4話 戦士の血
ドラクロワ達は謁見の間から騎士団室に通された。
流石に謁見の間とは比べるべくもないが、騎士団の心得が掲げられ、青い盾とプレートメイルが壁を飾り、格式高く厳格な雰囲気が漂う。
勇者達を騎士団長のラルフが笑顔で迎えた。
「勇者様!おめでとう御座います!
正式に伝説の勇者としての称号を授与されたようですね。その勲章がその証ですね!?
素晴らしい!!私が生きている間に全人類が待ちわびた、伝説の勇者様のご到来があるとは、感激です!
ドラクロワ様!同じ勇猛果敢、質実剛健を目指す者として騎士団は貴方を敬畏しております!!」
清潔感のある鮮やかな青と白を基調とした騎士団の正装は、正義を強く想起させる物で、魔界伝来の神殺しシリーズの暗黒色とは正しく対極を成す物であった。
「そーかそーか!フハハハハ!!
騎士団はこのドラクロワを敬畏しておると来たかー!?
フハハハハ!まぁ俺くらいになれば、道行く者の誰からもそう言われるからな!
うん、まぁそれはいた仕方あるまい!分かる分かる!!
うんうん!ラルフ君とやら、キミも早くこの高みまで上って来なさい。無理だろうけど!フハハハハハ!」
ここでも魔王は気を良くした。
ラルフはここで、神妙な面持ちでドラクロワの白い手を取り、強く握りしめた。
「つきましては勇者様!申し上げ難いのですが、ここに1つ、折り入ってお願いの儀が御座いまして……」
ドラクロワはいい気分でその肩を抱き
「なんだ?ラルフ君、気軽に申してよいぞ!」
「はっ!では遠慮なく。
大変お恥ずかしい話で御座いますが、最近の騎士団の若い者等が少々弛んでおりまして、勇者様方には謁見後で御疲れの所、申し訳御座いませんが、何卒!天与の太刀筋を振るって頂き、勇士の模範というものを見せ付けてやって頂きたいのです」
ドラクロワは肩を回し、禍々しい甲冑を鳴らして
「ふんふん。まぁ良かろう。ちょっと揉んでやるか」
ユリアは手を打ち
「やった!早速名誉あるお仕事ですね!!
ドラクロワさん!頑張って下さい!!」
露出度の高い深紅の鎧のマリーナもうなずき
「キターク王国正規騎士団の剣技指南か!
アタシならいざ知らず、ドラクロワなら」
間髪入れず、深紫のレザーアーマーのスレンダーなシャンが
「問題ないな」
ラルフは腹の中で「食いついた!」と嘲笑った。
騎士団長は最前から慇懃に振る舞ってはいるが、その実、勇者達の事を疎ましく思っていた。
ただ血筋が良いというだけでもてはやされ、日々の激務をこなし、身の鍛練を欠かさぬ自分達近衛の者よりも遥かに高く評価され、まだ殆ど何もしていないのに、この若者共は英雄扱いだ。
だから、ここは剣技指南という形で勇者を公衆の面前に引っ張り出し、その上で完膚なきまでに打ち負かし
「おや?剣の方はまだ伝説には今一歩ですな?」
と言ってやりたいのだった。
そうなれば騎士団の立場は今より更に評価され、宮廷内での自分の立場も激変すると信じている。
問題は、ドラクロワがこれにプレッシャーを感じることなく乗ってくるか?だったが、意外な程にすんなりと食いつて来た。
だが、こいつが単純バカで助かったな、とは顔には出さない、賢しい騎士団長ラルフであった。
公開訓練の話は直ぐにも王に伝わり、ガーロード、名士等も集い、伝説の勇者の剣技指南を観覧する運びとなり、騎士団の訓練場には簡易の貴賓席が設けられ、公開訓練が始まった。
まだ若さの漲るブレストプレートの巨漢が、訓練場中央に刃を丸めた銅剣を持って立つ。
四角い鉄製の兜の中、糸のように細い目を、対峙した深紅の鎧、高く結った金色の頭髪に向けた。
勇者側の先手はマリーナであった。
その巨大なバストの谷間が霧を吹かれたように汗で輝き、呼吸に連動して動いている。
剣聖の血を引く娘であったが実戦経験は無く、人はおろかモンスターすら斬ったことはなかった。
それがいきなり大陸の王の御前で、その近衛騎士団員との手合わせである。
ドラクロワの
「ま、前座はお前に任せる。てきとーにやってみろ」
は、彼女には荷が重過ぎた。
対峙した若い騎士がその手の震えを見て取り、兜の中で鼻を鳴らした。
ラルフが右手を上げ
「では、両名とも始め!」
それを聞き、ガーロードが凛々しい顔を上げた。
これでも若い頃は武勇で鳴らした口であり、伝説の勇者の剣技が気にならない訳はなかった。
巨漢の騎士が銅剣を抜き、中段に構える。
対するマリーナは、同じ訓練用の剣を八相に構えた。
ラルフは(ほう……)
心中で唸った。
マリーナから震えが消霧したのと、その構えから、彼女がかなり出来ると察したからだ。
(ダンでは、圧倒的完全勝利は危ういかも知れんな……。
ダンは片手剣なら騎士団の上から三番目位の腕前。
くっ!先手が女なら、と高を括ったのが仇となったか……)
四角い兜の騎士、ダンが先に仕掛けた。
「うおぉー!!」
気合い一閃!
