3話 都合の良い解釈

 確かに冒険者ギルドのオヤジのにらんだ通り、時を置かずして、光の勇者団一行は王都に招かれる事となった。


 ついては白馬の四頭だての壮麗なる馬車が手配され、都までの旅路には王都正規騎士団2名の護衛までが付いた。


 また、その行く先々では名だたる最高級の旅籠(やど)が予約済みでもあり、徹頭徹尾至れり尽くせりの贅を尽くした、おもてなしの旅であった。


 無論どの街の待遇も、それなりに名の売れた舞台歌手、役者などの興行行脚(あんぎゃ)の比ではなく、まさしく熱狂的な、お祭り騒ぎの大パレードを行く先々で巻き起こし続けた。


 無理もない、この四名とは、この星の人間、亜人種のみならず、ある程度知能のあるモンスターですらも知っている、子供の頃から寝聴かされた待望久しい救世主、あの伝説の光の勇者の凱旋なのだから。


 くわえて、この勇者達ときたら、揃いも揃って眩(まばゆ)いほどの美男美女ばかりである。

 ゆえに、彼等の上洛(じょうらく)の噂が駆けめぐる速度にも、いよいよ以(もっ)て拍車がかかり、どこの地を踏んでも、女達の黄色い声、また男達の熱い声援の轟きが止むことはなかった。


 こうしてドラクロワ達は薔薇色の10日間の行程を経(へ)、遂にここ王都へとたどり着いたのである──



 そこは大陸の政治経済、治安、また宗教のみならず、その他のあらゆる文化の総(すべ)てを取りしきる中枢機関であり、大陸王ガーロードの王宮を東西南北より幾重にも囲む、堂々たる城下町があった。


 そして、その城門までの大道には、すでに色とりどりの花びらが敷き詰められ、それらの甘い香りが風に乗っては馬車内へと漂い流れて来る。


 ユリアはその絢爛たる光景にうっとりとし、わずかに垂れた眼を潤ませていた。


「あぁ、なーんて素晴らしいんでしょう! 私なんて、ほんのついこの間まで、来る日も来る日も魔導書にふけっては、研究と勉強に明け暮れる毎日だったのに、それが今となってはこんなに素敵な景色を見せてもらえるだなんて……。

 あーでもでも! こんな私なんかが、本当にこの大陸中の皆さんの期待に答えられるのでしょうか? 

 な、なんだか不安と、とっても申し訳ないような気持ちで押しつぶされそうですぅ……」


 その隣にて、華美な飾りの付いた見事なジャガードの座席に深く仰(の)け反(ぞ)るマリーナは、ひじ掛けに頬杖で、車窓より外を眺めながら大あくびをし、それで湧いた涙を擦りながらユリアに微笑んだ。


「うん。そうそ、コリャホント出来すぎた夢でも見てるような気分だねー。

 アハッ! これでもしアタシらが伝説の勇者じゃなきゃ、即ハリツケまちがいなしだねぇ!! あー怖い怖い! アハハハハ!」

 断じて笑い事ではなかった。


 深紫に染めたレザーアーマーの腕を組んだシャンは、美しいトパーズ色の眼を細め、ただ黙然と洗練された街並みを睨んでいたが、ユリアとマリーナの言に貫頭型マスクの顔を振った。


「うん。まぁあまり過剰な心配をするな。

 我々はまぎれもなく勇者の家系の者。しかも気の遠くなる程の確率でしか産まれ得ぬ光属性であり、それが同じ町の冒険者ギルドにてほぼ同時期に集(つど)ったのだ。

 これを伝説の成就と言わずして、他にどう解釈をする?

