52話 じゃ、神殿じゃなければOK?

 初戦黒星の魔王と女バンパイアは、再び作戦拠点である「白鳩亭」の食堂のテーブルへと後退していた。


 反コーサ派の主要メンバー、コックのアランは椅子に仰け反るドラクロワに、気を遣うように恐る恐ると近づき、大きな掌の背を口にあて

 「ねぇねぇドラちゃん。な、なんでカミラーちゃんたら、帰ってきてからずーと泣いてるの?

 そうそう、夜警の神官達はいた?

 あっ!?もしかして!?カミラーちゃん、アイツ等になにかされたのね!?

 あの変態達……こんな小さな娘にイタズラしたのー!?

 ゆ、許せない!!許せないわー!!」

 怒りのあまり、アランの大きな純白のコックコートが一回り膨らんだように見えた。


 魔王は直ぐ傍ら、すっかりメイクを落とし、いつものピンクのロリータファッションに着替え、さめざめと泣く小さな女バンパイアを眺め

 「ウム、神官等とはそこの大通で会った。

 だが、断じてこいつはなにもされてはおらん。

 それこそ指一本触れられなかったな。まぁ、逆にそこのとこが辛かったのであろうよ。

 ふむ、余り触れてやるな」


 激昂のあまり起立したアランは、分かったような、そうでもないような釈然としない鬱血した顔で席に戻って

 「そ、そう。乱暴はされなかったのね?

よ、良かったわ……。

 もう帰っちゃったけど、一応みんな心配してたのよ?

 で、次はどうするの?ドラちゃんのお仲間さん達、まだどこに居るか分かんないんでしょ?」


 その時、ピンクのハンカチで目元を押さえていたカミラーが、腫れた眼の顔を上げ

 「ド、ドラクロワ様!魔法は、あの探知魔法はいかがでしょうか?

 以前に、あの低知能者ユリアが、私達が黒獅子亭の地下におりましたのを見付けたおりに使っておりました、あの親しい者等の波動を探知して触媒を光らせるという、あの程度の低い魔法にございます!」

 

 魔王は、もの珍しそうに、ジッとテーブル上の真鍮硬貨を見ていたが、カミラーの進言に、綺麗に研かれた紫の爪の右手親指で自らの胸元、自慢の黒い瞳のようなペンダントを差して

 「それならもう試しておる。あの探知魔法は何らかの触媒に魔法をかけ、脳裡に親しい者の顔、姿を思い描くことにより、その者のいる方角、距離によって光の色、強さが変わるという本来はかなり便利なものだがな。

 このペンダントを見ろ。少しも、それこそぼんやりとも光らん。

 どうやら俺は、探す対象であるあの三色馬鹿娘等のことを少しも親しいとは思っておらんらしい。顔などちーとも思い出せんしな。

 そうなれば、この魔法はなんの役にも立たんようだ。

 さて、どうしたものか……」

 そう言った魔王の顔は、特にどうする気もなさそうであった。


 カミラーはカミラーで同様に

 「では、私めの私物にそれを、その探知魔法をおかけ下さい!」

 というほどの自信もなかった。


 ドラクロワは何もかも面倒くなったようにタメ息を吐き

 「ではあれだ、作戦どうこうではなく、直接大神殿の破壊に向かうか?

 真正面から大神殿に向かい、侵入し、手当たり次第にそこらを破壊しまくって、主要な柱の幾つかを爆破してしまえば、いかな巨大建造物であろうとも灰塵に帰すであろう?」


 アランはその適当過ぎる思い付きに、大きな頭を真横に振って、頭頂のリボンを震わせ

 「なんだかそれって、スッゴいスッキリしそうだけれど残念、ダメなのよー。

 もしもドラちゃんがとんでもない大魔導師さんで、それが実現可能だったとしても、それはそれで困るの。

 確かに独裁者のコーサ様は退治してもらいたいけれど、この星の人間はあたしも含めて、みんな七大女神様の信奉者なのよ。

 女神様や、みんなが建てた神殿自体には何の罪もないの。

 それに、あの大神殿があるからこそ、巡礼者達がこの街で宿泊したり、お買い物をしてくれたりと、ここでお金を落としてくれることでワイラーが潤っているのも事実だしね。

 さぁ困ったわねぇ……」


 ドラクロワはワイラーに暮らす者達の色々な事情を聞いて、いい加減面倒臭くなって来ていた。

 

 「では、処刑の日まで待って、直接処刑場を襲うか?」


 カミラーとしてはそれで不満はないらしく、無言で何度もうなずいている。


 だがアランは心配気な顔になり

 「えー?でも、突然乗り込んで行っても、神官達がドラちゃんのお仲間さん達を人質に取ったらどうするの?

