51話 ドラクローズさーん!!
「白鳩亭」の一階、その食堂はランチタイム終了と共に、折り畳み式の横スライドのブラインドが真昼の日光を遮(さえぎ)り、神聖なる太陽を苦手とする魔王にとっては、涼しくもあり、幾分過ごしやすかった。
しかし代わりに、昨夜フラリと現れた、逆巻く炎、渦巻く亡者の怨嗟のような禍々しい曲線を描く、不気味な鎧と剣を身に帯びた、異様に美しいこの男を、果たして伝説の勇者として信じてよいものかと、あからさまな疑念の眼差しを送る、反コーサ派の商人ギルドの主要メンバー等は充分に暑苦しかった。
だが、当のドラクロワはそれらを歯牙にもかけず、昨夜からのお気に入り、ワイラー産の葡萄酒の瓶を逆さまにして味わっていた。
「ウム。では話をまとめるとこうか?
昨夜、この街の夜警の神官等に、まずマリーナが難癖をつけられ、この辺りの権力を掌握している大神殿の奴等相手に、あの三色馬鹿娘等は愚かしくも、少しの思慮もなく自らを伝説の勇者と名乗り、その怒りを買ってそのまま拘束された、ということか……。
フン、なるほど。確かにあの一級品の馬鹿達ならやりかねんな?」
鼻で笑って、傍らの小さなロリータファッションへ同意を求めた。
カミラーはピンクのカールの盛り髪頭を垂れ
「はっ。誠に、いつの世も馬鹿というものは、常に事態を最悪の形へと持っていきます。
ブフッ!!ド、ドラクロワ様、腹筋が痛みますゆえ、奴等の話題は何卒短めでご容赦下さいませ。ヌフフフフ……。痛たたた!
しかし、このまま上手くいけば、あの馬鹿娘等は三日後には処刑とあいなりますが、いかがいたしましょう?」
他の商人達に混じって、勇者伝説に半信半疑で困惑していたアランであったが、少し考えて
「ドラちゃん、あなたってスゴーく強いってカミラーちゃんがいってたけど、どうやって仲間の人達を助けるつもり?
ドラちゃんは知らないだろうけど、大神殿の神官達は古代魔法ってゆう、魔法ギルドのモノとも、神聖魔法とも違う、見たこともない魔法を使うの!
それがあなた、またスゴいのよー!
この街に空から侵入しようとした飛竜(ワイバーン)の群れも、皆で何か唱えて楽勝でバタバタと落としちゃうしー、中央区の下水道に30メートル級の砂大蛇が湧いて出たときなんかも、やっぱりあっという間に丸焼きにしたんだってー。
だから、ドラちゃんが幾ら強いっていっても、あいつらを相手に公開処刑を止めさせて、コーサ様まで退治しちゃうなんて、流石にそんなの無理よねぇ?
確かに多額の献金を断って、コーサ様に潰されちゃった商店なんか、それこそ星の数ほどあるし、チンピラ神官達に財産を奪われたり、二度と人前に出られないくらい顔を焼かれたり、えと……あの、暴行されて……赤ちゃんが出来ちゃっ、」
そこで魔王が、瓶の蓋が固くて開かず、家族全員でそれを回したものの、一向に開かず「そうだ、そこの布巾を取ってくれ、いやこーいうのは上から蓋を叩くといいらしいぞ?」というような軽さで、ある思い付きを商人等に放った。
「そうか。では派手な服。女児用の物はあるか?
