46話 合格!

 一夜明け、春の清涼な風を感じ、朝陽を見ながらの朝食を楽しみたい宿泊客で込み合う一階の直下では、野ネズミの集会のごとく、

昨夜と同じ顔ぶれが貸し切り状態でテーブル二つをくっ付け、しめやかに朝食を摂っていた。

 

 恐縮仕切った顔のライカンの家族は、少し離れた所に宿を取っていたらしい。

 ドラクロワに言われた通り、まだ暗いうち、朝の早くに身支度を整え、昨夜もらった大金を返そうと現れていた。


 奥の席には、この宿の最上階、血塗れの女の怨霊が出るといういわくつきのスイートに泊まったドラクロワとカミラー、街の中央の領主シラーの館に厄介になった、女勇者達三名が横並びに掛けていた。

 

 なぜかアンとビスは、車輪(キャスター)の付いた大きな鞄の長旅支度で、刃の付いた武器を禁止されている神官戦士らしく、鋼の六角棍まで持参し、煉瓦の壁に揃って立て掛けていた。


 飲み物と黒獅子亭の高級モーニングが出揃ったところで、まずはライカンの父親が

 「えー……。ドラクロワ様……昨夜は、」

 と口火を切る。


 そこへ、すでに葡萄酒を一本空けたドラクロワが割り込む

 「ライカンの家族よ。先に言っておくが、今からお前達に二つの事を禁ずる。それが守れんなら俺は直ぐにここを去る。よく聞け。

 一つは、お前がその左腕の礼を述べること。

 二つ、昨夜の買い物について述べること。

 どうだ?守れるか?

 俺は礼を言われる事は嫌いではない、だが同じ事を繰り返し聞かされるのは好かん質(たち)でな」


 その言葉に傍らの従者のような小さなロリータファッションが、意外とばかりに僅かに薄桃色の口をすぼめた。


 ライカンの家族は突然の制限に動揺し、お互いのよく似た顔を見合わせる。

 

 その騒然とする向かいで、大きくカットしたハンバーグに、たっぷりと西洋ワサビを付ける金髪の赤いブレストプレートの大柄な美人が

 「ドラクロワ、なんかこの人達困ってるみたいだけど、アンタいきなりどうしたんだい?

 ねぇねぇ、その買い物ってのはなんなんだい?」

 言いながら、想定外のワサビの利きに鼻の穴を広げた。


 ドラクロワは背筋を伸ばし、暗黒色の甲冑を鳴らして、シャンデリアにキラキラと輝く、首の下の漆黒の瞳のようなペンダントを、まるで見せびらかすように反らせて見せた。


 「昨夜買った。どうだ?そこらの金さえ出せば手に入る凡百の宝石より、何か趣があって、グッとよかろう?」


 マリーナはボイルしたブロッコリーで口に栓をしていたが、咀嚼しながらも左手で頬を掻き、そのペンダントをまじまじと見て

 「うーん。なんか陰気で綺麗で、アンタによく似合ってていいんじゃない?

 でもどことなく古臭くて、なんてゆーか……。どっかの誰かさんの親の形見、みたいな感じ?だね。そこの旦那が造ったのかい?」


 魔王は「そうだ」と、また暗黒色の甲冑を鳴らして木製椅子に仰け反った。


 夫婦はブルーグレイの目を見合い。ドラクロワの課した厳しい制限を意識した小声で

 (ねぇあなた、なんとかしてお代をお返ししないと。私達の造ったペンダントなんかにプラチナ硬貨10枚なんて、幾らなんでも多すぎるわよ!ドラクロワ様はきっと貴族の出か何かであられるから、お金に関しては無頓着でいらっしゃるのよ!)


 (うん、分かってる。分かってるけど、その件には触れるなと仰られた……うーん、どうしたものかな?)


 アレクが見慣れぬ豪華な料理、女勇者達を代わる代わるキョロキョロと見ながら、遠慮がちに細長い首を前に出すようにして

 「あのー勇者様、ちょっと聞いてもいいですか?」


 ドラクロワはカミラーから葡萄酒の次弾を受け取りながら

 「なんだ?さっきの事以外なら構わん。言ってみろ」


 両親は心配そうな顔で「アレク!?」


 息子は若者特有の畏れのなさで

 「はい。ボク、子供の頃から、勇者様が15年前にボク達家族を救ってくれたって聞かされてきました。

 それなのにドラクロワ様って若いですよね?

 多分……22、3歳くらいかな?勇者様は歳をとらないのですか?」


 ドラクロワは白い顎に、右の折った人差し指の第二関節をあて

 「そうだな。あの森へは魔具の力で、時と空間を越えて飛んで行ったからな……。

 まぁなんだ、お前に解るように言えば、俺は伝説の勇者だ。やろうと思って出来んことはない。

 どうだ?これで答えになるか?」


 アレクはちょっと上を見て、柔軟な若い頭の整理をつけ

 「はい。よく分からないけど勇者様がスゴいのが分かりました!

