47話 胸騒ぎのワイラー

 勇者一行の門出は、寄り添い、泣き崩れて手を振る狼犬のライカンの家族、車椅子から忌々しげに睨み上げるリンドー領領主老シラー、その背後で髭面の口に手を添えて

 「いやはや!マリーナ様ぁ!!がんがんいこうぜはなりませんぞ!!

 いやはや!いのちをだいじにーですぞぉ!?」

 と叫ぶ自警団長ゴイス=ボインスキー達を先頭とする、祭りの興奮冷めやらぬ、リンドーの南門を埋め尽くすほどの住民達、遠方からの見物客等に見送られた。


 カミラー所有の飢えも渇きもしないアンデッドホース四頭の引く、長さ20メートルほどの縦長漆黒の禍々しい巨大馬車の後方から折り畳み式タラップが勇者一行を迎えるように、パタパタと展開し、車両後方の扉が内側から口を開けた。


 その階段を暗黒色のブーツで真っ先に、タンッ!と踏みつけ、マントの裏地の血のような赤色を春風になびかせたドラクロワを先頭に、声援に手を振りながら続く女勇者達。


 花吹雪と賑やかな歓声を背に、最後にハンカチで目を押さえながら乗車した、パーティ新加入のライカンの双子が、黒塗りの板金タラップを同時にヒールの爪先で踏むやいなや、車両の前、目隠しの黒い牝の巨馬達は鼻を怒らせ、まるで尻尾でも踏まれたように、ブルルルッ!ヒヒヒーンッ!!と四頭が揃って動揺し、連結を千切らんばかりに暴れだした。


 その土煙を上げ、間断なく大地を揺らす、合わせて4トンを越える黒い筋肉の塊の暴走エネルギーのあまりの迫力に、見送りの群衆等も戦(おのの)き、思わず下がりながらどよめいた。


 だが、カミラーが涼しい顔で、ピンクの短い釣竿のような鞭を手にし、軽く数度かそれをくれると、四頭は急に空気の抜けた巨大な黒い風船のように勢いをなくし、竿立ちを止め、鬣(たてがみ)を震わせて、一声づつだけ高く嘶(いなな)き、ウソのように大人しくなった。


 アンとビスが車内から強がるように、慇懃に深々と頭を垂れると、後方のタラップが黒い舌を巻くように音もなく下部に収納され、両開きの厚い扉が勝手に閉まり、車両内は外界とは隔絶されたかのような静寂が支配した。

 

 車内の座席はいわゆる個別の椅子ではなく、列車一両ほどの空間の両脇に、長く途切れず、緋色のジャガードが前から後ろまで一直線に伸びていた。

 そして、それらが挟む真ん中には長いバーズアイメイプルのテーブルが固定されていた。


 車内は見事にワインレッド一色に統一されており、外の恐竜じみた化け物馬の引っ張り回す、黒い金属製の六つの車輪の暴力的な運動エネルギーは一切伝わってこない。


 アンとビスは乗って幾らも経たない内から、自分達が猛然と疾駆する馬車内にいることを何度も忘れそうになったほどである。


 ピンクの盛り髪のロリータファッションのホスト役は、音もなく影のように歩き、後方の高級キャビネットから一等級の葡萄酒のボトルを取り、仰け反るドラクロワに近付き片膝をつき、恭しく捧げた。


