137話 一話判決

 こうして、光の勇者団とその従者等は金髪の美青年に導かれつつ、妖しげな個室の扉に挟まれた薄暗い通路を進んだ。


 館は奥へ奥へと向かうに従って、いよいよ煙草(タバコ)と香水の香りとが濃度を増し、それらはゆったりとした渦煙を巻き、左右の幾つかの半開きになった扉からは、長い煙管(きせる)をくわえた、絢爛豪華な礼服の前を、その扉と同様に半開きにし、そこから下の素肌を露(あらわ)にする、背の高い美しい男達が、あえてこちらが覗くこともなく垣間(かいま)見えた。


 そして、その腕を掻(か)き懐(いだ)くようにしてしなだれ掴まる、殆(ほとん)ど妖怪変化を想わせるような、どギツイ化粧の老婆が、まるで若い男の精気を吸う、貪婪(どんらん)なる幽鬼か怨霊のごとく、それぞれの美男にもれなく寄り添いつつ、それに取り憑くようにして佇(たたず)んでいた。


 それらの老婆達は皆が一様に、先(ま)ず、この館に存在する礼服の美男達のどれをも遥かに凌駕する、魔王ドラクロワの魔性の美貌に恍惚茫然となり、それから直ぐに、それに後続する女勇者団の場違いなる若さと美しさに目を留めるや、嫌忌と羨望とが入り交じった物凄い視線で怨めしそうに睨んでくるのだった。


 女勇者団とその従者等は、ここに漂う濃密にして淫靡なる性的な眩惑(げんわく)アロマと、常客達の放つ限りなく殺意に近い、猛烈な敵意とにあてられ、正に瘴気(しょうき)渦巻く魔界を行軍するかのごときであったという。



 そうして長いこと歩かされ、魔王とその一行は淫猥(いんわい)なる官能の館の最深部。

 そこの執務室へと辿り着いたのである。


 そこは事務を執(と)り行う部屋、というには余りに異(い)なる様相であった。


 その二十坪ほどの領域に踏み込んで先ず目につくものは、最奥の壁際に横たわる巨大な樽木(たるき)、いや、白い分厚い樹皮が丸まった、がらんどうの大香木の寝姿であった。


 そして、それが放つ妖美なる芳香に噎(む)せ、目を上に向けると、天井から五月雨(さみだれ)のように下がる、繊細なるガラス細工の線があり、その極めて美しい暖簾(のれん)の密集が飾り燭台の香り蝋燭の灯(あか)りに照され、まるで自発光生物の満ちる深海か、水晶の洞穴にでも迷い込んだような、そんな幻想的錯覚を覚えさせられた。


 そして部屋の中央には、その真鍮の燭台が十基ほど灯(とも)る、見るからに高級木材の大机が置かれ、そこに座したひとりの男を照らしていた。


 この座高だけでもかなりの長身と分かる、恐ろしく壮麗なる金刺繍の漆黒の襟高(えりたか)ローブを纏(まと)った、僅(わず)かに長い首の上に黄金の長い頭髪を高く結って、そこに翡翠の簪(かんざし)を無数に差しとめた、鋭敏知的な顔の美男子こそ、この"フリュース・デュ・マル"の長であるバラキエル=イグニスタスであった。


 その男は、またドラクロワとは分野の異なる、なんとも言えない妖しい美貌をもっており、不思議と白狐のような、いや白蛇のような、そんな人の美しさから離れた、どうにも例えようもない化生(けしょう)・あやかしのごとき神秘的情調(オーラ)を放っていた。


 女勇者団とアン、ビス等は、思わずその夢幻優美なる美貌に茫然となった。

 いや、正確には、カミラーとシャンとを除く者達が。と言うべきか。


 

 ここまで導いた先の受け付け係の美青年は、圧倒的美貌のバラキエルに一礼し、静かにその顔の左に寄り、ドラクロワ達の身分を紹介しようとした。


 が、そこに、この空間で最も美しい闇の太守が、カッカッと歩み寄り、バラキエルの翡翠色の瞳を見下ろし、そしてやにわに

 「俺の名はドラクロワ。この光の勇者団の筆頭である。

 今日はお前に用があってやってきた。


 ウム。お前は今年で四十を越える、ここの長で間違いないな?


