35話 決着
ドラクロワの煌めく、鮮烈な交代劇に魂を抜かれたように呆としていた群衆は、舞台中央の二人を取り巻く空気の色が、苛烈な戦いへと彩られたのを感じ、一気に興奮の極みに達した。
直径20ミリの鋼鉄芯の入った、樫の圧縮棍を旋回させながら距離を取る、美々しい合体戦士アヌビス。
対する、春風に真ん中分けの薄紫の長髪をなびかせる、無愛想で美しい魔王は、暗黒色の禍々しい全身甲冑の腕を組み、その場に立ち尽くしたままである。
観客等の揺らす空気には、またもや鈴の音が異なる周波数で混じっていた。
輝く金髪を高く結い直した、美しい深紅の部分鎧の豊満な女戦士は、傍らの深紫の女アサシンへ顔をやり
「遂にドラクロワ登場だね!?アイツさ、どんな風に戦うんだろうね?
あの剣を抜かないとこ見ると、あの都で見せたマジンケーン!!てのをやるのかね!?
ドラクロワのことだ、アタシみたいに無様なヤり方はしないんだろうね!?
はーお!!アタシゃワクワクしてきたよー!!
おーい!ドラクロワー!!思いっ切りやんなよーーー!!!」
紅いグローブの両掌を健康的な血色のよい唇へあて、舞台へと叫んだ。
シャンと反対隣のユリアは、小動物を想わせる愛らしい顔を哲学者のように難しくし
「そうですね。ドラクロワさんは体術も凄いですけど、未だに信じられませんが、杖などの触媒も一切なしに、超高レベル攻撃魔法を詠唱もなく、SSSクラスで無尽蔵に行使出来ますからね。
体術、魔法のどちらにしても凄い戦いが観れると思います!
んきゃー!!私もワックワクですー!!
ドラクロワさーん!観客の方々を巻き込まない程度に暴れて下さーい!!頑張れドラクロワさーん!」
シャンは静かに決戦の舞台をトパーズの瞳で熟視し
「あの黒い幅広剣、体術、氷、焔の柱。さて究極の最終形態のアンとビスにどれが有効だろうか。フフフ……これは確かに心踊るな。
ドラクロワ!勝て!」
この女アサシンも常らしくなく、腕組を解いて、起立で声援を送った。
リーン……と、また鈴が鳴った。
観客等の怒号じみた応援で全身をくまなく打たれるアヌビスは、怪訝な顔でブルーグレイの眼を動かし、ドラクロワの左手の白い繊細な指、その中指にはめられた、銀の小さな鈴の付いた飾り気のない漆黒の指輪を見付けた。
ドラクロワはその鋭い視線に応じるように、黒い炎が波打つような流麗なデザインの手甲、その白い左拳を緩く握り、何気なく顔の脇に掲げ、僅かに揺らし、リーン……と、また鳴らした。
注意して聴くものがいたならば、この妖しい音(ね)は、天空よりのドラクロワのお色直しの登場から、ずっとある一定の間隔で鳴り響いていることに気付いたかも知れない。
それが女アサシンのシャンと、女バンパイアであった。
シャンは端整な顔の脇、人間の方の耳に、限りなく黒に近い深紫のマニキュア爪の手をあてた。
「この音、耳より深いとこへ響くな……」
五段階段を登りきった前に座るカミラーは、純白の長い睫毛をはためかせ、幽かな鈴の音に聞き入り、その断続的な音の間隔を自らの呼吸の数と比べ、指折りに数え測っていた。
が、突然目尻が裂けんばかりに真紅の瞳の眼を剥いて、バチン!と両掌でピンクのバネのようなカールヘアの下、上部の尖った小さな両耳を覆った。
(こ、これは正か!?正か……。うああっ!!や、やはり!み、耳を塞いでも聴こえてくる!!)
アヌビスは、魔王の陶磁器のように白く艶やかな、体の割りに小さな美しい顔を見ながら、手持ちの棍で音源を差し
「先程から、その金属が触れ合うような音の出る物は何ですか?
音自体は小さなものですが、ひどくまとわり付くような耳障りな響きですね。
では、先ずは戦いに不必要な指輪、そこから打って差し上げることに致しましょうか?」
棍を回して、連続突きの構えを取ったが、この時、奇妙な事にアヌビスは、何とはなく今のその自分の声を、どこか他人の放った物のように感じていた。
そしてまたリーン……と鈴の音。
ここで合体戦士は不可思議な感覚を覚える。
戦いの最中、それこそ研ぎ澄まされて鋭敏の極みにあるはずの意識が、感覚が、一枚の薄い皮膜で包まれたように鈍く感じられた。
アヌビスは怪訝なその顔を半透明な白い爪で掻いてみる。
何ともいえぬ違和感。
その触覚、感覚が神経に今一つ響かない感じがした。
そう、丸で仮面の顔を掻いたようだった。
アヌビスは辺りを見回すと、何ともいえないボヤけたようなフワフワとした感覚を覚え、警戒のサイン、長いプラチナカラーの耳を根の筋肉ごと、ブルッブルッと震わせた。
次の瞬間。
突然、右の足先からドスン!と肩、頭、歯の根まで抜けるような衝撃。
見えない手で側頭を左横にグーっと押さえられるような、奇妙な片栗粉を解いた湯中にいるかのような厚ぼったい、温かな感覚に頭を犬のようにブルブル!と、回転させるように振る。
ボンヤリと耳栓越しに届いてくるように聞こえる大勢の叫ぶ声。
アヌビスは震動を寄越した、鉤爪の伸びた裸足の右足を見下ろした。
「ん?この芝生、の床は……」
耳の穴から頭蓋の中に粘土の塊を入れられたような、混濁した鈍い意識の奥で、何か恐怖に似たような、どす黒い不安感が警鐘をカンカンと打ち鳴らしている。
ドキドキ、ドクドク、バクバクと鼓動が胸から頭部に駆け上がりながら、熱く激しく狂おしく増幅してきた。
アヌビスは、カッ!とその眼を見開いた。
なんと、神々しい虎縞の獣人は舞台から2メートル下、場外へと降り立っていた。
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