 それに加え、だめ押しにこのドラクロワの次元を越えた戦闘力のおまけ付きだ。

 うん。間違いない。我々こそがこの星の待望久しい伝説の勇者だ」


 というシャンに見据えられたドラクロワは、一人で片側の座席を占拠して、大股を開いて威風堂々と座していたが、次元を越えた云々(うんぬん)とやらに気を良くしつつ、馬車内の豪奢な水晶細工の照明を見上げた。


 (ウム、こんなに窮屈な乗り物は初めてだったな。 

 フフフ……この小癪な王宮を構えた、大陸王とやらの面構え、ひとつ見ておいてやるか……)

 と天を衝(つ)くような王宮の尖塔を睨んだあたりで、不意に馬車が停車し、その扉が外から憚(はばか)るように間を置き、二度鳴らされた。


 それにユリアが、ピンと背筋を伸ばし

「は、はいっ!」

 と応(こた)え、即座に扉を開けると、此度(こたび)の世話役の騎士団員が、兜の長いモヒカンをなびかせながら精悍な顔を見せた。


「勇者様方。大変恐縮ながら、この馬車にてお運びできるのはここまでです。これより先は御足労を願います」

 

 四名の勇者は各々にうなずき、荷をまとめて腰を上げ、順にタラップを降りると、つい見上げる格好になった。

 それもそのはず、間近に見えた、そびえ立つ城門は優に十メートルを越えており、今それが鈍い音を立てて開いて行く。


 そうして全開になった先には、すでに色とりどりの貴族達が両側に列をなし、この伝説の勇者団の到着を今か今かと待っており、まさしく満を持したような大きな拍手と重厚な吹奏楽が鳴り響いた。


 だが、そこに集いし風格ある麗しき貴族階級の者達、一見、皆興奮に沸き立つように見え、その実、各々の思いは異なるようで、なんら作為もなく歓声とともに歓迎しているのが半分、訝(いぶか)しげに髭を撫で付けるのが半分といった具合であった。


 と、そのさんざめく群衆より、ひとつの騎士団員の正装が突出し、その胸一杯に飾った勲章を朝陽に輝かせながら勇者一行に歩み寄り、最敬礼を極(き)めた。


「勇者様方、お待ち申しておりました。私、王宮聖騎士団団長、ラルフと申します。

 勇者様方におかれましては、遠路はるばる御足労を頂き恐縮の至りに御座います。

 では、これより王が待っております謁見の間まで御案内を致します。

 つきましては、謁見前のお着替えで御座いますが、」

 聡明で美々しい偉丈夫(いじょうふ)のラルフは、およそ礼服などには程遠い、いかにも冒険者然とした武装の勇者達を眺め、流石に更衣を薦めようとしたが。


「いや、このままでよい」

 ニコリともしないドラクロワが、暗黒色の禍々しい鎧の肩を鳴らし、おそろしく無愛想に応えた。


「し、しかし、それでは……」

 無論、上級公務としてエスコート役に任じられたラルフとしては、流石に、あぁ左様に御座いますか、とは言えず、堪(たま)らず困窮(こんきゅう)しきって、ついドラクロワを睨むように見たが──


「ン? ラルフとやらどうした? いつまでも間抜け顔を晒(さら)しておらんで、さっさと案内(あない)をせぬか」

 と平然と宣(のたま)い、仲間達の不安げな視線をものともしないのが魔王ドラクロワであった。



 さて、ラルフにより先導された謁見の間は、最上級の大理石。その白のみをふんだんに使って築かれており、その天井にまで見事な彫刻と絵画とが描かれた、絢爛豪華にして荘厳な、まさに身の引き締まるような厳粛な空間であった。


 そこに分け入るドラクロワが、ラルフの肩ごしに先を見ると、名士らの垣根の奥に階段が五段ほど設(しつら)えられており、その高みには玉座があった。


 そして、そこにはすでに黄金の眩(まばゆ)い王冠を被った真紅のビロードが座していた。

 

 そう、この五十がらみの美丈夫こそ、この大陸の王ガーロードである。


 それにラルフと勇者団とが粛々と歩み来ると、王の隣に控えた、禿げ頭の跳ね髭が黒々とした眉をひそめた。


「フン、王の謁見に甲冑姿で見参とは……やはり勇者と云えど、所詮は庶民の出か……」

 確かに先刻のラルフの懸念は的中し、この貴人を不快にさせるに至った。


 その冷笑的な男から見て、王を挟んだ差し向かいには、豪奢な純白の僧服をまとった小柄な好好爺(こうこうや)がおり、その皺(シワ)とシミとに蹂躙(じゅうりん)し尽くした顔に温順なる微笑みを浮かべて立っていた。