 それより、ちょっと大事な事を聞いていいかしら?

 そのお仲間さん達って女の子ばかりって言ってたけれど、その……カワイイ娘もいるの?」


 ドラクロワはその質問の意図するところを理解出来ず、さもどうでも良さそうに

 「あぁ、あの五人共か。戦闘力もたいしたことはなく、揃ってすこぶる頭も悪いが、唯一、見てくれだけは良いな。

 だが、それがどうした?」

 正しく、今なぜそんなことを聞く?という顔だった。


 アランはドラクロワの答えに急激に顔を曇らせて

 「だったら大変!!一刻も早くなんとかしなきゃ!

 夜警の神官達もだけど、特に神官長はとんでもないスケベさんなのよ!?」


 魔王と女バンパイアは普段あまり聞かない言葉に思わず

 「すけべさん、(じゃと?)だと!?」

 と聞き返した。




 ワイラー東区。


 この区の中央にある四つの小神殿を線で繋げば正四角形となり、その丁度真ん中には中神殿が築かれていた。


 所在不明であった女勇者達とアンとビスは、ここの地下牢に拘留されていた。


 この東区中神殿の管理責任者は、ワイラー神官特別位階、その従一位(二位ということ)。右神官長ラアゴウあった。

 彼と左神官長リウゴウの上は、もはや正一位、聖コーサのみであり、事実上この一帯を東西に分けて治める副王の立場にあった。

 

 このラアゴウという男は二メートル半を超える、ほぼ球体と形容出来るほどの贅肉の巨塊であり、色白の39歳。

 外見は、ほぼモンスターといっても過言ではなかった。

 その一本の頭髪も見当たらない頭皮は油で滑(ぬめ)っており、女神聖典で明らかに禁じられている、無軌道な色欲というものを少しも抑えようともしない、正に肉欲の化け物である。


 先ほど地域の巡回を終えたばかりで、たった今このねぐらに帰ってきた。


 その耳は、つきたての餅のように肩辺りまで垂れ下がっており、耳たぶには黄金の玉が皮下に埋め込んであり、窓ガラスに押し付けたような顔の醜男を気にしてか、まるで娼婦のように濃い化粧をしていた。


 癖なのか、なぜか特に外傷のない左目を常に閉じており、眉のない黒い右眼をギョロギョロとさせている。


 中神殿の床をベチャ、ベチャと裸足で歩き、玉座のような巨大な銀無垢の粗削りで歪(いびつ)な座椅子に、その200㎏の巨体を預け、丸々とした手の指先で何かの肉を裂いては、忙(せわ)しく分厚い唇の隙間の奥へと放り込んでいた。


 食いしん坊の右神官長は、北区と東区の夜警神官達を指揮し、それらに権威を与えて神官等のやりたい放題を許し、殺人以外は何をしようが野放しにしている。


 死後の世界を導く法力があるとされる神官等には、一般人は逆らえない。

 その恐れを理解し、最大限に利用しているラアゴウは、ワイラーの神殿権威の腐敗の一角を担っているといえた。


 その為、商人ギルド達の反コーサ派のみならず、街の者達からさえも陰では「色欲の豚王」と呼ばれている。


 今、ラアゴウの純白シルクの僧服から生えた、優に成人男性の一抱えは有りそうな肥え太った脚の先には、白装束の五人の軽装鎧、北区の夜警神官等が地に膝を折って固まっていた。


 その一番前で尖った巻きターバンの頭を垂れている、爬虫類系の顔の三白眼、北区夜警頭ジラールが顔を上げ 

 「ラアゴウ様!教区巡回のお帰りでお疲れのところ、失礼致します!」


 ラアゴウは、傍らの僧服姿のほっそりとした女神官の抱える銀色の大きな瓶に、細い金の腕輪の手を突っ込んで引っこ抜き、握ったスポンジらしき物から赤い滴をしたたらせながら、それを口へと持っていき、ザーッと口内に葡萄酒を絞って落とし

 「げっぷうーっ!ホントに疲れたよー。いい加減この巡回の務めは誰かに譲りたいものだよねー。

 あー、でも新しい女の子の開拓には巡回は欠かせないかぁー。

 それでなにー?ジラール君。あっ!カワイイ娘でも拐ってきたぁ?