うむ、出来るだけ……いや、思い切り派手なモノがよいな。直ぐに準備してくれ」
アラン達は、彼の提案と要求が意図するところが皆目解らず
「派手な服!?じょじよう!?」
と怪訝な顔をお互いに見合わせた。
魔王の傍らで葡萄酒の瓶を抱えるカミラーは、それを聞いてイヤな予感しかしなかった。
さて、夕刻が過ぎて夜に移る頃、魔王は席を立った。
傍らには、わざとらしいくらいにケバケバしい化粧を施され、金属的な光沢のショッキングピンクの微細な鱗で覆われた、子供サイズの踊り子ドレスを着せられた上に、バッ!と扇型に幾重にも広がった、孔雀の羽飾りを背負わされた、黒い網タイツに真紅のヒールという、超ド派手な装いの小さな幼児体型がうつむいていた。
「あ、あのぅ。ドラクロワ様……。私、少々恥ずかしゅうございまする。
や、やはりこれしか、この方法しかないのでしょうか?」
店を出ようとしたところを呼び止められた魔王は、とても作戦機動前とは思えない、さも退屈そうな白けた顔で
「ん?カミラーよ、何度も言わせるな。
この作戦は、俺達が夜警の神官等にあえて逮捕され、三色馬鹿娘等の囚われた牢まで連行されて、しかる後にそこを破るという、そういう手はずであると申したであろうが。
そこで、まずは逮捕される為に、奴等が非常に好色であるというのを利用する、とな。
では行くぞ」
誰にも有無を言わせず、魔王は颯爽と白鳩亭のドアベル鳴らして表へ出て行った。
商人ギルドの女達から、恐ろしくきらびやかに着飾られた幼女らしき者は、少し遅れて続いた。
ドラクロワが述べた通り、女勇者達の繋がれた牢が神官詰所なのか、はたまた中小のいずれかの神殿なのか、それが全くもって不明な為、まずは逮捕されねばならないのだが、夜警の神官等が、何時、どの辺りに居るかまでは分からない。
二人は、アラン達から指示された大通りを中心に、日の落ちた北区商店街をあてどなく歩いた。
往来を行く者等は皆、カミラーの目が痛いようなショッキングピンクの光沢に振り返るが、その顔を見て直ぐに視線を反らした。
魔王はそれに満足そうにうなずき
「うむ。カミラーよ、やはり俺の睨んだ通り、お前の妖艶な姿に街はすっかり魅了されておる。
もう少し自信を持って歩かぬ、か」
前を行く、街灯の光を跳ね返す、ド派手な女児らしき者は、孔雀の羽が満開に咲いたランドセルの肩紐を引いて、その位置を整え
「はっ!私、このような装いは初めてにございまして、その……正直、畏れ多くも魔王様のご提示なされた今作戦に、針の先ほどにございますが、極小の疑念を差し挟んでおりました。
が、なるほど……市井(しせい)の者等の反応を見る限り、やはり魔王様の計略の恐ろしいまでの的確さと、己の浅はかさに気付かされ、ただただ畏れかしこむばかりにございます!
な、なにやら私、舞台女優にでもなったような気分にございます!」
カミラーは満更でもない次元を越え、完全にその気になって、はみ出して塗られた紅の唇を引き締めた。
魔王は突如爆裂して、噴火しそうになる笑いを必死に圧し殺し
「うむ。その意気よ!お前の持つ女の武器を最大限に利用するの、だ……」
その白い拳は強く、強く握られ、小刻みに震えていた。
カミラーは油断なく街を見据え
「はっ!!」
と、自分なりに小さな身をくねらせて目一杯通行人等を挑発し、「ウフン!」と小さな身体を反らしたが、ただ幼児体型特有のポコンと出た腹が目立っただけであった。
そして遂にターゲットは現れた。
前方25メートルほど先、果物屋の角から五つのカンテラが現れ、横並びに揺れているではないか。
その者等の街を睨む目、我が物顔で威圧感丸出しに肩で風を切って歩く様は、正しくアラン達から聞いた通りの風体であり、昨夜女勇者達を襲った夜警神官達であった。
ドラクロワは、前を歩かれるとくしゃみが出そうな山盛りの孔雀羽へとささやく
「ウム、あれがマリーナ達を捕縛した奴等に間違いない。
作戦の為だ。お前も魔王軍に名だたるラヴド家当主、魔戦将軍カミラーだ。
少しの屈辱、凌辱は覚悟し、見事耐えてみせよ。
なーに、作戦成功の暁には、奴等を共に引き裂いてくれる」
カミラーは、四重にしたゴージャスな付け睫毛(まつげ)をはためかせ
「はいっ!!このカミラー、魔王様よりお供を許された彼の日より、如何なる屈辱にも耐える所存でごさいました!!
