2話 顔見知り

 女魔法賢者ユリアは大いに感激・感動し、その僅(わず)かに垂れた大きな眼の端から、大粒の涙を落としながら、魔王ドラクロワの紫の爪の白い手を取った。


 途端、そこの指先から大電流を流されたような、猛烈な衝撃(インパクト)が魔王を襲った。


 (うっぐぉあぁーーーーーーっ!!ここ、こいつーー!!!?)


 次いで、まるで赤熱した火箸を突き付けられたような、そんな恐ろしい激痛が魔王の全身を駆け巡ったのである。


 (や、やめろーーっ!!)


 突然、席から立ち上がって仰け反ったこのドラクロワに、ユリアは、キョトンとし、自然その握手は解かれた。


 「あれ?ドラクロワさん?どうされました!?」


 この星の覇者である、暗黒魔界の王ドラクロワを強制的に起立せしめたほどの、生来、ユリアの内に搭載されし高純度の聖属性が与えた、ただ触れただけで魔族の骨肉を焼くような猛烈な退魔能力に、ほとんど白眼を剥いて上向くドラクロワの口と鼻、そして尖った耳からは、うっすらとした煙、また陽炎(かげろう)すら立ち上っていたという。


 この凄絶なる拒絶反応を見てとった女戦士マリーナは、深紅のビキニみたいな上下の部分鎧に挟まれた引き締まった腰に手をやり

 「あっ!アンタ!白目剥いちまって、一体どーしたんだい!?

 あ、えと、ドラクロワだっけ!?アレ?アンタってまさかっ!?」

 ブルンと巨大なバストを揺らすようにして、ビシッー!と魔王を指差した。


 これに、容赦なく迫り来た凄まじい不快・倦怠感、また目眩(めまい)とを振り払おうと、必死に頭を振っていたドラクロワは

 「くっ!!ばれたか!?」

 ギリッと歯噛みをして、まるで猛虎のような眼で美しい女戦士を睨んだ。


 (ぐう……こ、こんなにも激しい苦痛を味わったのは初めてだ……。

 この女、早くもこの俺が魔族であると勘づきおったか!?

 ならば……ならば是非もなし!!今、今この場で殺してやるっ!!

 し、しかし、まだ身体が痺れたままで、一向に力が、入らんっ!!)


 また、女アサシンのシャンも訝(いぶか)しげに眼光を鋭くして

 「うん。ドラクロワが、このユリアに対して見せた拒絶的反応は……。

 フフフ……全く以(もっ)て光の勇者らしくないな。

 うん、私は分かったぞ。ドラクロワ、お前という男は」


 (なんと!こヤツまで俺の正体に気付きおったのか!?

 し、しかしこの激痛は一体!?こ、これが勇者の血筋の完全退魔性能とかいうヤツなのか!?

 ウム。かつて父が言っておった通りだ。確かにこれは、こいつらの存在とは、我、魔族にとっては致命的脅威であるようだな……。

 だが、コイツらは揃いも揃って光の勇者といえど、現時点では、まだ冒険者になったばかりのヒヨッコに過ぎん!!

 となれば、少々惜しい気もするが、これら魔族に仇為(あだな)す若い芽の四つ!今、即座に摘んでくれるわっ!)


 こうして、背に腹はナンとやらで、今や女勇者達三名の処刑を決意した魔王ドラクロワは、カッと眼を見開くや、得意の火炎魔法を放つ為、紫の爪の五指を開いた左の手を掲げたのである。


 だが、そこから今まさに死の業火が放たれんとしたその時。女戦士マリーナが、パキンッ!と女にしては長い指を鳴らした。


 「そーだよドラクロワ!アンタってばさー!!