 でも、この間みたいにブサイクとか中古の女だったらボクもそろそろ限界だからねー?」


 ジラールは浅黒い顔を上げ

 「はっ!いつぞやは大変に失礼をいたしました。

 しかし、この度手に入れました女共には、部下は一切手を付けておりませぬのでご安心下さりませ。

 しかも今回は色とりどりの乙女等が、なんと五人でございます。

 この女共、先の号外の罪人にございまして、すでに処分が確定しております。

 つまり、ラアゴウ様がどのようにお楽しみいただいても、二日後には使い捨ての決まっております身でございまして、少々乱暴にお使いいただいても心配は要らぬということになります」


 顎が贅肉に埋もれ、肩までなだらかな山型となった右神官長は、右の目玉をギョロギョロとさせ

 「おーいジラール君!そ、そういうことは大きな声で言うもんじゃないよー!?声が高い!高いよー!

 それにしてもー、今言ったのってホント?ホントにホント?フヒッヒ!嬉しいなぁー!!

 もしジラール君の言う通り、その罪人達がホントにカワイイ子達なら、北区だけじゃなくて東区の警備もまとめてぜーんぶ君達に任せちゃう!!

 ねぇねぇ?牢まで歩くのは面倒なんだー。ここに連れてきて来れるかなー?早く見たい見たいー!」

 期待に足をバタバタとさせる39歳。


 ジラールは再びターバンの頭を垂れて

 「はっ!では直ぐに!」

 

 ずる賢い彼にとって、ラアゴウのせっかちな指示などはすでに予想済みであったらしく、通用門から神官等に引かれたユリア、シャン、マリーナ、アンとビスが揃いの黒い手枷、足枷の姿で現れた。


 女勇者達、ライカンの双子達は全員、綺麗な白装束に着替えさせられ、眼が虚ろなことを除けば、いつもより品よく化粧、耳、首飾りなどを施され、洗った髪にもよく櫛が通されており、僅かに香乳の香りさえし、その手入れは上々であった。


 ラアゴウは片目を円くし、輝くような喜色満面の笑みで迎えた。


 「わぁっ!!すごいなー!ジラール君!キミ、やればできるじゃないかー!!

 うーんうんうん、みんな五人が五人とも外れなしの美人だなんてー、これはちょっとスゴいねー!?

 よーし!じゃあジラール君達!早速今夜から東区を自由にしていいよ!もうやりたいようにやっちやってー!

 ふひひ!いつも通り、殺人以外の責任は全てこのボクがとるからねー!

 いやいやホントキレイだなー!さぁーて、どの娘から味見しよう?!」

 誕生日に皆から玩具をプレゼントされた子供のように

 「ヘェー!ヘェー!」

 と、ユリア達の顔と身体を右目で代わる代わる舐め回すように見る右神官長。


 熱い鼻息を浴びるユリア達は、ジラール等の使った古代魔法により意識は朦朧とし、逃亡、反抗はおろか、まともに現状を把握することさえ出来ずにいた。  


 ラアゴウは、おっ!?と何か悪戯を思い付いた子供のように顔を明るくし

 「ねぇねぇ、ジラール君ジラール君!?号外にあった公開処刑ってさ?えーと、そう!確か磔にするんだよね?」


 ジラールはこの肉玉と付き合いが長いので、当然のごとくその思い付きを読んで

 「フフフ……はい。罪人等が、まかり間違って死んでおりましたとしても、一般の者等は遠目に見るだけ、それがもし死体であっても何ら問題はない、かと」


 ラアゴウはいよいよハツラツとして、丸い手を打ち鳴らし

 「うんうん!そうこなくっちゃー!!」

 

 傍らの女神官等は、ラアゴウの残忍な遊戯を連想し、縫い目だらけの顔をうつむかせた。


 その時、通用口から新たな白装束姿が飛び出るように現れた。


 「し、失礼致します!!右神官長様!ジラール様!た、大変です!!

 ハァッハァ!!き、北区の!ハァハァ……北区の夜警神官詰所が!」


 ジラールは振り返って、その神官見習いの青年を睨み付け

 「どうした?!ラアゴウ様の前で取り乱し、騒々しくしおって!!全く、見苦しい奴だ。

 で?北区の我等の詰所がどうした?木っ端微塵に吹き飛んだか!?」


 ラアゴウはジラールの冗談に、ブシシシ!と気味悪く笑った。



 若い神官見習いはそれに笑えず、ゴクリと喉を鳴らし、驚愕しきった青い顔で

 「なっ!?ジ、ジラール様!?な、なぜ……なぜにそれをすでに知っておいでなのですか!?」


 ジラールは一瞬、彫像のごとく固まり

 「はっ!?」


 右神官長から笑いが消えた。

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