 ドラクロワは「うむ」と唸って受け取り、いつも通り爪でポン!と弾いて開栓し、屋根に向けて逆さまにして飲み出した。



 壁の植物系油灯の照す、三メートルを超す滑らかな高級長テーブルの真ん中には、小柄なユリアが羊皮紙の大陸地図を拡げ、飲み物片手の仲間等に地図のある一点を指差してみせ

 「私達は今、この辺りを走っていると思われます。

 カミラーさんが船を借りる予定だと言われたカイリは、大陸南の果てのここです。

 まだまだずーっと南ですね。途中でまだ数度、宿を取りながらの旅になると思われます。

 で、現在地からこのまま南下するとここ、リンドーより大きな城塞都市ワイラーがあります。

 出来れば、ここの七大女神様の大神殿に立ち寄って、この旅のご加護を願う祈りを捧げたいところですが……」


 「大神殿」と聞き、アンとビスの顔に、パッと喜色が湧いた。


 「ユリア様!では、あの聖地ワイラーの大小の神殿群に巡礼出来るという事ですか?」

 妹のアンが確認した。


 ユリアは垂れ気味の大きな鳶色の瞳を細くし、真っ直ぐにアンを見て 

 「そうです。私の魔法ギルドの先生もいらっしゃるので、是非とも立ち寄りたいのですが……」

 恐る恐る長い座席上、伝説の勇者を名乗りながらも、信仰心の欠片も見せない、暗黒色の鎧男を窺(うかが)い見た。


 ドラクロワはジャガードの上でくつろいでいたが、それに気付き、タメ息で

 「神殿だろうが魔法ギルドだろうが、寄りたければ勝手にしろ。俺は構わん」

 心からどうでも良さそうに長い脚を組み直した。


 だがユリアは「い、良いんですか!?」と、喜色満面はつらつとして言うかと思いきや、なぜか少しうつむいた。


 隣のマリーナは、車両に敷かれた毛足の長い緋色の絨毯の床に、両手剣の鞘の先を突き立て、ルーン文字のびっしりと刻まれた、分厚い鋼の刀身を50センチほど真上に引き抜いて、その刃に乾いた白い石鹸のような磨ぎ石を、ジャッ!ジャッ!と擦りながら押し付けていたが、ジャー……ガチン!と真下の鞘に戻し、片手で軽々と壁にある収納式の台に載せ

 「そーいえばユリア。アンタ、ワイラー出身だって言ってたね。

 折角だからさー、そこ寄って心配性の親御さんを安心させて上げなよ。

 アタシは北の出だからさ、ドンドン離れる一方だからね。んま、別に帰りたいとも思わないけどね。フガ!?」


 長い指の手を叩(はた)いて、テーブルとカーペットへ白い粉を落とす、デリカシーのないガサツな女戦士の鼻面に、ペシャッ!とピンクに白の格子柄の濡れ手拭きが張り付いた。


 勿論、投擲したのはカミラーである。


 「コラ無駄乳!そういうのは外でやらぬか!外でー!

 全く……落ちた石の粉はキレイに拭いておくのじゃぞ!?

 フン!それよりユリアよ、ワイラーは大陸南部ではかなり大きな都市と聞くが、そこの出と称すお前はちーっとも垢抜けておらんのう。

 魔法ギルドの学者さんは流行りの服とか髪飾りなど興味はないクチかえ?」


 ユリアは襟足の左右に三つ編みの下がる、艶と透明感のある蜂蜜色の頭を撫で付け

 「あ、はい。私は物心ついたときからずっと、ギルドの研究室で先生のお手伝いと魔法と神聖魔法の勉強ばかりで、あまりお洒落には気を遣いませんでしたね。それより……」


 シャンは紫の粘性の液体が入った、四角い小瓶を灯火にかざしながら

 「どうしたユリア。ワイラーに寄りたかったんじゃないのか?それとも、なにか訳ありなのか?」

 

 女魔法賢者は口に手をやり、ツイと明るい笑顔を上げ

 「いえ、訳ありというほどではないのですけど……あの街はちょっとクセがあって。

 他の街にはない、独特の格差がハッキリとした社会なんです。

 簡単に言うとですね、生まれた家柄、貧富の差でスゴーく顕著かつ露骨に発言力が変わってきちゃいます。

 ヤッパリ、大神殿のある信仰の都市ですからね、七大女神様により多くの寄進が出来ることがとても高く評価されるんです……」


 マリーナは小鼻とブラウンの眉の片方跳ね上げ

 「うへぇっ!そりゃ何となーく、イヤーな感じだねぇ?」


 小柄なユリアはシュンとなり、更に小さくなると

 「そ、そうですね。すみません……」


 カミラーはそれに鼻を鳴らし

 「フン!ユリア、何もお前が謝ることではなかろうが?

 それに、そんな胡散臭い街なら通り過ぎればよかろう?」


 それを聞いて、神官戦士のアンとビスが僅かに肩を落としたのを横目で見たユリアが

 「い、いえ、魔王軍と邪神兵に高い浄化効果のある聖水を沢山買っておきたいですし、アンさんとビスさんにも読んでおいてもらいたい、素晴らしい聖典の現代訳、神聖魔法の応用術の珍しい指南書もあるんです。

 私の先生のいる魔法ギルドの研究室にそれらが揃えてあって、本当に街の北門から入って直ぐですから是非ともお願いします!」


 カミラーは小さな顔の脇のピンクのカールヘアを指で巻き、完全なる外野顔を決め込む魔王を見て少し考え、壁のピンクの乗馬鞭を掴み、無言で車両前方へ歩き、カーテンと扉を両脇にスライドさせ、車両内へ暴風雨を招きつつ御者席へ向かった。


 魔王は雨などどうでも良さそうに長い座席に横になりながら

 (ふーむ。家系と金で祈りの距離と重さが変わるか。全く、七大女神等の信奉者の好みそうなことよ。いっそのこと、魔界の父に言って戦の攻め手を苛烈にさせて、七大女神自体を滅ぼしてくれようか?ふん……だが、魔界に帰るのも、それはそれで面倒だな)


 そうぼんやりと考えながら、座席上のカーテンを分けると、暗い曇天と稲光、滝のように窓を叩き、真横へ流れる豪雨が見えた。 

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