび)とを認めたカミラーは

 「はっ!魔王様を崇拝する街とは、人間族にしては実に素晴らしく徳が高く、模範的な街であるかとっ!!」

 と、これでもかとコルセットで引き絞った小さな細腰を折って言った。 

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