今もその決意、微塵も揺らぎはいたしませぬ!!」
異様なオーラを漂わせる、美しい女児にしか見えない女バンパイアは腹をきめた。
さて、そのやり取りの間にも神官達との距離は縮まっていた。
先頭の異常に頭の大きなターバンの男、昨夜マリーナの両肩を外した組技の達人、男らしいを遥かに凌駕した、獣じみた巨漢が迫る。
「ん?旅の者か?見慣れぬ顔だな。止まれいっ!!」
瞬く間に五つのカンテラが「御用だ!御用だ!」と言わんばかりに魔王達を取り囲み、それらは容赦なく暗黒色の甲冑、夜目にも美しい魔王の顔、ショッキングピンクの女児らしき姿を照らしてきた。
そして、大きな頭のターバン男が早速、信じられないくらい太い指の掌を女バンパイアへと伸ばす。
カミラーは、ただでさえ白い顔に、更に白粉(おしろい)を叩(はた)き付け、メタリックブルーのアイシャドウ、目を異様に強調させたアイライン、恐ろしく高い鼻に見えるノーズシャドウ、その下の大きくはみ出したルージュの唇を噛み締め、大男の汚らわしい手、その撫で回しを覚悟した。
(こ、これも作戦の為じゃ!!し、しかし何処をどうなぶられるのか!?うぬぅ!!ええーい!!ままよ!!)
毛深い、大型類人猿を思わせる手が迫り来る。
「おい!」
そう呼びかけた巨漢の後ろからは、残りの神官達の下卑た笑いが響く。
美しい幼女にしか見えない女バンパイアは固く閉じた目を開き、鬼気迫るような恐ろしい顔で
「なんじゃ!?」
仲間を振り返り、ニヤニヤする巨漢は人差し指を下にして少し笑い、厳つい顔をこちらに戻し
「なんじゃ?ではない。どこの店だ?」
水面から飛び跳ねた、光り物魚のごとく煌めく、小さな踊り子服のカミラーは、その言葉に思わず顔をあげ
「ん?!み、せ?店とな!?」
男は大きな頭で首肯し
「お前達親子はアレであろう?んー、はーんとー……うん、チンドン屋!そうだ!チンドン屋だろう?
どこの店の開店の宣伝だ?新装開店か?何でもいい、我等はそういうことも把握しておかねばならんのだ、だからその店のビラを寄越せというのだ」
カミラーは愕然とし
「はぁっ!?ち、ちんどんやじゃと?!
ちちち、違うわー!!わらわは妖しくも男の劣情を煽(あお)りまくり、官能的に人身を惑わす、蠱惑で妖艶なる毒婦じゃ!とっとと罪なわらわを捕縛せい!!」
白装束等はそれを聞き、顔を見合わせて固まり、直後、腹を抱えて爆笑した。
真面目腐った爬虫類顔の三白眼、ジラールさえも仰け反り、濃紺のアイラインを溶かし、しばし思う様に笑い、ドラクロワの肩を叩いて
「勤めご苦労。どうした?ビラを切らしたか?
ま、娘には帰りにこれで何か買ってやれ。夜風は幼い子供にはこたえるぞ?早目に帰してやるんだな」
その白い手を取って真鍮硬貨を握らせた。
「いやー若様!よいことをなされましたなー」
「おーい!ちょっと聞いていいかー?
はて、妖艶とはなんであったかな?
ブッ!ガハハハハ!」
「しっかし、先日の豊満な若い女戦士とは真逆も真逆!おふざけもいいところだわい!
ムハハハハ!これが、こいつがいわゆる幼児体型というものだな!
これでも、いっちょまえに大人のなりを真似しておるつもりなのが、泣けるような笑えるような!ウハハハー!かーわいいもんだわい!あー、腹が痛い!」
爆笑しながら去って行く夜警神官達。
それらが遠ざかって、ドラクロワは月明かりに煌めく掌の硬貨を眺め、深いタメ息を一つつき
「やはり、ダメか……」
カミラーは、それに下から弾かれたようにピンクの盛り髪の頭を跳ね上げ
「やはり!?」
お色気作戦は見事に失敗した。
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