34話 バカリンピック

 体幹の隆々たる筋肉を型どった、鈍く輝く銅鎧を弾ませ、ドラクローズとアヌビスの間に割って入るのは、司会進行兼審判役のゴイス=ボインスキー。


 「いやはや!アンとビス、いやさアヌビスとやら!しばし待てい!!」


 ハッハと息を弾ませるボインスキーを見下ろす究極奥義、最終合体形態のアヌビス。


 「なんだ?」


 ボインスキーは鼻息も荒く、脂ぎった髭面を合体戦士へ向け

 「いやはや!なんだ?ではない!この大会は刃の付いた武器はその使用が全面禁止のハズ!

 大会の連続覇者がそれを知らんとは言わせんぞ!!

 いやはや!アヌビスとやら!お前はドラクローズ様の革鎧を裂く程にその鉤爪を使った!!これは重大なルール違犯である!!

 いやはや、神前組手大会は七大女神様に捧げる神聖な闘技であり、健全に研かれし、心・技・体を奉納する場。

 その神聖な闘技は、ただの傷の付け合いや、いたずらに血を流すものであってはならんのだ!!

 いやはや、残念だが。私は審判としてお前を失格とす、」


 運営側のテントの下で老シラーが「ボインスキーよ!待て!」と大理石の特別席から立とうとしたが、その萎えた脚は咄嗟の脳からの命令に反応し切れず、老領主は上半身を下半身から引っこ抜くように、グッと伸ばしただけであった。


 その時、アンとビスの結合獣人アヌビスを猛然と指差すボインスキーの逞しい腕、その銅の手甲へ、ソッと白い手を乗せる者があった。


 その白い手とは勿論、眉目秀麗の人、ドラクローズである。


 「あの、審判さん。私は爪の事など気にしておりませんよ?

 第一、この試合は決勝戦の後の特別試合。

 本戦とはまた違う扱いでも良いのではありませんか?」

 審判長とは対照的に、その美貌の声と顔は、真冬の澄んだ湖の水面(みなも)の如く、波一つなく落ち着いていた。


 ボインスキーは横からの反論に

 「いやはや、それは……そう、ですが……いやはや……」

 至近距離での凄絶なる美貌にドギマギと動揺し、赤くなってたじろいだ。

 

 そこへ、老シラーが嗄れた声で振り絞るように喚いた。


 「そうだぞ!ボインスキー!勝手な裁きは許さん!

 大会の主催者のこの私こそがルールだ!!その私がここに宣言する!

 この試合に限っては、全ての武器の使用を認める!

 依然として有効なるものは、敗北条件の場外への脱落と本人からの降参宣言のみとする!!」

 老人は言い放つと大理石の席に深く座り直し、ゼヒーッと息を吸い込んだ。



 一瞬固まっていた観客等は、その裁量に一斉に賛同の拍手と声援を送った。


 「シラーさん最高!!」


 「いいぞ!いいぞー!第一このまま帰れるかよー!!」


 ボインスキーはこうなると傀儡(かいらい)の審判者。

 異議を差し挟める発言権は、ない。


 素直に肩を落とし、うなだれてスゴスゴと階段前へ戻っていった。

 

 そこに座っていたピンクの盛り髪のロリータファッションが、愛らしい微笑みで迎えた。


 「まぁそう落ち込むでない。わらわはお前のような愚直者は嫌いではないぞ。

 じゃが、これも民等の切に求める展開じゃ。

 お前もこれでまた面白い試合が観れる、とそう思え。

 の?雇われ審判よ」


 ボインスキーは複雑な表情で幼女らしき者を見下ろし、中央へ向き直り、バサン!とマントをはためかせ、その場にあぐらをかいた。

 それから腕組みの仏頂面で

 「いやはや。幼き勇者様。ご説ごもっともにございますが、貴女の言葉が一番傷付きました……」


 