ギィンッ!
マリーナが合わせるようにそれを弾き、ダンが目を丸くした。
「ぐおっ!女らしからぬ、なんたる剛剣!くっ!手が痺れた!」
怯んだダンに迫る深紅の胸鎧の美女。
ギィンッ!ガギンッ!ギィンッ!!
放った斬撃は全てダンの銅剣に受け止められたが、明らかにマリーナが押している。
「親父と比べたら何てこと、ない!」
一刀毎に自信が湧いて来るのを感じる!
幼い頃よりの鍛練は無駄ではなかったのだ。
マリーナは今、自分の強さを実感し、闘いの悦びに白い肌を粟立たせていた。
ガギィンッ!
遂にダンの剛腕から銅剣が弾き飛ばされ、
唸りを上げて回転し、ザンッ!と砂地に突き刺さった。
観覧席の王と名士達がどよめく。
ガーロードは
「ふおっ!」
と思わず声を上げた。
タメ息の出るような金髪の美しい女勇者が巨漢相手に勝利したのだ。
観覧している者等が沸かない訳はない。
自然、拍手喝采となる。
ラルフが思わず苦い顔になり、右手を上げ「勝負あり!勝者、勇者マリーナ様!」
(ダン!この恥さらしめが!!)
ダンはマリーナ、貴賓席へと二度敬礼した。
この若者にも惜しみ無い拍手が贈られた。
ラルフが鳴り止むのを待って、咳払いし
「マリーナ様!もう一戦願えますか?」
深紅の美女は額に張り付いた金髪を払いのけ
「はいっ!やれます!!」
全身の血が闘え!と喚いていた。
ラルフの隣の騎士団の正装が団長に耳打ちする
「ラルフ様!このままでは勇者達の株を上げるだけです!」
「分かっておる!次はボルドーを出す!」
「ボルドー!?お言葉ですが奴は、」
「勝てば良いのだ!勝ってしまえば後は何とでもなる!」
「承服しかねます!!」
「黙れ!」
次の騎士が決まらない様子なので貴賓席がどよめきだした。
宰相が王の顔色を伺い、髭を引っ張り 「あー、次の者はまだか?」
ラルフが
「はっ!直ぐに!」
何故か立ち上がり、足早に兵舎へ続く出口に消える。
そして直ぐに帰ってきた。
後ろにのっしのっしと歩く巨人を連れている。
ラルフが最敬礼で
「御待たせ致しました!次はこのボルドーがお相手致します!」
紹介されたのは、三メートルはありそうな、筋骨隆々たる傷だらけの悪党面の禿げ頭であった。
訓練用の鎧を手に下げ
「団長ぉ。俺ぁはこういうのには向いてねぇぜぇー!俺ぁは手加減は苦手だぁ。殺っちまったらどーすんだよぉー!?
おう!?」
貴賓席に気付き、一応大きな頭を下げた。
王が目を細める
「大きいな。あんな男が騎士団に居たのか……」
宰相も目を見張り
「いや、私も初めて見ます。
……あれでは騎士というより、丸でモンスターですな」
このボルドーという巨人は、騎士団の中では最強とされているが、素行は最凶と言われる騎士団きっての超の付くアウトローであった。
モンスターとの戦いにおいても、倒した相手に必要以上に苦痛を与え、その悲鳴を聴くのを何よりの楽しみとするという、およそ騎士とは呼べない真性のサディストであった。
ただし、その強さは騎士団、人間の規格外。
ラルフの言った
「勝ってば良いのだ!」
の自信の源はこの男の強さであった。
ラルフはボルドーへ向き
「必ず勝て!多少の行き過ぎには目を瞑る!
勝てば戦線に戻してやる!兎に角勝て!
いいな!?」
ボルドーはイヤらしく、ニターと笑い
「OK団長!バラバラにしてやるでーあります!」
巨大な四角い鉄製の特注兜をバサッと被り、のっしのっしと中央に向かう。
地響きでも聞こえて来そうだ。
ラルフは素早く元の席に着き、片手を上げ
「では両名とも始め!!」
何かをつっこまれる前に唐突に試合を開始した。
正に見上げるような巨人に唖然とするマリーナ。
勇者陣営の席にちょこんと腰掛けるユリアは、先にルビーの穿たれた捻くれた木製の杖を握りしめ
「あわわわわ……マリーナさん、大丈夫ですかね!?」
シャンは腕を組んで、紫のアイシャドーの下の冷たいトパーズを光らせ
「なにやら剣技指南の体ではなくなってきたな。
あの大男、強いとかどうとかより、何か危険な香りがする。
ドラクロワ、ここは交代した方が……」
魔王は闇色の腕を組んで……。
眠っていた。
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