 全っ然、''女慣れ''してないんだねっ!?アッハハハハッ!!」


 ドラクロワは、この思わぬ言葉に

 「はぁ!?」

 と漏(も)らし、ガクッと拍子抜けした。


 シャンも細い腕を組んで、同意のうなずきをして見せ

 「うんうん。時々いるな。お前のように結構な美男であっても、それが男兄弟のみの家で育ったりすると、さっき見せたのように異様に女を拒絶してしまうような奴が。

 フフフ……ドラクロワ。お前とは実にウブなヤツだな。

 お前は、女の子から花の冠をもらったこともなく、ママゴトをしたこともないのか?」


 これを聴いた魔法賢者のユリアは蜂蜜色の頭を、ペコリと下げ

 「えーっ!?そうだったんですかー!?

 わわわ!私ったら、す、すみません!!ドラクロワさんが、そういう人とは知らなかったもので……。

 あの、ドラクロワさんも光の勇者だって聞いて、つい嬉しくてなってしまって……。

 その、本当に……どうも」

 小さな手先を揃えて下ろし、愛らしいソバカスの顔を真っ赤にしてうつむき、先の軽率さを詫びた。


 そのユリアの萎(しお)れ具合を眺めたマリーナは、さも感慨深そうに深くうなずき

 「まぁさっきのは、確かにウブなドラクロワからしてみたら、チョイとビックリしたのかも知んないけどさー。

 えと、あー、そっ!イワユルひとつのカンキワマッテってーやつだったんでしょ?

 うんうん。ユリアがついコーフンしちまったのも仕方ないと思うよー。

 だってだって、なんたってアタシらさ、あの伝説のジョーズ(成就)の瞬間に立ち会ってるんだからねぇ!?アハッ!」

 言って、隣のシャンの華奢造りの薄い肩に手を乗せた。


 その女アサシンも小さくうなずいて、懐(ふところ)から紫の謎の液体の入った小瓶を取り出し、テーブルのカンテラの灯にかざし、それを振りながら

 「で、これからの我々だが、どうする?

 さしあたってどこかで手頃な敵。例えば、善良なる者達の住む村や町に害を為すゴブリン(小鬼)辺りの討伐にでも出るか?

 まぁ、なんといっても我々は、一人の例外もなく''真の光の勇者''であるとはいえ、まだ冒険者としての日も浅く、その戦闘レベルも低い、というよりは、クエスト(依頼案件)の達成レベルはたったの1、だからな」

 

 この実に堅実・冷静なる客観視の出来た指摘に、はたと振り返った女魔法賢者と女戦士とは、伝説成就に浮かれるのを止めにして、サッと顔を曇らせた。


 「ええ、私も本格的な戦闘はまだ体験していませんし、いきなり強力な魔物と出会うのも怖いですー!」


 「うんうん。ハイハイ、あのゴブリンね?

 まぁ、その辺りから手堅くやってくのがいいのかもねぇー」


 これにドラクロワは、超威力の攻撃魔法の発動寸前であったが、すんでのところでそれを中断させ、不吉に構えた左の手を下ろし

 「ん?あぁ、それならばグリーンドラゴン討伐に行こうと思う」

 と、洋食屋の卓にて、しっかり目当ての料理があって来店した者が、給仕の者から注文を訊かれたときのように、平然かつ、つつがなく答えたのである。


 この返答にユリアは小さな顔を上げ

 「あっ!それ!さっき私もここの支部長さんから聞きました!

 何でもドラクロワさんが、この町の冒険者ギルドに依頼されている最高レベルのモノに挑戦したいって申し出たとか……。

 えっ!?それって冗談か何かだと思ってたんですけど、本当に行く気なんですか!?