 俺は、くどくどとした挨拶や、詮(せん)無き世間話、前置き等を好まん質(たち)でな。

 ゆえに、これより話は初めから抜き身でゆくことととする。


 また、少し長くなるが、お前達の放つ、へぇとか、はぁとかは後でまとめて聴いてやるから、暫(しば)し黙って聴くがよい。


 さて、何処から話すか……。


 ウム。そうだな、娼婦の片親に育てられたお前は、二十年ほど前、この都に漂い流れ、これら色若衆を寄せ集めての商いを始めた。


 その頼りになるものも、すがるものもない人生の駆け出しの折に、ある身なりのよい、怪しい風体の者により商売運を開くなら効果覿面(こうかてきめん)であると唆(そそのか)され、若かりし頃のお前は、その甘言に一縷(いちる)の望を託すようにして、言われるがままに、自らの背に蛸(たこ)か烏賊(いか)の頭を持つ、鼬(いたち)か狐の刺青を彫る。


 その気色の悪い刺青の効能に、初めこそ半信半疑であったお前だが、その施術が完了してからというもの、この都とその近隣にて欲望と金銭とを溜め込み、正にはち切れんばかりであった者等を顧客として獲得・取り込んだ結果、お前の商いは出だしから万事順調の上り坂となった。


 こうして、正しく先の男の申した通りに、背の刺青ひとつで運は大きく開け、結果、確かに順風満帆となり、それこそ気味が悪くなるほどに難なく大金が流れ込んできた。


 そうして、お前は一代にして、この通りに背徳なる欲望の不夜城を築いた。


 だがお前は、この爛(ただ)れた商いの棟梁(とうりょう)に似ず、今は亡き母親の影響か、はたまた商売の更なる隆盛・繁盛を祈願してか、七大女神達への信仰に篤(あつ)く、この二十年というもの、母親の命日であり、有り難い刺青を完成させた"満月の夜"というモノを運命転換の吉兆であるとして特別視し、天に望月が輝く度、その夜の明けるまで、香を焚いての祈祷を欠かしたことはない。


 だが、それが件(くだん)の望月魔人を産むこととなるのだ。

 

 お前の商いの本尊(ほんぞん)と呼んでもよい、その極めて趣味の悪い刺青。

 それを彫るようにと助言した怪しい男こそ、彼(か)の邪神の手先にして、主人(あるじ)が星の彼方より戻るまでの間、お前の背中を肉の隠れ家にしようと、超古代魔法を駆使して自らをそこに宿らせた者であったのだ。


 だが、お前の捧げる、聖属性の最たるものである七大女神への渾身の聖歌と祈祷とは、邪神配下の奴にとっては堪(た)えがたき浄化の儀式であり、その間だけはお前の背中より這(は)い出て、夜遊びの女を斬るという、歪んだ欲望の赴(おもむ)くままの夜狩りへと出向くこととなる。


 何故だか、この星に残留された邪神の遺児・兵士によくあることだが、奴等は邪神より、我が戻りし日までは、目立った行為は避け、隠遁(いんとん)していよ、と指示されている事が多い。


 そこで、そのご多分に漏れぬお前の背に宿る古代妖魔は、ない頭で邪神からの絶対の命令の逃げ道を必死に模索した末に、"弱者を蹂躙(じゅうりん)したい"という暗い欲望を開放しようとも、それが殺人に至らねばこれ問題なし、と自分本意で身勝手な解釈・判断する。


 そして、恐らく邪神軍団の軍医か拷問官であろうヤツとしては、人体の何処をどう切れば絶命に至らぬかを心得ており、その凄まじい切れ味の手刀にて女共を切り裂き、その余りに精妙なる切れ味に、確かにある程度の出血はあるものの、その切り口は忽(たちま)ち塞(ふさ)がることに留意し、もしもの時の為の逃げ口上の活路を見出だしたのだ。


 これは余談だが、それらの被害者達に遊女・踊り子が多いのは、それらの人種が皆一様に貧しく、また夜行性という特質上、客を求めて、否が応にも夜道を歩かねばならぬという性質に基因する。


 また、お前の娼婦だった母親を想う強い心が、一身の共存者たる背中の妖魔へと共感・共有的に伝播(でんぱ)され、そういった生業の女に古代妖魔の意識が向いた結果である。


 ウム。以上の内容から、この都に蚤(のみ)害虫のごとくに跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)せし望月魔人とやらの暗躍を絶(たや)す為、これよりお前を背(せな)の妖魔諸(もろ)とも両断することとする。


 ここまでの俺の話に、お前にも幾らか心当たりがあるはずだ。

 お前も、お前とその一党を溢れるほどに富ませたこの都を愛する民の一員にあらば、この場にての断罪。異論はあるまいな?」


 こうして、コーサによる怪事件の解き明かしの全貌を語り終えたドラクロワは、執務室の全員が目を剥くのを他所(よそ)に、ジャーッと不吉な鞘鳴りを響かせつつ、漆黒の魔剣"神殺し"を抜刀したのである。 

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