 中央では試合が再開された。


 5㎝ほど上からアヌビスに見下ろされていたドラクローズだったが、突然美しい顔を上げて

 「そうですわ。それならば女性でなければならないというルールも、もはや拘束力を失いましたから、私、弟と交代します」

 と勝手なことを宣(のたま)い、ファサッとその場にしゃがみこんだと思うと、一気に跳躍した。


 顔を腕肘で覆ったアヌビスが一歩後退して天を仰ぐ。


 ドラクローズのジャンプは白鳥の如く優雅であったが、その跳躍力は凄まじく、放たれた矢の如く、丸で吸い込まれるように一直線に青空へと急上昇した。


 黒革のドラクローズが一気に真上へと駆けたその距離、すでに目算にして30メートルは越えているだろう。

 未だ上昇は継続中だ。

 

 

 観客等も騒然としながら、自由奔放な姉を見送るしかなかった。


 茫然と見守る彼等が「あぁ、これは魔法だな」と思いだした刹那、上空の点が弾け、大輪の炎の花が咲いた。


 真昼の空に閃光。


 ドラクローズは花火のように炸裂し、金色の星の欠片を光のシャンデリアの傘の如くパッと広げ、無数の火の粉、黄金の砂粒のように、遥かな天空に夢のように降り注いだ。


 その太陽にも負けない目映い光の欠片が、今度は逆さまの傘を閉じるように一点に集束し、見る間に輝く人型が形成されてゆく。


 それは明滅しながら、暗黒色の禍々しい甲冑を纏った男となり、スーっと舞台中央へ下降線を描きながら急速に高度を下げてきた。


 マリーナが長い手を振る

 「おーい!ドラクロワー!!何か久し振りー!!元気だったかーい!?」


 ユリアも眩しそうに手でひさしを作っていたが、直下降の流星人間へ大きく手を振って

 「あっ!本当、ドラクロワさんだー!!す、凄い!!また見たこともない魔法ですー!」


 シャンが瞬きをして

 「うん、やはり弟姉とはいえ別人だな!弟の方が何やら貫禄があるな」

 


 ドラクロワが表は暗黒色、裏は鮮血のごとき真紅の天鵞絨マントを真上へはためかせ、腕を組んだままの姿勢で、白い石舞台にフワリと降り立つと、その体のどこかから、リン、リン……と鈴の音らしきものが鳴った。

 

 「酒場で飲んでいたら姉に召喚されたようだな。

 これは……神前組手大会か」

 (フム。少々演出過多であったか。しかしこやつら、やはりドラクローズなど荒唐無稽で陳腐な俺の変装であるとは欠片も疑わぬのだな……。毎度バカで助かるな)


 傍らのカミラーが、サッと立ち上がり頭を垂れた。

 (魔王様。やはりこやつ等……。第一級のバカにございます。お化粧を落とされただけの魔王様を何の疑いもなく転移交代と認めるとは……。バカもここまで来ると、なにやら、あれ?もしやこっちの方がバカなのでは?と一瞬己を疑うほどのモノにございます。もしもこの星にバカの大会があれば、間違いなくバカの上位三冠はこやつ等の物でしょう)



 舞台中央で、いよいよ対峙する強者二名。


 アヌビスは鈴の音に、んっ?という顔をしたが、直ぐに不敵に微笑んで慇懃に頭を垂れて

 「ほう……転移魔法ですか。お見事。

 貴方が伝説の勇者様達の筆頭であらせられる方ですか?

 フフフ……このいかなる武器も、魔法でさえも認められた決死の血舞台へようこそおいで下さいました。

 私はアヌビス。ウルフマンではございませんが、筋力、運動性能、視力、聴力、嗅覚、それらのどれをとっても並の獣人と同じとは思わないでいただきたい!

 ご到着のところ慌ただしいとは思いますが、早速参ります!」

 前へ突き出した掌の半透明な白い鉤爪を伸ばし、得意の棍を後ろ手に構えた。


 ドラクロワは、リン……と幽かな音を鳴らし、特に興味も無さそうに虎縞を見ていた。


 「フム、俺は伝説の勇者様としてこの獣を退治すればよいのだな。

 造作もない。では、正義の勇者の力、見せてやろう」

 (このケダモノ女。聴力も、視力もまとめて節穴であろうが……ま、こいつもバカで助かるな) 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る