 あのー、そのグリーンドラゴン討伐のクエストレベルは50ですよ!?50!!」

 どこと無くウサギのような小動物を思わせるこの美少女は、その風貌に相応しくも警戒心タップリに言った。


 「50!?えっ!?今50っつったのかい!?」

 思わず女戦士マリーナも喚くように言った。


 だが、そんな中で、女アサシンのシャンだけは、その気丈そうな鋭い視線を無謀の提言者ドラクロワへと向け

 「フフフ……。この駆け出しのパーティの初陣となる依頼案件の難易度。それがいきなりの50、か。

 フフフフ、ドラクロワ。つくづく面白いヤツだ」

 低く笑って、マスクの面(おもて)を波立たせた。


 これを横目に見たマリーナも、ニッと不敵に微笑むや、高く結い上げた金色の髪を振りながら、その首、また両手の指をボキボキと鳴らして、この苛烈過ぎる試練へと直ぐにでも挑みたいという、そんな豪胆な勇気と度胸とを持ち合わせていることを露(あらわ)にしたのだった。


 だが、この挑戦的、いや単なる身のほど知らずともいえる三名の男女らとは異なり、ユリアだけは、一番常識がありそうなソバカスの顔を青ざめさせていた。


 「で、でも……グリーンドラゴンなんて、幾ら私達が光の勇者だとしても、一度出会ったが最後、多分即死ですよ!?」

 先にルビーの穿(うが)たれた、木製の魔法杖を握る手が、元々色白なのが更に力が入り、その白さに研きがかかっていた。


 だがドラクロワは、それより遥かに白く、美しい顔を毛ほども乱すことなく

 「ウム。だろうな。いかにドラゴン族の劣等種であるとはいえ、グリーンドラゴンとは常に猛毒の呼気を垂れ流しておる上、この建物より遥かに大きく、またその鱗も硬い。

 そして魔法こそ使えないが、その気になれば強燃性のガス炎を吹く。

 まぁお前達のような脆弱極まりない人間族などは、それこそ一瞬で挽肉(ひきにく)か消し炭であろうよ」

 

 それを聞き、マリーナは怪訝な顔となって

 「えっ!?あんだって!?お前達っ!?」

 と訊き返した。


 シャンもマスクを額のTゾーン下まで、グッと上げ

 「脆弱極まりない人間族だと?」

 と唸るように言った。


 そして、ユリアなどは、クスクスと笑い出し

 「ウフフ、ドラクロワさんたら、いきなりそんな真面目な顔して何言ってるんですかー?

 脆弱とか言ってるドラクロワさんだって、立派にその人間族なんですよ!?

 そんな、フフフ……自分が魔族かなにかみたいな言い方して!ウフフ、アッハハ!あぁおっかしい!」

 込み上げてきた可笑しさに小柄な体を折って、小さな顔の左右に下がる蜂蜜色の三つ編みを揺らした。


 そして、これぞ緊張からの緩和の効果か、これにつられるようにして、女戦士と女アサシンも共に笑いだしたのである。


 魔王はそれら三名を冷たく眺めて

 (あぁなんだ、コイツらとは勘が働くとか鋭いとか、決してそういった手合いではなく、単なる''バカ''なのだな。

 そうかそうか!そうと分かれば先々、色々と助かるな。

 ウム。まぁ頭は空っぽとしても、肝心の見てくれだけは抜群に素晴らしく、是(これ)、申し分無し。

 よしよし。では早速、図体ばかりの弱小グリーンドラゴンなど蹴散らして、ドラクロワ様スゴーイ!を堪能するか……)



 こうして一行はパーティ登録を手早く済ませ、直ぐに旅の支度を整えると、早速グリーンドラゴンの住み処のあるダージュの谷へと向かうことにした。


 このダージュ渓谷の一帯とは、高温多湿のサボテンだらけの赤土の谷であり、小規模ながら火山活動が盛んなせいか、辺りには噎(む)せ返るような、強い硫黄の香りが立ち込めていた。


 ドラクロワ達が勇者のパーティを組んだ、あのジュジオンの町を出発してから2日。この旅の途中で遭遇した雑魚モンスター達は、その全てがドラクロワ独りの手によって、ことごとく駆逐されていた。