「宰相(さいしょう)殿、そのように手厳しく仰(おっしゃ)いますな。

 この伝説の勇者とは、彼(か)の暗黒魔王を打ち破る、聖なる武辺の頂にあるもの。それらがこのように何時如何(いついか)なる時も臨戦態勢とは、誠、頼もしい限りではありませぬか」


 そのやり取りを聞き流す王ガーロードは、信じられない大きさのサファイアが穿(うが)たれた笏(しゃく)を振って、宰相と教皇とを黙らせた。


「勇者達よ。余がキターク大陸の王、ガーロードである。

 此度(こたび)は余の招きに応じ、遠来よりの上洛、誠に大儀であった」

 ガーロードは、その風格に相応しい、重々しい声で朗々と述べた。


 これを受けたドラクロワは、特段構える風もなく、ただ暇そうに室内を見回していたが

「いや構わん。勇者であれば当然の事よ」

 と、どちらが王か分からぬほどの横柄さで言った。


 これに、その後方にて膝間(ひざま)付いていたユリアは、この無頼(ぶらい)に目玉が零(こぼ)れそうになった。


「ドドド、ドラクロワさん!?」


 だが、同じく同列にて平伏していたシャンはというと、これが動揺など微塵もなく、マスクの下で口角を上げ、王を前にしてのドラクロワの豪胆さに感服をすらしていたが、ふと隣の大柄な金髪美女を見ると、これもまた同じ顔だったので少し親近感が湧いた。


 だが、流石に謁見の間の貴族らには、どよめきと緊張が走り、壇上の白の僧服すらも錫杖にすがり、これは参ったとばかりに眼を細めて、ホッホと笑うしかなかった。


 すると、それらを代表するように宰相が憤然とし、暗黒色の鎧を指差した。


「き、貴公は口のきき方も知らんのか!?

 大陸王を前にして膝も折らず、あまつさえ、その無礼な返答!

 あまりと言えばあんまりであろうっ!!」


 だが、ガーロードは再度サファイアを振り、それを制した。


「いや構わぬ。教皇殿のいうとおり、勇者とは礼儀作法で魔王を倒すのではなかろう。

 それより、いまひとつ勇者に問いたい」


「なんだ?」

 ドラクロワは皆の緊迫の訳など知らず、ただ短く応えた。


 これに、再度どよめきが走り、憤慨する宰相の歯軋(はぎし)りが混じり聞こえたが、依然、ガーロードは泰然としたままであり、白い顎髭を撫で付け、眼下の貴公子を見下ろした。


「うむ、その方に訊きたいのは、先の武功、強敵グリーンドラゴンを倒したという以外に、何か自らを伝説の勇者であると証しするものがあるか、ということである。

 そなたの気を悪くさせるつもりはないが、それなりにレベルの高い冒険者等であればグリーンドラゴンを破ること、それ自体決して不可能ではないと聞く」


 これに宰相が、王よ、よう仰(おっしゃ)ってくだすった、とばかりに賛同して大きくうなずき、責め立てるようにドラクロワを睨んだ。


「そこの勇者マリーナ、シャン、及びユリアの三名に関しては、確かな勇者の家系図、また助産婦の血の証書の提出がある。 

 だがドラクロワ殿。貴公は家系図はおろか、ただの出生届すら持たぬと聞く。

 流石にこれでは、時折現れては人心を惑わす、ありがちで陳腐な輩(やから)、所謂(いわゆる)"自称勇者"どもと同列ではないかっ!」


「ホッホ。宰相殿、お言葉が強過ぎますぞ。 まず伝説では、」

 教皇は手元の聖典を開いて、それに目を落とした。


「教皇殿。宜しいか?」

 ガーロードが穏やかに言った。


「はっ」

 教皇がシミの顔を上げると、王は宰相の奥を差していた。

 と、そこに立っていたのは長い赤髪の礼服だった。


「貴殿には失礼だが、今さらながらに女神聖典の勇者像に関する抽象的表現に頼らずとも、今ここにおる宮廷女魔導師のハリーネが、この勇者ドラクロワに"属性識別魔法"をかければすむ話であろうと思う、が」