 ボク、ドラクロワ様を尊敬しています。

 ボクも早く剣と魔法を習って、ドラクロワ様みたいに強い魔法戦士になりたいです!

 朝ご飯もご馳走して下さってありがとうございます。いただきまーす!」

 彼なりの疑問に伝説の勇者様から直々の回答がなされ、一応の気が済んだのか、ペコリと頭を下げ、両手に銀のナイフ、フォークを取って、眼前のほとんど生の肉料理に向かった。


 両親は14歳のアレクがおかしな事を言い出さないか気が気でなかったが、この受け答えに、お受験面接で予め覚えさせた模範解答をつつがなく答えた子を見る親の顔になり、ホッと胸を撫で下ろした。


 一方、この新鮮な若者からの純粋な憧れという、完全にノーマークだった所から放たれた弾は魔王の急所を見事に撃ち抜いていた。


 「フフフ……フハハハ、フハハハハー!!そうか!?お前は俺を尊敬しておるのか!?

 フハハハハ!いやいやいやいやー!俺ほどになると、このような幼い者にさえ凄さが伝わってしまうのよなー!!

 フハハハハー!少年よドンドン食べなさい!遠慮は要らんぞ!?足りんなら好きなだけ追加で注文するがよい!

 フハハハハー!うんうん!そーかそーか!そういうことなら俺を大いに目指しなさい!そうして努力と精進を重ね、そしてある日、これは無理だ!と盛大に挫けなさい!

 フハハハハ!いやー!カミラー!この家族は皆、ちょっと気色の悪いくらい正直者ばかりで困るなー?」


 「その通りにございます」と、ピンクの盛り髪を恭しく下げる女バンパイア。



 魔王のご満悦で空気の和んだ所を見逃さず、妹とうなずき合っていた若い褐色肌の姉は、今が好機!と立ち上がって

 「ドラクロワ様!突然でございますが、お願いがございます!!

 私と妹はこの十五年間、神聖魔法を学び、それと棍術格闘技を混成し、練り上げ、ある程度形にして参りました。

 それで、あの……お願いです!私達を、私達二人を魔王征伐のお供にお加え願えませんでしょうか?」


 アンも立ち上がり、プラチナカラーのボブ頭を下げ

 「私達は並のモンスター相手なら、一切の足手まといにならないように精進して来たつもりです!

 な、何でもやります!是非ともお供にお加え下さい!」


 女勇者達は、ほぼ初対面の双子の突然の申し出に顔を見合わせる。


 それより勿論、二人の両親が目の色を変えた。


 「えっ!?あ、あなた達、きゅ、急に何を言い出すの!?

 あなた!知ってました?アッ!だからこの子達、大荷物だったのね」


 娘達の思わぬ発言と、その希望に面喰らった父親ではあったが、意外にも直ぐに得心の顔になった。


 「いや、小さい頃から女の子なのにアザを作って帰ることが多かったし、神聖魔法をあんなに必死になって学んでいたのはこういう訳があったのか……なるほど」



 彼等の上位種、銀狼のライカンスロープのシャンが、銀の秘薬で押さえた美しい人間の顔で

 「おい娘達、その言葉の意味が分かって言っているのか?我々の目的は魔王討伐だぞ?

 当然戦いもあり、相当にきつい。死ぬこともあるかも知れない。その覚悟はあるのか?」

 そうは言っても魔戦将軍、邪神兵といったこの星の化け物クラスの生物の遥か上をいく最強の生命体、魔王ドラクロワがいるので、旅路は実質、結構気楽なものである筈だが、光属性はおろか、勇者の家系でもない娘達の随行に、一応の覚悟の程を聞きたかったのだろう。