 なにしろドラクロワの装備した品は、どれもこれも、その頭から爪先、また剣に至るまで、魔界伝来の闇の至宝であり、この星に語り継がれる神話に登場する、世界の創世紀に関わった、かつて五十存在した神々をたったの七にまで滅減させたという、その名も''神殺しシリーズ''という超一級の品々であった。


 加えて、魔王という魔族の頂点である''真魔族''という生き物とは、神々の聖なる力を借りる神聖魔法以外は、全ての魔法を一切の例外なく、SSSクラスで無尽蔵に使えた。


 つまり、もはやこの星の最強生物となって久しいドラクロワに、苦戦しろという方が無理な話であった。


 そのドラクロワが矢面に立ったこの二日間というもの、最早、強いとか弱いとかいう次元を遥かに超越した、その絶対武力というモノが行使されるのを目の当たりにしてきた女勇者達は、その正に異次元の高みの強さに、只只、驚き入っていた。

 

 女だてらに斬馬刀(騎馬を馬ごと切り伏せる大剣)のごとき鋼鉄の武器を振るう剣士として、幼少のころより厳しい研鑽(けんさん)・修行を重ねてきたマリーナであったが、その自慢の大剣も薪(たきぎ)・干し肉を切る以外には一切抜かせてももらえないのだ。


 「ド、ドラクロワ……コリャ本物の伝説の勇者様か、さもなきゃガキんとき教会で聴いた魔界の魔神だよ。

 大体、あの化け物みたいな剣はなんなんだい!?アタシャ眼がどうかしちまったのかね?

 さっきの火炎蜥蜴もデッカイ野犬も、それからお化け蠍(サソリ)だって、何かあの真っ黒い刃が触れるより前に、まるで骨がないみたいに、スパッーと勝手に割れるように両断だよ!?

 しかも、あの剣で斬った魔物の死体には、いつまでも気味の悪い紫の炎が踊ってるじゃーないか……」

 そう語る女戦士マリーナは、毎回魔物との戦闘になる度、その装甲の少ない陽に焼けた背中を冷や汗で濡らしていた。


 それはまた、隠れ里でアサシンとして育ったシャンも同様であり、やはり戦闘の度にアサシンマスクの下で、カチカチと歯を打ち鳴らし

 「……あ、あの身のこなし、一分の隙も無駄もない。

 ドラクロワ……。こいつはもはや比較の対象もないほどの強さだ……。

 全く、月並みで陳腐な表現になるが、これぞまさに、''味方で良かった''っというやつか……」


 更に、その歳の割りに、あらゆる分野の魔法を満遍なく修めた、それなりに優秀な魔法賢者のユリアでさえも

 「ひゃー!!ドラクロワさん!!スゴい!!スッゴいですー!!

 貴方という人は、私の知ってるどんな魔術師さんや、私のお師匠様よりも遥かにスゴいですー!!

 もーどこがとか、何がーとか、そーいうレベルじゃないですよー!!

 でもでも、一番の驚きは、ドラクロワさんが呪文の詠唱を全くしないのに、ちゃんと魔法が発動しちゃうってところですね!!

 ホントに一切の詠唱なしで、しかも、その総(すべ)てがあの圧倒的な破壊力ですもんねー!!

 ふぁー!!何か強すぎて七大女神様達もやっつけちゃいそーな勢いですよー!!

 アレッ!?神官位を持つ私としては、今のはメチャクチャな失言でしたかね!?」

 と、最後に小さな口をつぐんで押さえた。


 さて、これらの畏怖と賞賛とを見聞きした魔王ドラクロワは、今や幸せの極みにあった。

 この二日間というもの、三名の美女達から掛け値なしの絶賛を浴びる度、その禍々しいデザインの暗黒色の手甲の片手で頭を抱えては

 「フハハハハ!!いやいやいやいや!よせよせお前達!!よって集(たか)ってこの俺をイヤというほど誉めちぎりおってー!!