 教皇は聖典を閉じ、はたと女魔道士を眺める。

 確かに幾らか面識のある、かなり使えると聞き及んでいる、三十路らしき痩せぎすの女だった。


「ふむふむ、なるほど。ハリーネ殿なら間違いないですな。

 勇者ドラクロワ殿。決して貴殿を疑う訳ではないが、薄弱なる信仰の者らをもかえりみるのも勇者の務めであるとして、この通過の儀式、しかとお受けくださるか?」


「好きにしろ」

 ドラクロワは毛ほども揺るがない。


(なるほどな、こうしてわざわざ招き寄せたのは審議の為でもあったか。

 なに、いざとなれば、この城ごとまとめて殲滅すればよいだけのことよ)


 では、とローブの女が一礼し、静かにドラクロワへと歩み寄り、魔法杖を握るのと反対の掌をかざしてきた。

「……失礼致します」


「フン、この期におよんでも身のほどをわきまえぬ若造め、直ぐにその化けの皮を剥がしてやるわい」

 地位と教養を重んずる上流階級の出である宰相は、最前からのドラクロワの図太い態度が許せなかった。


 その一方で、依然として床にひれ伏したままの女魔法賢者ユリアは、恐る恐るとソバカスの顔を上げ、魔法使いなら誰しもが憧れる宮廷魔道士、それが如何なる魔法を駆使するのか固唾を飲んで凝視する。


 と、見るからに内向的で薄幸女そのもののハリーネは、囁(ささや)くような声で、遠慮がちな詠唱を終えた。


「……こちらのお方の属性……まずは火ではありません。

 そして……緑とも違います」


 これを聞く壇上の教皇は、ウンウンと漏らし、いよいよ上機嫌な様子だ。


 更に固く眼を閉じた女宮廷魔導師は、探るような声で

「氷でも……ありません」

 苦悶の面持ちで、ほとんど呻(うめ)くように伝える。


「なら、鉄で決まりだな」

 宰相が判を捺(お)すように言った。


 ハリーネは何かと闘っているように、額に無数の汗の玉を浮かべている。


「な、なんと! 鉄でもありません!!

 はうっ!!」


 突然、宮廷女魔導師は見えない力に弾かれるように後方へと倒れた。 

 無論、騒然となる謁見の間。


 教皇はウンウンと納得し、感極まったように錫杖と手を掲げた。


「皆々様!! これではっきりと分かったでしょう。この者こそ世間並の四属性に属さぬ選ばれし伝説の勇者!!

 よくご覧あれ! この美しい容貌!! こんな美男は大陸に二人とおるまいて!!

 この抜けるような白き肌! すらりと伸びた鼻梁(びりょう)、紫水晶のごとく輝く扇情的な瞳!! その唇は飽くまで薄く、そしてなにより艶(なまめ)かしい! これぞ、これこそ天が能(あた)えた、」


 流石にガーロードが笏を振り、情熱的な衆道師(ホ○)を黙らせた。


「余も今ここに認めよう。このドラクロワはまさしく伝説の光の勇者! この星最後の希望であると!」


 これぞ、まさしく鶴の一声。かくして大陸王ガーロード御自らによる公式の勇者認定が発せられると、謁見の間には割れんばかりの拍手が木霊(こだま)した。


 教皇は、まさしく忘我の境地で「あぁ……あぁ」と昇天寸前に上気し、宰相も兜を脱いで夢中で手を叩いていた。

 そう、皆が待ち焦がれた、あの勇者伝説が、遂に成ったその瞬間であった。

 

「どらぐどばざーん!!」

 仲間一信心深いユリアもまた感激の涙に濡れそぼり、立ち上がって歓声を上げていた。


 ドラクロワは片手を上げ、悠々と万雷の喝采に応える。


(フフフ……確かにこの俺は四属性ではないな。かと言って光でもないが。

 フフフ……揃いも揃って、皆バカで助かるわ)

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