 双子は即座に

 「あります!!」

 と、聞く者が誰しも清々しさを覚えるほどにハッキリと答えた。


 だが、そのブラウスの襟、袖の純白のフリルが僅かに震えているのは、武者震いでなく、自分達をトパーズの瞳で睨み下ろすシャンの中に眠る銀狼の血のせいか。


 二日酔い知らずのユリアが、神聖魔法と聞いて目を丸くして

 「ライカンスロープさんで神聖魔法の修得者さん……しかもメイド服の可愛い双子さん……な、なんて素晴らしいのでしょう」

 学者肌の女魔法賢者は、このフリルブルマの珍物件に完全にやられた。


 マリーナも焦げ目のある大きなバジルソーセージを噛んで、プリッと口内で弾けさせ

 「熱っ!んあードラクロワ、アタシいつも考えてにゃんだけどさー。うん、このパーティ、よくよく考えるとユリアしか神聖魔法を使えないんだよねー。

 そうなるとさ、もし何かの理由で真っ先にユリアがやられちまったらさ、アタシ等いきなりピンチになんじゃない!?ってねー。

 今までは何とかなったけど、これから先のことを考えると、神聖魔法を使える仲間はもっといたほうが良いんじゃかな?」

 油で光る健康的な真っ赤な唇を動かし、救急治癒係の必要性を指摘した。



 一瞬前まで娘達の身を案じ、その青春が魔王軍との戦いの中に投じられることに、断固反対しようとしていた両親であった。

 が、中年夫婦はこれまでの15年間、娘達の寝る間も惜しんでの絶え間ない努力の日々、それこそ何かに取り憑かれたように神聖魔法を学び続けて来た姿を思い出していた。

 その愛しき我が子等が、漸(ようや)くそれらを今、正に結実させんとしている事、また若い身空でこの星の闇を憂い、待望久しい救世伝説の為にその一生を捧げたい、と願っていることに気付くと、七大女神達への信仰心も相まって自然とその両の膝を折っていた。


 父親は、はらはらと泣きながら、ドラクロワを拝むように

 「勇者様!何とも出来の悪い子達ですが、何卒、何卒この娘達を御側に置いてやって下さい!

 今、私はこの子達の眼を見て、甚(はなは)だ親バカの至りにございますが、どんなことになってもこの子達が決めた生き方ならば、それを思うようにやらせてやりたいと覚悟しました。

 どうか、どうか宜しくお願い致します!」

 

 その妻も「お願い致します!」と重ねた。



 ドラクロワは、うんざり顔で暗黒色のブーツにすがり付く夫婦を見下ろしていた。

 彼は正直、この親子が苦手であった。


 まず、一々泣かれて暑苦しいことこの上ない。


 そして、これから向かうのは、一癖も二癖もある海賊魔戦将軍、ドレイクに船を出させての海底、しかも邪神の穢れ神殿である。


 アンとビスの獣人深化、究極の合体奥義もその戦力も知っているし、それに更に修行の15年間が加わっているのも分かる。

 確かに三名の光属性の女勇者達より遥かに使えるだろう。

 だが、行く先々でドラゴン、巨人族クラスが出てきたら、結局は自分が守ってやらねばならないだろう。


 確かに見てくれが良いのは、これ全く申し分ない。

 それに勝手に追加で神聖魔法を得意、配備としているときたなら、邪神にぶつける弾としても申し分なく整備が完了している。


 また、自分を讃える人員が増えるというのは、純粋かつ単純に幸せが三割増しに成るということ。

 どこをどう切っても悪くない話だ……。


 だが、アンとビスには未だドラクロワのパーティに求められる、ある重要なファクターの存在確認がとれていないのであった。


 魔王は渋面で少し考え、その不可欠な要素の確認の為、アンとビスに向き直った。


 「では一つ聞くが、お前達は俺に終生の忠誠を誓うのだな?」


 双子は色好い返事の気配に顔を輝かせ

 「はい!!15年前より、この命はドラクロワ様の為と捧げましてこざいます!」


 ドラクロワは先ずはよし、とうなずき

 「では聞くが。その忠誠とやらは、この俺がこの星の災厄といわれている魔王本人であったとしても、変わらぬ、揺るぎないものか?」


 カミラーは、突然の魔王の告白に戦慄した。


 (ま、魔王様!?な、なぜ極秘作戦である筈のそれを、今こやつ等に!?)


 「プッフフフ!」


 五人家族は一斉に吹き出した。


 ビスはその告白を冗談と受け取り、極度の緊張からのいきなりの緩和を感じたか、涙を流して笑い出した。


 「アハハハハ!!ドラクロワ様!それは!それはあんまりな冗談でございます!!

 確かにドラクロワ様は神聖魔法を使われませんし、潤沢過ぎる財と、闇属性かと疑うほどに恐ろしげな剣と黒い鎧姿で、魔界伝来とされます魔具、強力過ぎるお力、若き勇者様らしからぬ偉大な魔力をお持ちですが、よもや魔王本人であるなどと!

 アハハハハ!そんな!そんなのは面白過ぎます!!し、失礼!ですが、そのように生真面目なお顔をされて、そんな!アハハハハー!!ご人格、戦闘力だけに留まらず、ご冗談まで凄いとは!ま、益々魅了されました!!アハハハハ!」

 途中で妹と華奢な背中をバシバシと叩き合いながら腹の底から、数年振りに笑いに笑った。


 魔王は満足そうに「そうか?」と鷹揚にうなずき、「でしょでしょ!?見て見て!あの顔!」と一緒になって転げ回る女勇者達を見下ろし、カミラーへ魔族間にだけ通じる思念波を送る。


 (カミラー、どうやらコイツ等も……)


 (はい!合格の満点バカにございます!!今ここに新たな一級品のバカが二名加わりました!魔王様、邪神にあてがう手駒の追加、おめでとうございます!)


 (ありがとうございます) 

 

 魔王は、リンドー編ホント長かったなー、楽しい旅はこれからだなー、と朝の美酒を堪能した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る