 まぁなんだ?あれだ!あー、ウム!こんなモノはただの実力であるから、そう美辞麗句(びじれいく)を殊更(ことさら)に列(なら)べられるほどのモノではないわっ!!アハハハハーッ!!

 あーあー、ユリアとやら。最後の方がよく聞こえなかったな。何と申した!?今一度申してみよ!」


 ユリアは小さな顎に人差し指を乗せ、ちょっと考えて

「え!?あー、強すぎて女神様達もやっつけちゃいそー、ですか?」


 「フハハハハ!!おいおいおいおいっ!!七大女神達の第一の使徒である光の勇者ともあろう者が、その神を越えてなんとする!?

 フハハハハッ!!これこれユリアよ!滅多なことをいうでないわっ!!バチが当たっても知らぬぞー!?

 フフフ!アハハッ!フハハハハーッ!!」

 といった具合で、魔王ドラクロワは久し振りにありつけた、この称賛という名の美酒に酔いに酔いしれたのである。


 そうして、その羽化登仙(うかとうせん)の悦楽の旅とは、いよいよ最終段階を迎えた。

 

 そう、遂にこの光の勇者のパーティは、グリーンドラゴンの目撃例が集中している、昏(くら)く巨大な洞窟に分け行ったのである。


 その先頭を闊歩するドラクロワ以外は、皆、不気味な闇を払うカンテラを手に、まともに戦えば即死必至の緑竜が待つダンジョンへと油断なく歩を進めた。

 

 そうして進軍するうち、洞窟内に充満する死臭と腐敗ガスの臭いとが、女勇者達に限界に感じられてきた辺りで、不意に巨大な空間が拡がった。


 そこで、魔王ドラクロワは実に気持ち良さそうに深呼吸しては、退屈そうに伸びをしたが、それに追随する女勇者達は驚愕し、その場で立ち尽くして戦慄に凍りついた。


 なぜなら、そこの空間の奥には、信じられないくらい巨大な緑のドラゴンがいたからだ。


 それは、かつての冒険者達の白い亡骸(なきがら)と、その朽ちた装備品の上でゆっくりと大型馬車ほどの頭をもたげた。


 そして、大人の一抱えはありそうな大きな黄色い爬虫類の眼が開き、その縦長の黒い瞳孔が円くなり、先端が鋭い刺(トゲ)となった大きな鼻の腔(あな)から、不気味な青い炎を断続的に、ボォン!ボォン!と吹き出す様とは、いかに劣等種であろうとも、流石にモンスター界の頂点ドラゴン。

 女勇者達の手の三つのカンテラの灯りに、テラテラ、ヌラヌラと輝く、その見上げるようなエメラルド色の巨躯とは、並みの冒険者ならまず失禁、また気死させるほどの凄まじい迫力を放っていた。 


 そして、そのグリーンの化け物は、剣のような歯の並ぶ恐ろしい口を開いた。

 すると、大量の温(ぬる)い唾液が、フチューッ!という不快な音を立てて口中から湧いて、白い牙のすき間というすき間から左右に溢(あふ)れては流れ落ちたのである。


 それらが元冒険者達の髑髏(ドクロ)・骸骨に、バシャバシャと落ちては、胸の悪くなるような消化煙を上げる有り様とは、さながら地獄絵図のようであったという。


 そしてこの巨竜は、そのちょっとした滝のような唾液だけでなく、大陸共通語の言の葉までもを溢したのである。


 「ほう……。ここ久しくは冒険者なども絶え、ただ微睡(まどろ)み、暇をもて余していたが……性懲りもなく現れおったか。

 グフフフ。さてさて……まずは、ようこそ、と言うてやるべきか?この我の座に、はるばる命を捧げに来おった、度(ど)し難き愚者共よ。

 うん?はて?この匂いは人間族。それも若い女、か……。

 て、あれ?そ、そこにおわすは、ま、まさか!?ドラク、」


 ボガーンッ!!


