67話 人と話すときは被り物は取りなさい

     「リウゴウ!?」


 女勇者達とアンとビスの二人も、女神官のカキアにつられるように、思わずその名を口々に唱えた。


 バッテン傷の女神官は、位階従一位の左神官長の直々のご登場に、畏れのあまり震える喉を何とか押さえ付け

 「リ、リウゴウ様っ!こ、この方々は正真正銘、本物の光の勇者様達です!

 私はこの目で、こちらの勇者様が、なんとウィスプ様の精神魔法を自らの理力で打ち破るのを見たのです!!

 ど、どうか信じて下さい!あれこそは正しく奇跡!伝説の光の勇者達にしか行えない奇跡でしたっ!!」

 痙攣して収縮する肺に負けるものかと、女は声を搾り出すようにして叫んだ。


 その真摯な誓いの吐露に、枯れ花とターコイズとで飾り付けられた、鹿の頭骨を被ったようなリウゴウの隣に立っていた、嘴(くちばし)も鋭い大鳥の骸骨をひっ被ったような、闇色の細いローブ姿が、ズイッと一歩前へ出て、ツルリとした丸い白骨の頭を慇懃(いんぎん)に垂れて

 「こんばんは。勇者様方、お初にお目にかかります。私は、リウゴウ様の側近のレイバラと申します。

 左神官長は東の深森のエルフ族の出であられますので、少しクセのある言葉を使われます。

 そこで僭越ながら、これよりは私ともう一人が言葉のやり取りさせて頂きますが、宜しいでしょうか?」

 このレイバラと名乗る痩せ方は、立ち上がったマリーナと同じくらいの170㎝ほどで、分別のありそうな、上品なやさ男を想わせる声音(こわね)であった。


 リウゴウ達三名は、突如として戸口前に音もなく、何やら怪しい風体で死神のごとく出現・佇(たたず)んでいたので、女勇者達は自然とそれぞれの武器へと手を伸ばしていた。


 だが、レイバラの穏やかな声の調子と、その意外なほどの礼儀正しさとに肩透かしを喰らったようになり、女勇者達と神官位の双子はスッカリと毒を抜かれ、お互いを見合って困ったような顔になった。


 その戸惑い色の空気を歯牙にもかけぬ者が居た。

 それは貫禄ある、この空間でぶっちぎりの年長者、五千歳のカミラーであった。

 その青い毛細血管が透けるような白い顎をしゃくられたシャンは、フム、と僅かにうなずき、静かに背筋を伸ばして、ツイと細い首をもたげ

 「そうか。これはこちらも初めまして、だな。

 先の自己紹介痛み入る。我々は光の勇者の一団で、私がシャン、こちらがユリア、そしてマリーナ、カミラー。それから仲間のアンとビスだ」


 女バンパイアを除いて、座席の女達はそれぞれ順に、ペコリと頭を下げた。


 更に女アサシンは代表を続行し

 「先ほど、そちらのリウゴウ殿が号外を見たと言われたが、そうなると、やはり私達の事を偽物の勇者団であると思っていられるのか?」

 この女アサシンもカミラー同様、少しも揺らいではいなかった。


 リウゴウの左隣、大型冷蔵庫に闇色の風呂敷を被せたみたいな、顎の大きく発達した類人猿の頭骨を被った巨漢が、その死の香りが立ちこめるような、不吉な白い頭を左右に緩やかに振り

 「私はガラサンタと申します、以後お見知りおきを。

 あの号外にございますが、私達は聖コーサ様の下された、あの突然の処刑宣告には、全く納得しておりません」

 こちらは、暴力的なほどに内側からローブを盛り上げる、小山のような巨躯の野性的大迫力を大きく裏切るような、まるで可憐な少女を思わせる、耳にも愛らしい、透き通るようなうら若き声であった。


 女勇者のパーティは、またもや仲間内で視線を交えたが、直ぐに大猿の骸骨を見上げた。


 違和感を持たれることには慣れているのか、一息置いたガラサンタが続ける

 「少し前に王都にて、大陸王ガーロード様と教皇様が、ある勇者の一団を公式に救世勇者団として認められた事は、当然、私共の耳にも届いております。

 ですが、聖コーサ様は、その教皇様の遣わされた正式な勅使の認可報を、聖女たる自分は七大女神様達よりそのような御神託を承けた覚えはない、と一喝してはね除けられました。

 更にそれだけに止まらず、今後、聖都ワイラーは中央枢機卿院とは独立した、聖別された特別聖教街区として機能すると宣され、明確に正教会とは袂を分かつ事を発表されました。

 これには私達、西の中神殿としては正しく寝耳に水であり、リウゴウ様は、今度(こたび)の伝説成就の論争には、未だ声明を控えておられるところにございます」


 聖都ワイラー、その内部不一致という現状を静聴していたカミラーは、真正面からリウゴウの黒い洞穴のような眼窩(がんか)を見据え

 「では、お前達としては、わらわ達が真の伝説の勇者団であるやも知れんと、少なからぬ希望を持っておると、こういう訳じゃな?」


 角鹿の乾いた頭骨が「そうだす」と、乙女のような声で短く応えた。


 こめかみに聖なる金印の五芒星を焼き付けた、大鳥頭のレイバラも、傍らでうなずいて、それに同意を添え

 「その通りにございます。これまで私達、西の中神殿としましても、聖典の追筆を含めた、二十数年前より突如として始まった、聖コーサ様の反教皇院の姿勢と独断に異議を示して参りましたが、それらは何一つとして、全く以て取り合われず、それどころか中央区大神殿に対する叛意ありとされ、聖女様の古代魔法により、産まれし日より七大女神様より賜った肉体を人質に取られ、このようなおぞましき姿へと堕(お)とされたのでございます。

 そこで我等、ワイラーの南と西の信徒は、この聖都を元の清浄な信仰の拠り所に戻すべく、今日この日より、伝説の光の勇者様方に身を寄せる事をここに誓います。

 これよりは皆様と共に聖女様の元へと上り、そこでいかなる局面を迎えようとも、この聖都ワイラーに光を取り戻すため、この身を捧げる所存にございます」

 三つの闇色の呪われしローブ達は、その言葉を宣誓として、一斉に膝を折って、大食堂の床に骨の両手をつき、光属性の女勇者達へ平伏した。


 その信仰を貫いた、悲しき哀れな末路を目の当たりにした女賢者ユリアと、神官位のアンとビスは、双眸(そうぼう)から溢れる涙を抑えることが出来なかった。


 マリーナも恐ろしく険しい顔で、猛る雄牛のごとく鼻を鳴らして

 「へぇ。そーりゃ酷い話だねぇ。なんかそのコーサ様ってさ、スッゴい魔法を使うのかも知んないけどー、話だけ聴くとやりたい放題じゃないか!

 えーと、そういうのってなんつーんだっけ?えー、あぁそ、背教っつーの?なんかそんな感じだね!!?」


 シャンは最高級のトパーズに似た、妖しいほどに澄んだ美しい瞳をふせて、それにうなずき

 「そうだな、マリーナ。コーサとは、そんな"感じ"ではなく、明らかに背教者だ」


 マリーナはそれに不敵に微笑み

 「じゃ、そういうことならさ、アタシ達光の勇者のやれる事といえば?」


 「コーサめの成敗、じゃな!」

 美しい幼女にしか見えない女バンパイアは、掴んだ長大な朱槍の石突(いしづき)で、ドンッ!と床を叩いた。  

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