 突如、その雷鳴のごとき竜の声音を滅して、この遠大なる洞窟を割らんばかりの大音響と激震とが轟いた。


 なんとその発生源とは、ドラクロワのかざした左手であり、突き出したその掌の前からは幅5メートル、長さ15メートルを優に越える巨大な氷塊が放たれており、その先に居たグリーンドラゴンを貫く、というよりは、その恐ろしい突出エネルギーで、それを洞窟の奥へと吹き飛ばしていた。


 これにより、辺りに鮮やかな緑の鱗をぶちまけながら、半瞬で闇へと消え去った巨竜と、ドラクロワの放ったあまりに強大なる、冷たい超エネルギーの爆解放とに、洞窟内は無茶苦茶に破壊されたのである。


 結果、洞窟の天井から鍾乳岩石が落ちる中、魔王ドラクロワは白い額の冷や汗を拭い

 「ふぅ……まさか、こんな小者も小者の蜥蜴(とかげ)風情が、この魔王たる俺のことを見知っておったとは、な。危ない危ない」

 と、崩落の轟音に紛れ、独り呟(つぶや)いた。


 その少し後方で、要らぬ抜刀を果たしていた女戦士のマリーナが、容赦なく降ってくる乳白色の岩の牙を避けながら

 「おっとおっ!って、ス、スゴいじゃないかドラクロワ!!

 アンタさ!ホントにアタシ達と同じクエストレベル1かいっ!?

 全く、この男ときたら、ホントにグリーンドラゴンをやっつけちまったよー!!?」


 シャンも細い首を傾げて

 「うん。ちょっと信じられないくらいの凄まじい氷魔法だったな。

 それより、今のグリーンドラゴン。消えゆく寸前に何か言わなかったか?

 確か、ドラク、とかなんとか……」


 これにドラクロワは小さく舌打ちして

 「ウム。それなら確かに俺も聴いた。

 あ奴め、ドラゴンが怖くないのか?とか何とか言っておったな。

 まぁ光の勇者たるこの俺には、魔王配下の戯れ言に貸す耳などないからな。

 ウム。あれが奴の最期の言葉となったかー。全くつまらんヤツだったな」

 と、いけしゃあしゃあと宣(のたま)った。


 ユリアはドラクロワの暗黒色の天鵞絨(ビロード)マントの背を見上げ

 「スゴい!スゴい!スゴ過ぎますっー!!またまた、あんな高等な攻撃魔法を詠唱もなく極(き)めちゃうなんて……。

 あぁ、何だか驚くを通り越して感動してしまいましたぁ……くぅぅう」

 大きな鳶色(とびいろ)の瞳を潤ませて言った。


 その深い感銘具合を認めたドラクロワは、満面の笑みで仰け反り

 「そうかそうか!!この俺の素晴らしさに遂に感動しおったか?

 フフフッ!ウム、苦しうない。何を憚(はばか)ることもなく、思う様、存分に泣くがよいわ!フハハハハーー!!」


 (魔界の幹部共め。顔を見せれば、やれ超古代の邪神が帰還しますとか、七大女神信仰がどーのこーのと、つまらぬ軍議ばかりを繰り広げおって!

 これだ!俺にはこういう素直な称賛と讚美を贈らぬか!!全く!

 ウム。この無邪気な反応が実に心地が良い。フフフッ。ちょっとこれは止められんなー!)


 こうして有頂天となったドラクロワは、洞窟の崩壊が鎮(しず)まったのを認め

 「さて、此度(こたび)の目的は果たした。後は冒険者ギルドに戻って、あの男の驚愕の顔でも見てやるか」

 と言って、颯爽(さっそう)と暗黒色の踵(きびす)を返したのである。 


 こうして、見事、レベル50のクエストを完遂させた光の勇者団は、直ぐに帰還の徒となって、やはり何の障害らしい障害も感じることなく、実にスムーズにジュジオンへと戻るや、逗留中の宿屋に荷物を放り込んで、再び冒険者ギルドに集まった。


 数日振りの再開となった眼帯のギルドの支部長オヤジは、暇そうに鼻毛などを引っこ抜いていたが

 「はっ!?グリーンドラゴンを倒したって!?ギャハハハハ!!んなバカな!

 アンタ達、ついこの間ここで初めてのパーティ登録を済ませたばっかじゃねーか!?

 それがクエストレベル50を終わらせて来ましたってか!?

 けっ!んなのは笑えねぇ嘘っぱちもいいとこだぜ!!ま、あんまり馬鹿馬鹿しいんで、思わず笑っちまったがよ。

 大方、ダージュの谷で野良犬に尻でも噛(かじ)られて、ベソかいて帰って来たってとこだろっ!?

 まぁまぁこれに懲りたら、あんたら若ぇんだからさ、焦るこたぁねぇから、身の丈にあったクエストからコツコツとこなしていくこったな。

 オウ、谷の地図はそこの返却箱に戻しときな」

 そう言って、髭の顎で脇の組木の箱を指して、バサッと博打新聞を広げた。


 これにドラクロワは美しい顔をしかめ

 「何ぃ?嘘っぱちだと?」


 ユリアも床に、トンッと魔法杖を突き

 「ひどい!嘘なんかじゃありません!!

 ドラクロワさんは、本当にグリーンドラゴンを一瞬で倒したんですから!!」


 またマリーナも長い深紅のグローブの手を上げ

 「そーさ。アタシも誓って言うよ。ホントに、ショーシンショーメー、このドラクロワがグリーンドラゴンをやっちまったのさ。

 全く、この男ときたらさ、若い頃は剣聖と言われた家の親父よりも遥かに強いんだからねー!ホンット驚いたよ!」


 シャンは谷の地図と、いつの間に拾ったか、幾らか乾いた血の付着した、成人男性の掌大のエメラルド色に輝くグリーンドラゴンの鱗を数枚、無造作に支部長の前へと放った。


 オヤジは煌(きら)めくそれらを眺めて、しばし固まっていたが、突然、その内の汚れの控えめな一枚を拾うや、金貨の真贋を確めるように、ガキッとばかりに汚い歯を立て

 「デカッ!硬っ!うーん……。確かにこいつぁ、昔、王都の本部で見たのと似てんなぁ。

 オウ、コリャ間違いなく竜の鱗だぜ。これだけでも、ソコソコの値が付くんじゃねぇか?

 んっ!?待てよっ!?てこたぁ、クエストレベル1のパーティがいきなり50に昇格ってことかぁ!?

 いやいやいや!!ちょ、ちょっと待ってくれ!!こんなの前代未聞過ぎて、どーにもこーにも俺一人の力では王都の本部を納得させられねぇっ!!

 そ、そーだっ!!直ぐに王都に馬を飛ばして、本部の人間にグリーンドラゴンの死体を確認させっからよ!その調査団が戻るまで四、五日待ってくれっ!!

 いやぁ、それにしても……もしこれがホントなら、アンタめちゃくちゃ男前な上に、こんだけ腕が立つとなると、コリャタダ者じゃねぇってことで、勇者様として王都からお喚びがかかって、んでもって表彰とかされっかもだぜ?

 うおっ!コーリャとんでもねぇえ事になるかもしんねぇ!!

 かーっ!アンタを登録した俺も鼻が高いとくらぁー!」


 ドラクロワは冷厳としたままそれを聞き

 「デ、アルカ。ウム、俺は天下一の魔法剣士だからな。まぁそれくらいの評価は当然であろうよ。

 フフフ……。ハハハ……。フハハハハーッ!!」


 (ん?勇者だと?現魔王のこの俺が勇者?

 フフフ……なにやら可笑しな話の流れになってきたな。

 まぁよい、それもまた一興よ)


 斯(か)くして、魔王ドラクロワの賞賛を求める愉快な旅とは、今ここに幕を上げたのである。

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